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第61話 You are like a rainbow to me.

 クリスマス。


 城山家は基本的に家族でお祝いする。いや、うちはキリスト教徒じゃない。家族全員、みんなキリスト教とは一切、関係ない。あえていえば、竜二が通っていた幼稚園がキリスト教系だった。それくらい。


 だけど、城山家の人間はクリスマスが好きで、子供たちが高校生と中学生になった今でも家族で集まってお祝いする。今年は24日がちょうど父さんの仕事が休みで竜二も部活が午前中で終わったので、昼から家の飾り付けをして母さんとケーキを焼いた。そう、僕は料理をする。ちょっとだけだけど。


 鶏モモのローストとか、生ハムのサラダとかオニオンスープとか、普段は食べないようなちょっと贅沢な食事をして一年間、ご苦労さんでしたとねぎらいあうのだ。


 「いや〜、だけど今年は、本当にいろいろなことがあったわね〜」


 ケーキも食べ終わり、母さんがティーカップを置いて言った。ほおに手を添えて、ホッとした表情をする。


 「そうだなあ。雅史と竜二が進学して、生活がガラッと変わったしなあ」


 父さんは小難しい顔でスマホをいじりながら、調子を合わせている。最近、アプリで食事管理を始めたらしい。今夜はたくさんのメニューが出たので、さぞかし登録するのは大変だろう。それはさておき、母さんが言いたいことは、そんなことじゃないと思うぞ。


 「なんだかハラハラすることばかりだったわあ。雅史、来年はもうちょっと母さんをゆっくりさせてちょうだいね」


 そう言ってジロリと僕をにらむ。やっぱり、僕か。心当たりだらけなので、反論のしようもないけど。


 玄関のチャイムが鳴った。


 「出るわ」


 なんだかややこしい話を始められそうだったので、立ち上がった。玄関に向かう。


 確かに、大変な一年だった。


 高校入試失敗。高校でもいじめ。空手を始めていきなりKO負け。不登校。ネバギバ入会。夏合宿。マイが自殺未遂。マイが入院。マイが退院。岩出と決闘。新田の襲撃事件。


 こうして振り返ってみれば、僕ばかりが原因なわけじゃない。半分くらいマイが関わっている。


 「はーい」


 「あ、私」


 そのマイだった。


 マイは普段は自分のことを「ウチ」と言うのに、訪ねてくる時は「私」と言う。どういう基準で使い分けているのだろう。だいぶ前に聞いたことがあるのだが、その時は「え、そんなん使い分けてないで」と言っていた。


 自覚がないようだ。


 マイのことを考えていた時に、本人登場とは。これって運命? 少しうれしくなってニヤニヤしながら、玄関を開けた。焦茶色のセーターに薄黄色のもこもこしたジャンパーを着て、スリムジーンズ姿のマイが立っていた。吐く息が白い。頭にサンタクロースの赤い帽子をかぶっている。


 こいつめぇ、めちゃくちゃかわいいぃ。だが、ちょっと怒った顔をしているのは、なぜだろう?


 「まあくん、今、大丈夫? もうご飯、食べ終わった?」


 マイは勢い込んで言った。


 「ああ、終わったよ。上がる?」


 ドキドキしながら返事する。


 「いや、いい。むしろ外がいい」


 小難しい顔をしたままなので、言われた通りにサンダルをつっかけて外に出た。おお、寒む。玄関ポーチのライトに照らされて、マイのほおが寒さで赤くなっているのがわかった。


