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二〇 コドの石油灯

 イエドはその声のぬしを見て、ほんの一瞬だけ、声を上げました。

 すぐ横の通路には、大きな目をした猫のような顔の大人が、イエドを見下ろして立っていました。

 船長は目を細め、横目でボクをにらみました。

「きみは〝あの星〟を、イエドくんに見えるようになってもらうまで、しっかり教えなければ駄目だ。まあ、それはさておき、ボク。石油灯をはずすが、良いかね?」

 ボクは恐れていたことを聞いて、物悲ものがなしいながら、船長の鋭い細目をこわそうに上目うわめのぞきました。

「……船長。全部?」ボクは、ようやく声をのどおくから出しました。

「コドさんがもうけた全部の石油灯だ」船長は目をとどめたまま、横向きながら言いました。

 イエドは、その猫顔が窓から射すような光に照らされていることに気付きました。舞台で集中照明をびる人物のように、周囲からは際立きわだって存在していました。

「あなたが、この船の船長なんだ……」イエドは言いました。

 船長は振り向きました。

「役目はそうだ。が、すまない、挨拶あいさつが遅れたね」船長は右手を出しました。「わたしは、名はリオノ・エノだ。エノは苗字のようなものだ。リオノと呼んで結構だ。握手を」

 イエドはリオノ船長と――確かに、人の手と握手をしました。

「さっきの声は、わたしの面構つらがまえにたいしての声だったかね。これも、すまなかった。が、すぐ慣れたまえ、イエドくん」リオノ船長は手を放し、その手を外套がいとう腰元こしもとについた物入れに差し入れました。

「船長……」ボクはつぶやきました。

 ボクに背を向けたリオノ船長は聞こえず、あるいは聞こえないふりをして、言いました。

「手助けを頼もう、イエドくん。この部屋以外の器具の取り外しはませて来た。よって――」

「船長、船長」ボクは弱く繰り返し、リオノ船長の外套をつまみました。

「何かね?」リオノ船長は振り向かず、例の細目でボクのその手をうかがっていました。

「一つだけでもいい。ボクに譲って?」

「取り損ねたらもう手に入らない。そう教えたはずだがね。まあ、良しとしよう。イエドくん、石油灯を一つ取り外したまえ」

 イエドはリオノ船長に言われるまま、通路で作業に取り掛かりました。

「これを取るぞ」イエドはボクに言い、ボクがうなずいてから手を石油灯に添えました。

 石油灯に届いているにも関わらず、手はその空間を掻き回すだけでした。

「しっかりとらえて」ボクは言いました。「いままで石油灯を見たことがないならね、よく聴いて。それはふるびた真鍮しんちゅうの色で、星型の傘があって……、それで、ええと」

 ボクはそわそわと困りました。目を閉じて思い出そうとしました。

「ごらん、確実に伝えなければ、あのようにして分からないし、見えもしないのだ」

 リオノ船長は、ボクに聞こえる程度の声で言いました。

「ボク。〝あの星〟についても、納得できる表現で伝えることだ」

 ボクは後ろめたそうにうつむきました。

 そのとき、イエドの声が聞こえました。

「……取れた」

「……あっ、本当に?」

 ボクは一気に喜び、立ち上がりました。

「ああ、良かった。早く渡して」

 リオノ船長は、今度はイエドにれいの細目を向けていました。イエドへ走り寄るボクと擦れ違っても、それを目で追うことすらしませんでした。

「見えてきたんだよ。これだ」イエドは、駆け寄るボクに差し出しました。

 それは、まさにボクが知るコドの石油灯そのものでした。

 ボクはそれを受け取ると、自分のひたいの高さに持ち上げました。コドの石油灯に一瞬の灯火がつき、そのやわらかな明かりが消えるとともに、その形も消えました。

「ボク。確実に覚えて忘れるな」リオノ船長は、変わらない顔で言いました。

「うん、もうできたよ」ボクは手を後ろに組み、リオノ船長に振り向いてみました。そして、両手を広げて見せました。

「何をしたんだ? 消えてしまったじゃないか」イエドは、眉を寄せました。「もしかして、きみが取り込んだ?」

「ご名答だ。が、惜しい水準のものだ」リオノ船長は言いました。「ボクの言う〝しおり〟だ。しかも忘れない、高度のものだ」

 ボクは、元の席に座りました。

「おじいさんは、見方を変えてくれたの。それまで、明かりは一つ。おじいさんが少しずつ増やしてくれた」

 ボクは星空を見ながら言いました。

「最初、あの星しかよく見えなかったけれど、周りを見るようになったのは、それからだったんだよ」

「さて、残りは取り払って構わないな?」リオノ船長は言いました。

 石油灯は、一灯いっとうも残らず消えました。枝と葉と同様に、気付いたときには見えませんでした。すると、代わりの明かりがつきました。

「良し。わたしは戻る。まもなく、みなとだ。少少しょうしょう人込ひとごむだろう。が、ここに座って居て結構だ」

 リオノ船長は扉を閉め、操舵室へ行きました。


 イエドはそのまま通路にたたずんでいました。

 船長であるリオノ・エノ――ここの物事をほとんど知っていそうな風格があり、それに多少の威圧感いあつかんもあり、それによってイエドは、この夢の中で、すっかり現実味げんじつみを感じてしまいました。

 厳格げんかくな学校出身のイエドには覚えのある、きびしい教師の雰囲気だったのでした。そのため、外見はあまり気になりませんでした。

「……イエド。座って、聞いてくれる?」ボクは言いました。

 イエドが歩み寄りながら、ボクはようやく自分について話し始めるのでした。

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