ボクとイエドの周りは、
これまでは乗客たちがそうして姿が見えなくなっていたことが、客車の中の全体に起こったのでした。
「どうしてかな? これ……」ボクにもその状況が説明できませんでした。
「別れることには変わりないのに、あまり寂しくないって言ったらいいか、今までのと全然違う別れ――」ボクはイエドを見上げて――。「ううん」と首を横に少し振りました。
それを見たイエドは、「別れたくないよね」と言われるかと思いかけますが――。
「出会いだね。出会えて良かった。そして、また会いたいって、楽しみなんだ」とボクが言いました。
「でも、また会えるって言いたいけど……どうしたら……」
イエドはボクを素直には見られず、言いました。
「急いで考えてみる。……もし、再び会えるならば、……待ち合わせ場所を決めてから帰られるといいのにとか――思ったりした」
やっとイエドはボクを見て、思い出しました。
「そうだ! 呼び名を付け合おう。おれのも、きみのも、この名前は
「うん。そおいうことならあ」ボクはもったいぶり――。「……ボクは、フロイと呼ぶね」
それは、昔話によく登場する人物の名前でした。
「フロイ、か。ありがとう」イエドは微笑んで言いました。「おれは、……そうだ。きみを、ロフラと呼ぼうか」
それは、古代伝承劇に登場する人物の名前でした。
ボクが、その名前を気に入ったという微笑みを返したように、薄れるイエドの視野は捉えます。夢ということは分かっていたイエドですが、そのボクの表情は確かな実像だったのでしょう。
互いに名前の由来は、もう聞けませんでした。
周囲は白い光に覆われて、時がないと知らせてくるかのようです。
二人は、互いに相手が見えなくなりました。しかし、まだ手を握り合う感覚がありました。その間に――、
付け合ったその名前を今この時、別れのためには使わず、どこかで再会したその時に使おう。
二人の心の内で、その約束が
しかしどこからか、
目が覚める?
夢を見なかった?
何も見なかった?
きみは覚えてくれるの……かなあ。
イエドは、光の中に居ました。
その視界が捉えたのは、
しばらく浅い眠りと、ぼんやりとした目覚めを繰り返すイエドは思いました。
「そうか、なんか目を閉じようとしたら、とっくに閉じているんだった……」
イエドの目が開きました。
「もう、慣れない早起きのせいで……しかし、長い夢だった」イエドは思いました。
大樹の天井は真昼の日光を受けながら、そよ吹く風に
「……どれくらい……眠っていた?」
木漏れ陽の作る地の模様も靡き、イエドの目にちらちらと映っているのでした。脚は、いつものように動きません。
あくびにも聞こえる、イエドの大きな溜め息。ふと――、「ん、夢?」と心の内に浮かびます。
「どんなのだったか……」イエドは呟きました。
イエドは何かがちかっと反射した光を
それを見て、イエドは思いました。
「この
イエドは家の
このときイエドに思い出されたのは――、
この緑の栞を持って、そのロフラという子に会いたいような気持ちだけ。
会ったこともないその子、その名前――ロフラは……
そのとき、
「へえ。咲いたのか」口笛の吹き
その声には聞き覚えがありました。イエドは顔を縁側へ向けました。
そこには、フィサが立っていました。