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七 大気中の意志

 真っ青な空には、真っ白な雲が浮いています。

 早く起き過ぎたせいか、イエドは眠りそうな目で、その空を見ていました。

 すると、家の屋根際やねぎわの向こうから、すうっと何かが現れてきます。


 高く遠くに雲と共に浮かんで、雲のように白い飛行船でした。

 イエドには、白くなめらかな貝殻のように小さく見えましたが、たいそう大きいに違いありません。

 飛行船は、イエドの遠く真上まうえを通るところでしたが、樹の天井に隠れていきました。それでもイエドは、飛行船の浮いていそうな所を見つめていました。そこから葉が一枚、ふわりと降ってきました。


 イエドはその葉を見ました。

 すると、目の前がぼやけてきたように思いました。そう思うと、葉がイエドの顔に降りてくるのか、ぐんぐん大きくなるように見えます。イエドはそれでも目を開けていました。

 葉の葉脈ようみゃくは枝のように太くなり、目の前いっぱいにおおかぶさりました。そして、水面みなもの波紋のようにうねり、よじれて、視界が埋め尽くされました。


 真っ暗になりました。


 そのとき、イエドは自分のまぶたがすとんとじたのを感じました。

 そして、重く響いてくる言葉を聞きました。


「目覚め、花を咲かせると、気分がえる。誰か近くに居る? 寝ている? 夢を見る? 何が見える?」

 その言葉の声は、段段と細くなりました。

「……きみは覚えているかなあ。いやいや、覚えていなくても結構だよ」

 そして今度は、幼い子の声に変わりました。その声はこう続けたのでした。

「だってボクは、覚えてもらえないのが普通だもん。みんな大気と同じように見えないの。でも、ボクは知っている。見えなくても、みんなはそれがないと困るってね」

 イエドは思いました。「誰だ?」

「ん? 今、誰かの思いが聞こえたような気が……、ボクの思い違い?」声は言いました。

 イエドの視界に光が感じられました。また葉脈ようみゃくが見えてきました。しかし、そのすじは赤く染まりました。それはイエドのまぶたうちから見える血管けっかんでした。

 イエドはびっくりして目をひらきました。


「うわ!」イエドは、目を開くと同時に声を上げました。

「わあ!」

 すぐに聞いたことのある声が驚きました。

 イエドの前の座席には一人の子がいました。知らない子でしたが、その声はさっきと同じ声でした。

「誰?」その子は、イエドを指差ゆびさして言いました。「驚いたあ。外を見ていたら突然、うわ! だもん」

「え? きみは、さっき何かを言っていた」

 イエドがこうとしますと――。

 その子はかさず質問をさえぎります。

「う、ううん。何も? きみの思い違いだよ?」

 イエドは、すぐにその子を疑うことを忘れました。周りを見渡すことに心を奪われたからでした。


 ここは、列車の客車のような長い部屋で、木造りでした。座席は普通の列車内と同様に並び、左右の壁には、座席二つの向き合う間に窓が覗いています。天井の照明が際立きわだってともっています。

 イエドは、何か変だと思ってすぐ右の窓の外を硝子ガラスしに見ました。

 夜のような窓の外を覗くと、その光景に、言葉が出ませんでした。

「うわあ……」

「これは、天空よりも高い所へ浮かぶ船だよ」その子は言いました。「そうだ。青葉あおば号に乗ってたんだったね。軽い軽い船」

 イエドはそれを聞いて、ここが空中だと知りました。

 しかし、イエドが見たそとには空の色もなく、山の形も見当たりません。真っ黒な水の中に居るようでした。

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