 冬休みに入って、急激に寒くなった。夏の暑さが一向に収まらず、いつになったら秋が来るのかと言っていたのが、つい最近。今年は秋がなかった。いきなり冬になった。


 マイは小さな包み紙を持っていた。サンタの絵が描いてある。どこからどう見ても、クリスマスプレゼントだった。


 しまった。僕は何も用意していない。


 「はい。まあくん! メリークリスマス!」


 両手で包み紙を差し出す。


 「あ、ありがとう。でも、ごめん。僕は何も用意してない…」


 「そんなん、ええよ。それよりサイズがどうかな。開けてみて」


 言われるがままに包み紙を開けた。パンパンになるくらい、ものすごくカラフルな何かが入っている。引っ張り出した。


 「あ、マフラー」


 「そう! 巻いてみて! マイだけに!」


 ここにきて、ようやくぱあっと顔をほころばせた。なんなん? もしかして緊張してたの? ちなみに、この「巻いてみて、マイだけに」と言うのはマイの持ちネタで、マフラーはもちろん手巻き寿司の時にも使う。


 それにしてもこのマフラー、すごくデカいな。背の高い僕仕様なのか。ぐるりと巻いてみた。幅がたっぷりあって、まるでネックウォーマーだ。


 「よかったぁ。ちょうどいいみたい」


 マイは手を伸ばしてマフラーを整える。さっきまでの小難しい顔がウソみたい。ニコニコしてとてもうれしそうで、その顔を見ていたら、こっちも胸がホカホカと温かくなって、幸せな気分になってきた。


 「まあくん、大きいからなあ。長さとか幅が足らんかったら、どうしよと思っててん」


 そうか。ずっとこれを編んでいたんだな。ちょっとだけ期待していた、僕へのプレゼント。本当に、僕へのプレゼントだった。


 なんか、めっちゃ感激。毎日、学校に行くだけで大変だったはずなのに、その間に僕のためにマフラーを編んでくれていたなんて。なんだかうれしくて、鼻の奥がツーンとした。


 「すごくカラフルやね」


 喜んでいることをわかってほしくて、思い切りにんまりしてみた。


 「やろ? なんの色か、わかる?」


 マイは少し首をかしげて、僕を見上げた。なんだろう。なんの色?


 赤、橙、黄色、緑…。あ!


 「わかった。虹や」


 「正解!」


 僕の腕を取ると手を挙げさせて、パン!とハイタッチした。


 「なんで虹なん?」


 「なんで? なんでやろうね」


 聞いているのは、こっちなんだけど。マイは少し照れくさそうに斜め下を向いて、また上目遣いにこっちを見た。うわ、かわいい。それ、わかってやってるの? あざとすぎへん? かわいいの暴力。黒沢相手にもこんな仕草をしていたのかと思うと、嫉妬の炎で焼け死にそうだ。


 「あんな、雨が降ってな、虹が出るねん」


 マイはジャンパーの裾をいじってもじもじしながら、言った。


 「まあくんは、ウチにとって、虹やねん。雨が降った後に、元気出せよ、頑張れって励ましてくれる、虹」


 ああ、なるほど。……え?


 「まあくん、いつもありがとう」


 マイは少し控えめに僕の右手を取ると、両手で包み込んでさすった。


 はあああああ


 何それ。愛おしすぎてもはや無理


 我慢できずに、肩を抱き寄せた。


 「うわ、なんっ」


 マイの髪に顔を埋める。フワッと甘いシャンプーの香りがした。突き飛ばされて、変態と罵られても構わない。でも、もう我慢できない。かき抱くってこんな感じなのだろうか。夢中でマイを抱きしめた。拒否されるのも覚悟していたが、マイは一瞬、体を固くしたあと、僕を受け入れてくれて、背中に手を回してきた。


 いま、めっちゃ幸せ。マイ、好き。大好き。


 声に出して言おうとしたその時、背後でドアがガチャと開いた。


 「うわあ」

 「ひぇえ」


 2人同時に変な叫び声を上げて、離れる。


 「あらまあ、ごめんなさい。いいところだったのね」


 母さんだった。口元に手を当てて驚いた顔をしているが、その目はめちゃくちゃ笑っている。


 「あ、母さんはいいのよ。続けてもらっても。でもね、外は寒いから。よろしければ家の中で…どう?」


 母さんは楽しくて仕方がないという顔をしながら、手招きした。


 「あ、え…。…入る?」


 「え…。じゃあ、ちょっとだけ……」


 その後、わが家のテーブルにマイを招いて、紅茶を振る舞った。マイに会えて父さんも竜二もうれしそうだった。マイは小さい頃から城山家に遊びに来ていたので、父さんにとっては娘みたいなものだし、竜二にとってはお姉ちゃんみたいなものだ。


