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十四 灯火が残した明かり

「あわてんぼうぢゃなあ、ボクちゃんは」コドは笑いながら言いました。

 イエドはつられて笑いました。

「あわてんぼう同士の言い合いだ」そしてすぐ、みがなくなりました。コドはかたい表情で、ゆったりと座っていたからです。

「イエドや。……わしはなあ、あわてとったわけでもないんぢゃ。わしがあん時、光の中に何を見たか教えよう」

 イエドは、コドの表情の転換に戸惑とまどいました。しわの多い顔ながら凛凛りりしくも見えていたのが、きゅう年齢相応ねんれいそうおうになり、おだやかな表情になってきました。


 そのとき、船が少し揺れ、進路を変えました。


灯火ともしびは、一つではなかったんぢゃ。消えそうな火は、周りの輝かしい火に見守られとったよ。しかし、周りは揺れとった。今にも消える一個の火に、心を動かして揺れた。蝋燭ろうそくがそのかして照らしてくれるように、周りは疲れるまで揺れ、涙をめとった。そして……火は見守られながら、しっかり最後まで尽くしたようぢゃ」

 コドの手元に、小さな灯火が現れ、温かな明かりがしょうじました。

 イエドは明かりに包まれました。

 イエドの心象しんしょうは、寝台しんだいす老人が、数世代すうせだいの家族に囲まれている光景を映していました。すると、老人の声が聞こえました。


 ありがとう。最後、世話をしてくれるんかい。これでわしは、さいわいになった。……坊や、今夜は晴れるでな、星がいっぱい見えるぞお。わしも星を見とるよ。……坊や、泣いとるんかい。星空ほしぞらあおぐときは……涙け――。


 その光景は、水面みなも波紋はもんのようにうねり、よじれました。


 イエドは、コドの声を聞きました。

「……イエドや。分かるかい。わしは、もうそろそろ、行く時間なんぢゃよ。さっきわしがここに来るとき、さて行く時間ぢゃ、と思っとった。ところが、おまえがったんぢゃ。おまえはちょいと時間をくれたっちゅうわけぢゃ。ありがとう、イエド」

 イエドは、それがわかれの言葉に聞こえました。

「突然、何を言い出すんだ。おじいさん、なぜ、おれに言うんだよ? あの子に、ボクに言わないと駄目だめだ」イエドはコドを見つめました。

「なあに、言わなくとも、ボクちゃんは気付いとる。それでな、待っとれと言って、操舵室そうだしつへ飛んで行ったんぢゃなあ。いつまで待つ時間があろう……。お? ほれ、見えるぞ」

 コドは窓の外を指差ゆびさしました。その遠く先には、一つの星がありました。

「わしの行き先ぢゃ。うーむ、ここは、まだりられぬ所ぢゃなあ」

 コドは、普通の列車に居るように言いました。ただ、見知らぬ路線で、降りると決めたえきを乗り過ごさないために、今にも立ち上がる体勢でしたが。

「お? あそこ……いや、違う。まだぢゃなあ」


 イエドは、どうするべきか分かりませんでした。今にもコドは立ち上がって、どこか遠くへ行ってしまうような様子でした。

「おじいさん、どうしてだ? あの子の気持ちを分かっていて、しかも居ない間に……」

 イエドは、ボクを追ってこのことを知らせたくても、それができませんでした。

「ボク遅いな。おじいさんはさっき、操舵室から来たんだろう? こんなにかるのか?」

「無理もない。わしが船長に依頼したでな、最後の行き先を」

 コドは背凭せもたれに寄り掛かりました。

「あのボクちゃんの頼みでも、ねばりにねばっての頼みでも、変更できぬことぢゃ。そう、……わしの、わしだけの行き先ぢゃ。あん時のような、二人ふたり一緒いっしょの行き先ではない」

 コドはゆったりと座り、すぐに行くわけではなさそうな雰囲気になってきました。

 イエドは安堵あんどして少し落ち着いてきました。

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