目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

一 春から取り残された家

 広大こうだいなロオムヘントの大地。


 そのひがしみさきにあるシェダフムの町は、清清すがすがしい春の息吹いぶきに包まれていました。

 シェダフムは、ロオムヘント有数の軍港ぐんこう都市でしたが、最後に戦争があった時代は、遠い昔です。当時の軍艦ぐんかんは、倉庫に閉じ込まれたままさびいていると聞きます。


 春が始まる頃、国士こくし養成学校の生徒は卒業します。国士養成学校は、厳格げんかくな体育学校のような所です。――国士というと、このロオムヘントでは政治家や公務員、兵隊を国士と呼びますが、他に国を代表する各分野の専門家も国士と呼ばれています――。

 ロオムヘントでさかんな舞台芸術や芸能の業界へ、多くの舞踊役者ぶとうやくしゃや伝統芸能者を輩出はいしゅつしている有名校です。


 町の中央にある高台の三号校舎。その運動場で、卒業式が行われていました。最後のくくりは、拡声器かくせいきで町中に響きました。


「第三学校、第三百八十七さんびゃくはちじゅうしち回卒業者諸君しょくん! みなにはほまれある将来が待っている! この学びから、したたかに巣立すだて! 皆のばたく威勢いせいが、ロオムヘントに響き渡ることを願っている!」


 この町長の激励をに、同じ衣装をまとった卒業者たちは、一斉に声を上げて互いにたたえ合いました。

 ところが、その中に一人だけ違う服装の卒業者がいました。いつも頭巾ずきんかぶっているユウエリマです。


 ユウエリマだけは、こののちに早早はやばやとそこを立ち去りました。


 ユウエリマが向かった場所は、同級生のイエドの家でした。その家は、街から離れた丘陵の林に囲まれています。

 ユウエリマはそこまでの道を歩きながら、その家に居るイエドのことを考えました。頭に浮かんでくるその表情は、かつての充実した、自信をびた目つき。そして、最後に学校でれ違ったときの、め息を出し切った半開はんびらきの口。


 空を見ると、雲が夕焼けの朱色しゅいろに染まっていました。ユウエリマは、いつよりも道程みちのりが遠かったように感じました。

 ここは丘の下の小川に沿った所で、普段は人通ひとどおりのほとんどない道です。


「あら、ユウエリマ?」この近所のサミュウタでした。

 しばらく会っていませんでしたが、いつものように声を掛けてくれました。

「卒業だったね、今日。おめでとう」

「サミュウタさん。ありがとうございます」ユウエリマは丁寧に言いました。


「あら、どうしたの? 随分ずいぶん落ち着いた感じよ」サミュウタは笑みながら言いました。

「え。ええ、卒業したからには、けじめをつけます」ユウエリマは苦笑いしました。「でも、卒業祝いの集まりには居づらいので、式を途中で抜け出しました」

「それって……。これからイエドの家に?」

「……はい、一か月振りに会います」

「あれから、一か月になるのね……」


 ユウエリマは会釈えしゃくをして、歩き出しました。

 サミュウタは、掛ける言葉が見つかりませんでした。ユウエリマを優しく見ていました。

 小さな橋を渡り、林の中ののぼり坂を歩いて行きました。


 周りのが夕陽に染まり、林の中は秋のような景色でした。

 坂を上り切った途端に林から出ると、ひらけた草地の真ん中に建った、資産家が手放したような家が現れました。

 イエドと、母親のシノティラが住んでいる家です。父親のキュンドは、外国に単身赴任中です。


 家の屋根の上方じょうほうまるく空が開いています。家の二階は薄い夕陽の色に、一階は影の色になっていました。


 シノティラが玄関をけて出て、ユウエリマに気付いて笑顔を向けました。

「こんばんは」歩きながら、ユウエリマは静かにあいさつをしました。

 笑顔でシノティラは頷きました。

「久し振りね。お入りなさい。イエドは、たぶん裏手のほうに居るよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?