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第38話 洗いざらい

 そんなこんなで煮詰まって学校に行きたくなくなったので、サボって朝からジムに行った。木曜日だった。岡山さんがいたので、決闘を想定した練習をさせてもらった。


 「代表、最近また、城山が学校をサボっとるで」


 午後。ミユちゃんがいつものポーカーフェイスで代表に言っている。


 この子はどうして直接、僕に言わないんだろう。聞こえよがしに、他の人に言う。僕に言うのが恥ずかしいのだろうか。というか、そもそも自分も学校行ってないだろう。人の不登校を指摘するなよ。


 「うん、でも、ミユちゃんも午後に相手をしてくれる人がいて、いいだろ。雅史がいないと退屈だって、言ってたじゃないか」


 代表は相変わらずノートパソコンから目も上げず、素で返した。そんなこと言っていたのか。暴露されて、ミユちゃんはほっぺたを膨らませて耳まで真っ赤になっている。かわいい。


 その日の午後は、フルコンのスパーをやる前にミットをやった。代表の午後ミットは3分2セットを計5セットやる。僕とミユちゃんが交代。待っている間はサンドバッグだ。約1時間くらい黙々と打っていることになる。


 「いいよ、いいよ。雅史、リズムな」


 代表はパンチングミットをパパンと叩く。このリズムで打ってこいという合図だ。パンパンじゃなくて、パパンね。心の中でつぶやきながら、連打のスピードを上げる。


 「いいよ、そのリズム」


 代表の声に励まされて、一心不乱にミットに向かう。


 まだ入会して2カ月くらいしか経っていないが、ほぼ毎日のようにジムに行って、みっちりと稽古をつけてもらっているので、自分でも飛躍的にいろいろなことが向上したと感じていた。特に感じたのは、自分は背が高く、手足も長いということだ。パンチは、思っていた以上に遠くまで届く。蹴りもそうだ。いかに自分が今まで縮こまって、体を上手に使えていなかったかがよくわかる。


 「いいね。雅史、またよくなったよ。秋になったらどっか試合、出てみるか?」


 ミットが終わって、代表が防具を外しながら言った。額の汗を拭き、珍しく穏やかな笑顔でほめてくれる。


 「え、試合って総合ですか?」


 「総合、出たい?」


 真顔で逆に聞き返された。うーん、いや……。


 総合は面白いとは思うけど、まだ全然、翔太や他のアマチュア選手にはかなわなかった。もう少しやり込んでからでないと、ひどい目に遭いそうな気がした。開始早々にワンパンKOとか。開始早々にテイクダウンされて、何もできずに終わるとか。


 「いや、総合じゃなくてもいいです。フルコンとか、キックとかでも」


 打撃オンリーならば、まだできそうな気がした。


 「そうか。じゃあ、フルコン出てみるか。12月に試合があって毎年、それに結構、うちのジムから出てるしな」


 それって真正館の試合だろうか。もしそうなら、黒沢と対戦する可能性がある。それは避けたかった。僕はまだ、黒沢と向き合って何かできる自信がなかった。


 「それって真正館の試合ですか」


 「いや、真正は真正でも、真正会館の方。だから、うちから出てるの」


 真正館空手はもとは一つの団体だったのだが、過去に主義主張の違いで分裂し、現在はいくつかの派閥に分かれている。最大組織は真正館で、真正会館は3番手くらいだ。真正館とルールが違い、つかんでからの膝蹴りや投げなどが認められている。真正館は基本的に相手をつかむのは禁止だ。黒沢はめちゃくちゃつかんでいたけど。


 総合は組み合ってから膝蹴りしたり、テイクダウンしたりするので、当然のごとく真正会館ルールの方が親和性が高い。


 黒沢のいる団体でないのならば…。ちょっとホッとした。


 「あ、それなら出たいです」


 「そうか。じゃあ、道着、発注しとくぞ」


 思わず小さく飛び上がって、小躍りした。おお! ついに、あの「NEVER GIVE UP」とジム名が入った道着が着られるんだ。すげえ、かっこいい!


