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第41話 一夜明けて

 翌朝、学校に行くと、何やら登校途上からやけに見られているような気がした。電車内でも、駅を降りてからも、みんなが僕のことを見て、ヒソヒソ話をしているような気がする。


 確かに昨夜はヤバいことをしたが、一夜にして広まるものなのか?


 体が軋むほどの筋肉痛だった。昨夜はほんの短い時間しか戦っていないが、身体的には相当、負担がかかったみたいだ。なのに、頭はやけに冷静だった。もうどうとでもなれというか、なんでも来いくらいの感じで、何を言われているかとか、全く関心はなかった。


 教室に到着すると、黒板にとんでもないものが張り出されていた。ギョッとするって、こういうときに使うのだろう。思わず足が止まって、息を飲んだ。さっきまでの冷静さが、一気に吹き飛んでいく。


 下半身をむき出して、白目を剥いて横たわっている岩出のカラー写真だった。2枚あり、ともにご丁寧にもB4サイズに拡大されている。1枚は全身像、もう一枚は局部のアップだった。なにこれ。憎っくき岩出とはいえ、これはヤバすぎるだろう。というか、誰だ? こんなものを貼ったのは?!


 「祝・脱童貞」

 「気持ちよかった、ヤッホー!」


 黒板に黄色いチョークでデカデカと書かれている。局部の写真のそばには、矢印をして「このチ◯ポを黄崎真依のマ◯コにねじ込みました!」と書き添えてあった。その下に、岩出と黄崎の相合傘が描かれている。


 僕は鞄を置かずに黒板に直行すると「黄崎真依」と相合傘を黒板消しで消して、自分の席に向かった。教室がいつもよりザワザワしている。僕が一部削除している間、視線が背中に集まっているのを感じた。でも、とがめるやつは、誰もいない。振り返ると、あちこちで肩を寄せ合ってコソコソとささやき合っている。僕を見ながら。見られていることに緊張して、胃がキュッと縮み上がる感じがした。


 誰がやったのだろうか。こんなことをもっともやりそうなのは、岩出だ。しかし、やられているのが、その岩出本人なのだ。黒沢の取り巻きの誰かがやったのだろうか。いや、仲間だろう? 仲間をこんなに辱めるか? わけがわからなくなって、頭がくらくらする。


 岩出はこんな日でもギリギリに来るつもりなのか? 先生に見つかってしまうぞ。そんなこと、僕が心配することではない。マイの部分は、もう消した。何か言われるとすれば、岩出だけだ。それでも、僕はマイに何か疑いが及ぶのではないかと、不安でならなかった。


 岩出が教室に入ってくるのとほぼ同時に、宮崎先生も入ってきた。


 「なんじゃあ、こりゃ」


 先生が素っ頓狂な声を上げた。眠そうな顔で入ってきたのに、今では目をむいている。ずり落ちた眼鏡をかけなおして、黒板に近寄った。岩出は席にもつかず、小さな目をむいて固まっている。みるみるうちに顔が真っ赤になり、それを通り越して不気味にどす黒くなった。


 もう我慢できないとばかりに、教室にドッと嘲笑が響き渡った。


 岩出は写真に飛びついて黒板から剥がし始めた。羞恥と屈辱から指先が震えているのか、うまく剥がせない。勢いで黒板をひっかいて、キイッと歯が浮くような嫌な音を立てる。息を荒げながらはがし終わると、それをクシャクシャと丸めた。その手を宮崎先生が押さえる。


 「岩出、ちょっと職員室に来いや」


 お前らは1時間目の予習をやっとけと言い残して、先生は岩出を連れて行ってしまった。


 岩出は2時間目が始まる直前に教室に戻ってきた。すぐに授業が始まったので、その時は無事だったが、2時間目が終わると同時に黒沢に連れ出されて、どこかへ行ってしまった。3時間目が始まる直前に2人で戻ってきた時には、憔悴しきった顔をしていた。


 余計なことを言ってないだろうなと、絞られたに違いない。


 「城山!」


 昼休みにパンを買うために購買部に向かっていると、梅野から声をかけられた。


 「何?」


 「何って、お前、えらい噂になってんで」


 「ああ、そうなん」


 梅野が説明するには、岩出が嬉々としてみんなに言いふらしていたマイとの初体験は実はレイプで、僕がその敵討ちをして、あの写真を撮ったことになっているらしい。


 は? それでは添えられていた文言と全く整合性が合わなくない?


 昨夜、ノックダウンで僕が岩出をボコボコにしたということになっているのだとか。うーん、それにしては岩出の顔は全く傷ついていないが…。


 「その噂、誰が回してんの?」


 「昨夜、グループLINEで郡司が流してきたんや。見るか?」


 梅野はスマホを触ると、画面を見せてきた。


 岩出の初体験はレイプだった!

 ブチギレた城山が岩出を粛清!

 パンチ連打で失神KO!

 チョー興奮。濡れる♡


 ……アホか。のぞき込んだ文言に、思わず頭を抱える。ふざけた絵文字までついたメッセージは、まさにファンタジーだ。呆れて言葉を失った。


 「これ、スクショやねん。郡司のやつ、すぐにメッセージ消しよってな。見た瞬間、ほんまかな?と思ってスクショしといたんや」


 梅野はまじめな顔をして言った。クラスの大勢とは違い、こういうことを笑いに変えるような下卑た人間ではない。郡司というのは2学期に入ってから黒沢にまとわりついている、同じクラスの女子だ。顔つきからして派手目のギャルで、胸がデカい。いつもミニスカでオーバーパンツを履いていないので時々、パンツがチラチラ見える。


 なんか、汚ねーな…。


 普通、女子のパンツを見れば、僕らくらいの世代の男子は無条件に勃起する。だけど、不思議なことに郡司のパンツを見ても、僕の下半身は全く反応しなかった。肉感的でスタイルもいいと思う。化粧が派手だが、顔もかわいい。それでも全く、反応しなかった。


 で、郡司は現在、黒沢の彼女ということになっている。岩出がマイをレイプし、ショックでマイが黒沢に別れを告げ、傷心の黒沢を郡司が慰め、2人は愛に落ちたというストーリーが最近、一気にクラス内に浸透したのだそうだ。


 そしてそこに、僕が岩出を粛清したという話が続くというわけ。


 何、それ。アホか? そんな昼ドラでもやらないようなクサいストーリーを、本気で信じているのか。改めて、呆れてものも言えなかった。


 「お前、絶対に放課後、呼ばれんで」


 梅野の推測通り、放課後のホームルームが終わると、僕は宮崎先生に「城山ぁ、ちょっと職員室に来てくれや」と言われた。

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