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第39話 野外劇場

 とかなんとかやっている間に、あっという間に1週間が過ぎ、決闘の日がやってきた。


 その日は普通に学校に行って、普通に下校した。学校では黒沢や岩出との接触はなかった。時々、視線を感じて振り返ると、岩出がこちらを恨みがましそうに見ている。黒沢は郡司と談笑したり、他の男友達とふざけ合ったりと、いつも通りだった。


 マイは2学期が始まって以降、ずっと学校に来ていなかった。家の周辺でも見ていない。


 ノックダウンについて、藤田さんにもう少し突っ込んで聞いてみた。


 このあたりの高校生と大学生を中心に、この夏に立ち上がったイベントらしい。最初はどこかの学校の生徒と、別の学校の生徒がささいなことでけんかになった。日中にイオンモールでやらかして、すぐに仲間や友人が割って入って、決着が付かずに終わった。


 だけど、本人たちはそれでは収まらなかった。決着をつけようぜということになって、夜に鶴見緑地の野外劇場で落ち合って、続きを始めた。当然、2人は周囲の人間に話す。見物人が集まって、それはそれは盛り上がったらしい。


 で、けんかは、この方式でやろうぜということになったんだとか。


 アホらし。中二病か。


 今では定期的に開催されていて、別にけんかしているわけでもないのに、主催者が誰それと誰それみたいな感じでマッチングして、戦わせているそうだ。出場しているのは腕に自信がある不良ばかり。


 「だから、そんなところに不良とは全く縁のなさそうな城山が呼び出されていると聞いて、びっくりしたんだよ」


 藤田さんは大袈裟に目を丸くした。ウィル・スミスみたいな顔になる。


 ああ、嫌だなあ……。


 不良がいっぱい集まっている中で、岩出とけんかするのか。


 気が進まないなあ……。いや、気が進まないどころではない。消えてなくなりたい。試合前みたいな気分だ。いや、試合はまだきちんと正当なルールがあるからいい。だけど、ノックダウンは、要するにストリートファイトだ。何が起きるかわからないし、会場から素直に帰してもらえるかすらさえ、わからない。


 家でじっとして、夜が明けるのを待っていようかと思った。そうすれば岩出の不戦勝で、動画は消されるだろう。いや、それではあまりに都合がよすぎる。黒沢のことだ。行かなければ、何かもっと僕が苦しむようなことを仕掛けてくるはずだ。僕に直接、手を下せないのであれば、マイに手を出すかもしれない。


 それだけは避けないといけない。


 全部、妄想でしかなかった。岡山さんのアドバイスに従うならば、絶対に行ってはいけなかった。だけど、僕は着替えて家を出た。母さんには「ネバギバに行く」と嘘をついた。普段の練習で使っているグレーの短パンにネイビーのラッシュガード。足元は走って逃げられるようにランニングシューズ。とりあえず鶴見緑地までは自転車で行った。


 鶴見緑地は、日のあるうちはランナーや子供でにぎわっているが、日が落ちると一気に人が減る。特に、街灯が少ない奥地に行くと、格段に人が減る。そういうところに不良が集まる。数年前にそいつらがホームレスを面白半分に襲撃した事件があり、一般人はなおさら夜間は近づかなくなった。僕が翔太と夜に鶴見緑地で走っていると聞いた時、母さんは「安全なところで走りなさいよ」と言ったくらいだ。


 鶴見緑地は自然の低山を切り開いて作られた自然公園だ。もともとは数十年前に国際園芸博覧会の会場だった。外周部はランニング用の林間コースや芝生広場なんかがあり、中心部は山だった地形を生かして、ハイキングコースが整備されている。そのなかに野外劇場があった。少し窪地になったところに設置されていて、僕も昔はここでよくマイたちとかくれんぼをして遊んだものだ。


 駐輪場に自転車を停め、重い足を引きずって劇場の入り口に到着すると、いかにもガラの悪そうな、高校生なのかなんなのかわからない少年たちが数人集まっていた。背の高いやつがいるなと思ったら、新田だった。


 「おう、城山。よく逃げずに来たな」


 学生服ではなかった。ニヤッと笑うと、ぶらぶらと足を投げ出すような歩き方で近寄ってくる。オーバーサイズの白いTシャツに、白地に何かラインの入ったバスケットパンツ。正直、めちゃくちゃダサいが、イケメンなので許される。と思う。


