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十七 水晶星

 イエドは、自分がどこで何をしていたのか、それすらもわかりませんでした。

 夢のまた夢の中に落ちてしまったのでしょうか。


 暗くもなく、明るくもなく、白黒の境目さかいめもありませんでした。


 その中で、幼い子の声が聞こえてきました。


 誰も、水晶星すいしょうぼしに行こうとしない。

 誰もが遠くから見るだけで、どうしても本当の姿を見たい、とまでは思っていないさ。

 本当の姿を見ようと近付けば、多分、焼かれてしまうから……。

 そんなに近くでは恐ろしい星が、どうして遠くでは水晶のように綺麗な姿なのか。

 これは何かに似ているかもしれない。

 例えば、生きること……?

 誰も、死んでまで本当のことを見ようとはしないよね。

 本当に生きているときは、死を本気で考えられないかもしれない。

 本当の死を見るというのは、実際に死ぬことをいうのだろうから……。

 それじゃあ、死を本当には見ないで遠くで見ると、水晶星のように、それも綺麗に見えるのかな。

 ……ああ、死を遠くで見るということは、そうか、生きていることをいうんだ。

 生きている今が、水晶のように綺麗——ということ?

 遠くから見るんだから、ほとんどぼんやりと見えるんだろうね。

 それでいいんだ、そうだよね……?

 だから、死ぬことなんて考えないで、生きるんだ。

 きっと、遠くにあるその星は、みんなが意識せずに行き着く何かなんだ。

 ただ、その星を感じることが大事なんじゃないかな。

 でも、感じ取るのは求めるものだけじゃない。

 苦しんで恐れるのは、生きているから分かるんだ。

 ああそうか、生きているときが苦しかったり恐ろしかったり……。

 それじゃあ、みんなはいつもその星に近付いているんじゃないかな。

 でも、生きているとき、何かを苦しませたり、おどしたりするのはなぜだろう……。

 それも、生きている同士だから、苦しむ同士、おびえる同士なのかな。

 ……あ、船長が言っていたこと、今なら分かる気がする。

 自分が他の生命を食べることは、他の生命を苦しませることだ。

 でも、そのおかげで生きる自分は、いつ苦しんだって仕方しかたないよ。

 だって自業自得なのだから、苦しませた生命を食べたら、自分もいつか苦しむに決まってる。

 何かに求めれば――たとえ意識してなかったとしても――、何かに起こったことが、自分にも求められているんだ。

 食べられたりされなくても、自分が必ずいつか死ぬのは、いつか自分が何かに求めたことだから、いつか自分にも求められるのかもしれない。

 みんなは何かのために苦しんで、自分のために生きて、生きるために何かを苦しませる……?

 でも、善と悪のことは、分からないよ……。

 何も食べるなとは、言えない。

 脅しは悪だなんて……。

 ……あーあ……

 いつも考えが、同じ所に行き着くよ。

 こんな問いに、答えなんか求められない。

 区別は要らない……ここには、要らないんだ。

 ここからの眺めしか見えないせいかな。

 ……他には何も、分からない。

 ……だから、誰か、教えてほしい。

 ……誰か、起こしてほしい。

 ……誰か……どこかの――

 誰か――


 声は突然に、途切とぎれてしまいました。


 イエドは、普段の夢から覚める時の、まぶたの重さを感じました。

 イエドは座席で仰向あおむけになっていました。その瞼を閉じたまま、起き上がりました。脚は、動きました。


「イエド。目が覚めた?」

 ボクの声でした。

 夢ではなく、夢のまた夢から覚めたのでした。

「……コドさんは?」イエドは目を開けて言いました。

 ボクが微笑んで座っているのが見えました。

「うん、帰った」

 ボクは、少しかすれた声で言いました。次第に表情は曇りました。

「……でも、どこに帰ったんだろうね、おじいさん。……今、それを考えていたの。本を繰り返し見て、どこかにしおりがないか探して……」

 イエドは、見覚えのある本に気付きました。しかし、その本はしわだらけになって影薄かげうすく浮かんでいました。

「ああっ、分からない。おじいさんはどうして降りたんだろう……」ボクは頭を抱えました。

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