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二一 共に描きたい形

 ボクは、落ち着いた口調で話しました。

「船長は、すごい人なんだ。ボクの知識は、船長の話の受け売りなの。ボクは、船長に引き上げてもらった。ボクの意識――いや、心――それとも、精神かな、そういうのがどこかをただよっていて、もうすぐどれかの星に引き込まれるところだった。分かるね? 意識不明で、死にそうだったボクは、危ないところを夢に繋ぎ留められた――

 こう船長から聞いた。ボクには途中の記憶がなくて。意識不明じゃ、当然のことだけれどね。ボクは、船長に引き上げられて、この船に引き取られた身分で、乗客じゃないんだよ。本当に最初は何も見えなくて、どこに居るか分からなくて、船長の声にただ耳を向けた。それから少しずつ分かり始めたの」


 イエドは、そのいきさつを聞いて言葉が出ませんでした。ボクがつらさをイエドに見せず話しているのを、じっと聞くしかないのでした。


「ボクの現実――船長の推測だけれど、違いないよ。そうだな……まず――ボクは病気で、失明していたみたいだ。船長は、失明前のボクの記憶を呼び覚まして見えるように、あの星がボクの心に現れるまで、ボクに語り掛け続けたんだ。ボクは、昔の記憶、色や光や形……とにかく一心に、船長の言葉を見ようと、暗いなか探し回ったんだ。そのことを、船長は、記憶の筆記帳ひっきちょうめくるって言ったよ。ボクは写真帳しゃしんちょうだとも思うけれど――

 その筆記帳は、始めの頃は透明でね、何も書かれていないの。透明の本なら、何度も捲らなくたって書いたものが見える。ボクは、失明の期間の方が長かったようだから、どちらかといえば透明に近かったらしいよ。それで探した記憶はね、白とか、丸いとか、明るいことに関係することなんだけれど……。とても小さく書かれていたのかな、探し出せたのは、ほんの一部なんだ」


 イエドは、何か一言でも、と思いました。すると――。

「イエドも思い起こしてみて。ボクの見る、水晶星すいしょうぼしの姿を、これから伝えるからね」

 ボクは、今までと変わらず、目をしっかりイエドに合わせて言いました。

「心に描いてみて……一つの白い花が光り輝いて、全部の花びらが先端せんたんから小さなちりを散らして、風に乗っていくよ。花の中心は、輪の重なりが渦巻いて、ときどき輪がひものように見えてね、ほつれたり、りがほどけたりしてからまった結び目が〝だま〟のようにぽとぽと浮き出てくるの。

 ……これでイエドに伝わっているなら、あの辺り、一際ひときわ大きい輝きが見えてくるはずさ。あの辺りだよ、どう? 見えてくる? 水晶星の見えかたは人それぞれに変わることだってある。だから、違いはあるの。感じるままに見て――」

 イエドは、ボクの言葉に導かれ、意識を集中させていた心象の中から星空へ視界を広げました。自然にイエドの脚が立ち上がり、窓のふちに手を置いて外を眺めました。


 心象の中だけでは虚像のようだったものが、イエドの目がりきまずに星空をとらえるようになると、新たに見える星がありました。

「見える? どう見えるかな?」ボクは、一心に星を見るイエドに遠慮するように、小声できました。

 イエドは見るものをそのまま伝えようと、話し方が速くなったり遅くなったりします。

随分ずいぶん遠くにありそう……あの星だ! 暗い所に――暗さが払われてきた……! あんなにも明るい星が見えていなかったのが、不思議だ……でも確かに、きみの言った通りの形にも見える」

 イエドがちょっと目をらそうとしますと――。 

「うん? 今度は、何か重なっている――」イエドは、少しも見逃せない、という気分になりました。

「あっ。イエド、ボクの言ったこと、あまり気にしないで見てほしい」

 ボクは前のめりになって窓の縁に手を伸ばし、イエドの横顔を見ながら言いました。

「ボクの見た感想は、あてにならないから。だって、ずっと前から色色いろいろとさ、イエドが見てきたもののほうが――ここ以外の世界で多いよね。だから、ボクが想像できない見方もできると思う」


「……そうなのかなあ」

 イエドはまぶしそうに目を細めました。

「きみが言った、記憶の筆記帳だっけ? おれのは透明じゃない気がするけれど、いいのか?」


「星はたくさんの集まりなんだ。たくさんは、一種類がたくさんでも、別別べつべつがたくさんでも同じことなの。だから、少ししか知らなければ――少ししか記憶になければ、その通りに星を見るよ。そしてね、いろいろ知っていれば――いろいろ記憶にあれば、それにともなって見えるよ。そう、一つの実像ばかりが真実じゃないからね」

 イエドは目を凝らして見続けています。

 ボクは窓の縁から離れ、言いました。

「そうだなあ、ボクは区別するのも、そうされるのも怖いんだ。ボクにとって、実像と虚像の境目は薄いかなあ。だって、そういうことが分からないからさ。じつは、イエドができるほどには星星ほしぼしの特徴は、ボクには分からないの。……名前。それも分からない。〝ボク〟の名前は、こう船長が呼んだから自覚してるってだけ――あ、ごめん……」

 ボクは、背凭せもたれに身を倒すように座りました。

「こんなこと言ったら、イエドが集中できなくなるね……」

 独り言のように、ボクは呟きました。

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