「あわてんぼうぢゃなあ、ボクちゃんは」コドは笑いながら言いました。
イエドはつられて笑いました。
「あわてんぼう同士の言い合いだ」そしてすぐ、笑みがなくなりました。コドは硬い表情で、ゆったりと座っていたからです。
「イエドや。……わしはなあ、慌てとったわけでもないんぢゃ。わしがあん時、光の中に何を見たか教えよう」
イエドは、コドの表情の転換に戸惑いました。皺の多い顔ながら凛凛しくも見えていたのが、急に年齢相応になり、穏やかな表情になってきました。
そのとき、船が少し揺れ、進路を変えました。
「灯火は、一つではなかったんぢゃ。消えそうな火は、周りの輝かしい火に見守られとったよ。しかし、周りは揺れとった。今にも消える一個の火に、心を動かして揺れた。蝋燭がその身を溶かして照らしてくれるように、周りは疲れるまで揺れ、涙を溜めとった。そして……火は見守られながら、しっかり最後まで尽くしたようぢゃ」
コドの手元に、小さな灯火が現れ、温かな明かりが生じました。
イエドは明かりに包まれました。
イエドの心象は、寝台に臥す老人が、数世代の家族に囲まれている光景を映していました。すると、老人の声が聞こえました。
ありがとう。最後、世話をしてくれるんかい。これでわしは、幸いになった。……坊や、今夜は晴れるでな、星がいっぱい見えるぞお。わしも星を見とるよ。……坊や、泣いとるんかい。星空を仰ぐときは……涙拭け――。
その光景は、水面の波紋のようにうねり、よじれました。
イエドは、コドの声を聞きました。
「……イエドや。分かるかい。わしは、もうそろそろ、行く時間なんぢゃよ。さっきわしがここに来るとき、さて行く時間ぢゃ、と思っとった。ところが、おまえが居ったんぢゃ。おまえはちょいと時間をくれたっちゅうわけぢゃ。ありがとう、イエド」
イエドは、それが別れの言葉に聞こえました。
「突然、何を言い出すんだ。おじいさん、なぜ、おれに言うんだよ? あの子に、ボクに言わないと駄目だ」イエドはコドを見つめました。
「なあに、言わなくとも、ボクちゃんは気付いとる。それでな、待っとれと言って、操舵室へ飛んで行ったんぢゃなあ。いつまで待つ時間があろう……。お? ほれ、見えるぞ」
コドは窓の外を指差しました。その遠く先には、一つの星がありました。
「わしの行き先ぢゃ。うーむ、ここは、まだ降りられぬ所ぢゃなあ」
コドは、普通の列車に居るように言いました。ただ、見知らぬ路線で、降りると決めた駅を乗り過ごさないために、今にも立ち上がる体勢でしたが。
「お? あそこ……いや、違う。まだぢゃなあ」
イエドは、どうするべきか分かりませんでした。今にもコドは立ち上がって、どこか遠くへ行ってしまうような様子でした。
「おじいさん、どうしてだ? あの子の気持ちを分かっていて、しかも居ない間に……」
イエドは、ボクを追ってこのことを知らせたくても、それができませんでした。
「ボク遅いな。おじいさんはさっき、操舵室から来たんだろう? こんなに掛かるのか?」
「無理もない。わしが船長に依頼したでな、最後の行き先を」
コドは背凭れに寄り掛かりました。
「あのボクちゃんの頼みでも、粘りに粘っての頼みでも、変更できぬことぢゃ。そう、……わしの、わしだけの行き先ぢゃ。あん時のような、二人一緒の行き先ではない」
コドはゆったりと座り、すぐに行くわけではなさそうな雰囲気になってきました。
イエドは安堵して少し落ち着いてきました。