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二六 友としての向き合い方

 見送りの日。

 車椅子のイエドは、まだ車輌が通らない早朝の道路を、自力で進んで港まで来ました。シノティラに付き添われながら東へ向かい、昇る朝陽を正面にして。


 シェダフム港・西六番埠頭には、週一度の定期船、ムヘントバオル号が停泊していました。


 その大きな船体の元に、フィサ、ユウエリマの二人は陽を背にして立っていました。

 イエド、シノティラは二人の元に向かいました。


 フィサは泰然と、そして何か言いたそうにイエドへ目を向けていました。すぐ横に立つユウエリマは、いつものように頭巾をかぶり、もうすぐに離れる故郷の景色を見渡していました。

「来たか」フィサはイエドを見下ろして言いました。

 イエドは何も言わず、強気な目つきで見返しました。

 ユウエリマは前屈まえかがみになり、イエドの目線に合わせて言いました。「悪いね。じいさんの無理な話を聞いてもらって」

 そして今度は、身を起こしてフィサに言いせまりました。

「ぼくは困ったんだぞ。イエドに、『また来る』と言っていたんだから、嘘になったじゃないか」

 すると、フィサは泰然と言い返しました。

「ユウエリマ。常時のイバ役は、もう止める頃合ころあいだろう。わしはいつまで、おまえが『日常も芝居の延長』と言い出してからの指導をせねばならん?」

 ユウエリマの表情は一転してかげりました。フィサから目をらし、街の方に向きました。フィサはそれを見て、言いえました。

劇中げきちゅうの人間を舞台外ぶたいがいへ持ち出すは、良い事でないぞ。最初に聞かせただろうが?」

「……ぼく、そんなこと聞いてないぞ」ユウエリマは頭に手を当てながら言いました。

「ほれ、もうイバは止めだぞ? かれがそんな言い逃れをどうしてする。嘘を演じては、ならん! 作り話だろうと、それをまことに演じる心得こころえを思い出すんだ。さあ! この頭巾も外してもらいたいところだ」

 ユウエリマは、苛立いらだちか、それとも安堵あんどかのようなめ息をつきました。


 頭巾に当てていた手で、そのまま頭巾をつかみ取りました。そして、苦笑にがわらいのような表情でイエドに言いました。

「……頑固がんこつらぬくのも大変よね」

 頭巾でまとめていた長い髪が、少しもくせを残さずにユウエリマの肩にりました。

「ああ。でも、結構長く続けられた……。あんな冗談のような目標、とおっくに忘れていたぞ」イエドは言いました。

 ユウエリマはまたかげった表情になるのでした。

「登校できなくなったんだから、それは仕方ないわ。大変なことになって、それどころじゃなかったよ」ユウエリマはうつむきました。

「それはもう済んだんだ……だから、顔を上げろよ――!」

 イエドが声を荒げて言いました。


 それでもユウエリマは、顔を上げられませんでした。

 イエドは、嘘でも芝居でもなく、本心からの思いを言いました。自分が目標を見失ってふさぎ込んでいたことが、友の足を引っ張った、という後悔を再び感じそうになるのです。

 それだからこそ、ユウエリマの「それどころじゃなかった」という言葉が、イエドのことではなく、ユウエリマがイエドを心配して本人自身の目標どころではない、という言葉に聞こえたのでした。

 ユウエリマには、自分を理由に後悔して欲しくありませんでした。

「……ユウエリマ。おれのことは心配するなって言ってるんだよ。おまえは本当の目標のために前進するんだ。ほら、思い出せるよ」イエドは肘掛ひじかけをにぎめました。

 ユウエリマは、ゆっくりと顔を上げました。

 そして前髪が海風になびき、そのかげに隠れていた目は明るくなり、イエドを見ました。それは、決心をいだいた目つきです。

 フィサはその様子を見ていました。

「始めにっ、わしから発表しよう。わしの目標は、ユウエリマの主役の舞台で、共演をすることだ。それまでに、戦記劇せんきげき役者ウェミノフタの現役復帰をげてやるぞ! さて、ユウエリマはどうだ?」フィサはうながすように言いました。

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