 母さんは、僕とマイが抱き合っていたことは、2人の前では言わなかった。


 「雅史、これからもマイちゃんのこと、よろしく頼むわね」


 マイが帰って竜二は寝て、父さんが風呂に入っている時に、母さんは台所の後片付けをしながら、しみじみと言った。背中を向けているので、表情は見えない。


 「なんか、おばさんみたい」


 「そりゃそうよ。マイちゃんは母さんの娘みたいなもんなんだもの。おむつだって替えたことあるんだから」


 「はいはい」


 手を拭きながらテーブルに戻ってくる。穏やかに微笑んでいた。


 「ねえ、雅史」


 「何」


 椅子に座ると、姿勢を正して僕を見た。


 「あの子、何もなかったように明るく振る舞っているけど、きっとまだすごく傷ついていると思うの」


 真剣な口調だ。うん。それは僕もそう思う。


 「母さんは経験がないからわからないけど、もし自分だったらと想像すると、とてもじゃないけど耐えられないわ」


 それはそうでしょう。事実、それでマイは命を絶とうとしたんだから。


 「だから、母さんも頑張るけど、あなたもそばで支えてあげてね。小さい頃からの親友なんだから。あなた、いじめられていた時、随分と助けてもらったでしょう? 今こそマイちゃんに恩返しするときよ」


 わかってる。それは痛いくらいわかってるよ。


 「で、あなた、マイちゃんと正式に付き合ってるの?」


 「え!」


 不意をつかれて、椅子の上で数センチ飛び上がった。


 「もうちゃんと付き合っちゃいなさいよ。マイちゃんが他の男に目移りしないように。今もほぼ事実婚っていうの? 傍目から見たら付き合っているのと一緒じゃない。あんなにいい子なんだから、しっかり捕まえておきなさい。あなたにはもったいないくらいの、いいお嬢さんよ」


 母さんはニヤニヤしてるが、目は笑っていない。真剣だ。ちょっと飛躍しすぎでしょ!


 「いや〜……」


 即答で「Yes」と言いたかったが、なんだか言いそびれて、視線をそらして後頭部をポリポリとかいた。


 「母さん、マイちゃんがお嫁さんだったら大歓迎よ。というか、そうなったら本当に母さんの娘になるんだから、最高じゃない。実家も隣で便利だし、いいじゃない」


 「母さん、先走りすぎだよ!」


 好き勝手言っているので、思わずツッコんだ。


 事実婚か。確かに毎日、一緒に学校に行っているし、帰宅後も一緒に勉強しているし、休みの日も一緒に買い物に行ったりしているし(これっていわゆるデートじゃね?)。彼氏彼女がやっていることは、キスやセックスを除けば大体、やっているような気がする。


 事実婚だよ。


 顔が熱くなる。だけど、まだ「付き合ってくれ」とは一度も言ったことがない。


 マイは僕のことをどう思っているのだろう? 幼馴染は恋愛対象外だと聞いたことがあるけど、そうならば僕のことを弟かなんかと思っているかもしれない。中学の頃は、明らかに弟として扱われているみたいだったし。


 僕は、もうはっきりとマイのことを異性として意識している。小学生の頃はそうでもなかった。だけど、中学生になって、マイが剣道部のエースとしてどんどんカッコよくなっていったあたりから、なんとなく異性として意識するようになっていた。そして、高校に入ってからは明らかに異性として意識している。実際、マイをおかずにしているし…。


 ごめんなさい、マイ。


 「付き合って」と言えば、嫌とは言われないような気がする。だけど、つい最近、その「付き合って」という言葉から、マイがひどい目にあったことを思えば、簡単にそれを口にすることはできなかった。マイの心の傷を、僕の手で再びこじ開けてしまうのではないかという不安があった。

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