 舞洲アリーナで道着姿のミユちゃんを見て衝撃を受けてから、まだ3カ月。だけど、もう何年も憧れてきたような気がした。自分が袖を通した姿を想像すると、思わず顔がにやけてしまう。


 「代表、城山がまた漏らさへんように、ビシビシ鍛えなあかん!」


 トイレに行ってしまった代表に向かって、ミユちゃんがカウンターに飛び乗って叫んでいる。丸っこいお尻が揺れていて、なんか、かわいいなと思った。


   ◇


 翌日の下校時に岩出に捕まった。玄関ドアに立ちふさがって待っていた。無視して脇をすり抜けてやり過ごそうとしたら、腕にすがりついてきた。「腕を捕まえた」ではない。本当にこう、両腕を巻き付けてきたんだ。


 「モラシ、いや、城山くん! 話があるんだよ」


 切羽詰まっているのか、叫びに近い。「だよ」の部分で声が裏返った。


 「僕はないよ」


 静かに吐き捨てた。歩みを止めない。必然的にずるずると引きずるような形になった。岩出はあわてて足をバタつかせて、腕をつかんだまま肩を並べてくる。


 「いや、俺はある。あるねん。あんな、城山。黄崎に頼んでくれよ。俺を訴えないでって。なあ、お前、黄崎と仲いいだろ」


 声をひそめて、耳元で早口に話しかけてくる。


 はあ? 頭に血が上って、立ち止まった。


 「訴えるって、何を」


 僕がにらみつけたものだから、岩出は小さな目を見開いて、えっと驚いた顔をした。


 「それは、その。な…なんというか、ご、強姦っていうのか? ご、強姦罪で…とか…いや、そういうつもりじゃ、ない…ないんだけど…」


 額に汗を浮かべて、しどろもどろになっている。目が泳いで、こっちをまともに見られていない。


 こいつはどうしようもないバカだ。


 「強姦したって自覚あるの?」


 「えっ、いや、そ、そんなことは、ない。だ、だって、あの時は…ヨシ…いや、黒沢が、やれって」


 もっと、しどろもどろになってきた。


 これが、小学校の時から僕をいじめてきたやつなのか。腕力の強いやつの後ろに隠れて散々、口先で僕を傷つけてきたやつなのか。


 スマホのボイスメモをONにしていなかったことが悔やまれた。一応、ポケットに手を入れる。いまさら操作したところで時すでに遅し、だ。チャンスを逃してしまった。


 「頼んでやっても構わないよ」


 冷たく言ったつもりなのに、それでも岩出の表情がパアッと明るくなった。口角が上がる。なに笑ってるんだ、こいつ。


 「ほ、ほんまか?! ありがとう! めっちゃありがとう! ほんま、感謝するわ!!」


 僕の手を握って、ペコペコと頭を下げる。


 「だけど、条件がある」


 頭を上げて、ハッとした顔をした。


 「いや、そりゃそうだよな。ただでなんて都合のいい話は、ないよな。な、なんでもする。なんでもするわ。なんでも言ってくれ」


 スッと息を吸ってから、努めて冷静に言い放った。


 「警察に行って、黒沢が3Pを指示した話を全部、洗いざらいしてきてくれ」


 岩出はハッと息を飲んで顔を引きつらせると、唇を震わせた。


 「そんなん無理やって!」


 大声で叫んだ。そして、自分の声の大きさに驚いて、周囲を見回す。


 「じゃあ、僕も無理」


 僕をつかんでいた手の力が弱まった瞬間、振り払って走り出した。


 「城山ぁ!」


 悲壮感の漂う叫びが、背後から追いかけてくる。地面を蹴る。体が、グンと前に進んでいく。景色を振り払っていく。もう、追いつかれるとは思わなかった。足は僕の方が圧倒的に速い。いつ訴えられるのかと毎日、ビクビクおびえながら過ごしやがれ。臆病者の岩出には、お似合いだ。

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