 新田に連れられて、敷地に入る。


 観客席には思ったよりたくさんの少年少女がいた。全然、不良っぽくないやつもいる。女子もいる。みんなワイワイと楽しそうだ。タバコを吸っているのもいた。観客席の間を抜けて一段、高くなった舞台へ向かう。ご丁寧に両サイドに投光器が置いてあった。


 すでに壇上で、黒沢と岩出が待っていた。


 僕が舞台に上がると、観客席から歓声が上がった。最初は手前の方でお〜とかへえ〜とかいう声が上がっていただけだったが、それがさざなみのように広がってワーッとかウォーとか大歓声になった。口笛も聞こえる。どこかで「モラシ!」と叫んでいる声がする。チラッと見ると、ギラギラとした飢えた獣のような目(そんなの見たことないけど)が、一斉にこっちを見ていた。


 怖い。見なければよかった。肩にぎゅっと力が入る。


 「モラシ、時間通りやな」


 上下ともに黒いジャージー姿の黒沢はニヤリと笑いながら、一歩前に出た。その手には小さな拡声器。カチッとスイッチを押すと、キィンという共鳴音とともに、くぐもった声が響いた。


 「さあ、今夜も始まりました、ノックダウン!」


 まるでリングアナウンサーのように、大袈裟に手を広げる。観客席からは「ウォ〜!」と歓声が上がり、こぶしを突き上げるやつもいた。


 「オープニングファイトは、女を巡る血で血を争う戦いだぁ!」


 黒沢は笑っている。だが、その目は真っ黒で蛇のようだった。全てをもてあそんでいるような悪意が、浮かんでいた。


 大歓声とともに拍手がわき起こる。「殺せ!」「やっちまえ!」と物騒な野次が飛び交っていた。


 「青コーナー、清栄学院高校1年1組、ボスの女に手を出した男〜、岩出〜優斗〜!」


 まるでプロレスのアナウンサーだ。


 「そして、赤コーナー、同じく清栄学院高校1年1組、岩出に幼馴染を寝取られた男〜、城山〜モラ〜シ〜!!」


 岩出! 岩出!


 岩出コールが起きる。


 「ジャッジ、黒沢芳〜樹〜!」


 ヨ、シ、キ! ヨ、シ、キ!


 なぜかヨシキコールが始まった。


 観客の熱気に飲み込まれそうだ。鼓膜を揺らすほどの歓声、指笛、嘲笑。全てが耳の奥で反響しているように思えた。鼓動が喉元までせり上がってくる。手のひらがじっとりと汗ばんでいた。


 ヤバい。落ち着け。観客席は、僕とは関係ない。


 深呼吸しようとするが、息がうまく喉を通らない。緊張で体が強張っていた。


 「両者、前へ!」


 黒沢に手招きされて、近くへ行く。


 「ええか、ほんまに殺しあうつもりでやるんやぞ。手ぇ抜いたら、動画拡散させるからな。わかっとるんやろな」


 会場の熱気が乗り移ったように、黒沢は狂気をはらんだギラギラした目つきで岩出にささやいた。言われた岩出は「お、おう」と顔を引きつらせている。視線は斜め下だが、焦点が合っていなかった。鼻息がここまで届きそうなくらい、荒い。唇が見るからにぶるぶると震えて、ブサイクな顔がなおさらブサイクだった。黒いアシックスのTシャツに、同じく黒い短パン。シャツは綿ではなく、ドライスウェットだ。


 あのシャツで、うまく技がかかるだろうか? 


 そう思った瞬間、緊張の輪から抜け出した。突然、周囲が静かになって、周りの様子がはっきりと見え始めた。


 ルールを一切、聞いていないことに、改めて気がついた。


 「反則技とかあるの?」


 僕は黒沢に聞いた。自分の声がはっきり聞こえる。


 「そんなもん、あるかいな」


 バカにしたような薄ら笑いを浮かべると、舞台袖に手を振る。


 「それじゃあ、ラウンド1、ファイト!」


 そもそも試合時間が何分なのか、何ラウンドやるのかも聞かされていない。

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