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二七 志を共にする友の旅立ち

「……今の虎河渡とらかどは、昔と違って経営難けいえいなんだから、じいさんが復帰してくれて座長は大喜おおよろこびなのよ」

 ユウエリマは、フィサに顔を向けて言いました。目を合わせると、今度はイエドに顔を向けました。次第に笑みがにじんできました。

「まあ、それでも、わたしは座長を困らせるだろうから、複雑な思いをさせるかもね。わたしの目標は、劇中の女の人を物言ものいう実際の人物として演じること。時間を掛けてでも、社会から認められるようになりたい」

 ユウエリマは舞台上に居るかのようでした。毅然きぜんとした立ち姿が、朝陽に重なります。


 イエドは役目を一つ果たしたように息をきながら、背凭せもたれに寄り掛かりました。

 フィサは咳払いをしました。

「ふう……随分と社会の常識に挑戦姿勢だな」フィサはユウエリマに言いました。

 すると、イエドがすぐ身を起こして――。

「へえ、〝師匠〟にぶいよ。ユウエリマのイバの芝居、あれも常識への挑戦さ」

 イエドはすっかり緊張をゆるめて言いました。

「なあ、ユウエリマ」

 ユウエリマは、急に真剣だったイエドが、かつての普段通ふだんどおりに過ごしていた頃の雰囲気になったので、ちょっと緊張の具合ぐあいくるって、愛想笑あいそわらいのような表情でうなずきました。

「え、ええ。それはまあ、……大体ね」

「はあ?『日常も稽古けいこ』でなかったのか?」フィサはユウエリマに言い迫りました。

「まあ、それも含めての挑戦だから」ユウエリマは、なおさら愛想笑いでした。

「うーん。〝イバの状態〟であらねば答えをはっきりさせんことでは、これからいかんぞ……」フィサは論評をのたまいました。


 船からの甲高かんだかかねの音が、港に繰り返し響き渡りました。


 はたと船を見上げたフィサは、「はいはい!」と言いはなちました。

「イエド……。もう少しで出航するみたいだけど――」ユウエリマは言いました。

 イエドは姿勢を正しました。

「忘れるなよ。大層たいそうな目標かかげて、そこまでつらぬいて行ってくれ。おれだってそれに負けずにやるよ」

 イエドは車椅子の車輪をたたきました。

「まずはこれから卒業する。復帰療法ふっきりょうほうも始めて、松葉杖まつばづえを使って立てるようにきたえ直す」

「きみの目標、きっと、達成は近いね」ユウエリマは言いました。

「そうだといいけど?」シノティラは言いました。「私から言わせてもらうと、やっぱり大層な目標ね……。でも、いろんな意味で距離が開くけど、おたが切磋琢磨せっさたくましていけそうね」

「ああ。そうだよな」イエドは力を入れて言いました。「ユウエリマ。座長さんに反発するだけじゃ上手くいかない。考えを何度もり込むほど言えば、いつか味方に付く人も――」

「分かってるわよ」ユウエリマは強い口調で言いました。「イエドこそ、気張り過ぎないようにね? 決めたらそればっかりになるくせに。それで上手くいかないと、周りが見えなくなるもの」

 シノティラはつい笑ってしまいました。ユウエリマの肩を軽く叩きました。

「そうそう。よく分かってる、ユウちゃん」


 イエドは気まずくなって、ついユウエリマの顔を指差します。

「解かったように言うじゃないか……? イバ役はずされたユウちゃん……」

「その指差し……なに?」ユウエリマも、気持ちを軽くして遣り取りします。

 シノティラは、じっとユウエリマを見るフィサに気づきました。

「ふう。わたしはひとまず、安心しました」

「そうか。わしはそうでもない」

 フィサは、言い合っているユウエリマとイエドをよそに、自分の足元へ視線をおろしました。

「この先、何が待ち受けるか分からん。この子が新しい舞台でどうられるか。ただのおてんばとしてか、革新者としてか、なぁ」

 するとフィサは打って変わり、わざと狼狽うろたえて――。

「おい! 乗り遅れるぞ!」そして、船の方に怒鳴どなりました。「置いてくなよお!」

 フィサは船へ駆け込んでいきました。

「さあっ出発だ! ユウエリマ!」

「――あっ、待って」ユウエリマは先に行くフィサに言いました。

「早く行けよ」イエドは軽い口調で言いました。

 ユウエリマは、シノティラとイエドに向きました。

「いってきます!」ユウエリマは丁寧に一礼し、フィサのあとに続いて船に渡された橋に走って行きました。

 二人が乗船すると、その橋が船に収められ、ムヘントバオル号は出航しました。


 朝陽の色を少しずつ変えて昇っていく太陽。

 その方角へ進んで行くムヘントバオル号を見て、イエドは思いました。


 行き先があるから、船は進む。乗客も行き先があるから、船に乗る。おれは、ひとまず立ってからだな――

 そうすれば、行き先を定めて進めるんだ。


「……よし、帰ろう」イエドは車椅子の向きを素早く反転させて行きました。

「え? 帰りも自分で行く気?」シノティラは意表を衝かれましたが、笑っていました。「分かってるのよね? 上り坂だよ」

「百も承知さ」

 イエドは勢い付いていました。しかし、倉庫前の傾斜で減速しました。

「この上り坂だろ……? 越え、るしか、ない!」イエドは息を詰まらせました。

 シノティラは、イエドの方へ駆け寄りました。

 そこに着くと、イエドはあと一息で越える所でした。イエドは顔を伏せ、力を振り絞っていました。動かせない脚にも、力があるかのように見えました。

「さあ! もうひと踏ん張り!」シノティラは後ろから言いました。

 イエドは車輪を前に回転させ、車椅子を坂の上に押し出しました。

 そして熱い白い息をき、空を見上げました。

 吐いた白い息は、空の深い青の中へ浮き上がり、白い雲と重なって昇って行きました。

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