マイが一緒だったのはよかったけど、僕をいじめていた連中が何人か、同じ清栄学院に進学していたのはいただけなかった。
「おう、城山やんけ」
入学式に行く途上で、ニヤリといやらしい笑みを浮かべながら声をかけて来たのは、岩出だった。母親と一緒だ。母親同士であいさつをする。母さんは岩出が僕をいじめていた連中の一人だと知っているので、どこかぎこちない笑顔で、言葉少なくあいさつした。「いい天気になってよかったですね」と振られて「そうですね、ホホホ…」と変な笑いを残して、スッと僕を連れて岩出母子から遠ざかる。耳元に口を寄せると「近づかないようにしなさい」とささやいた。
岩出は中学時代は野球部だった。確か。いじめグループの一員ではあったが、主犯格ではなかった。ただ、リーダーを見つけてその下に潜り込み、煽るのが実に上手かった。どうせ高校でも誰か強いやつの下にくっついて、悪さをするんだろう。近づかなければいい。高校は中学よりも格段に生徒数が多い。こちらも別のグループに入って、できるだけ距離を置くつもりだった。
ところが、学校についてみると不幸なことに同じクラスだった。教室で座っていると、わざわざやって来てニヤニヤと笑いながら「高校でもよろしくな」と顔を寄せてきて言った。
絶対に嫌。
入学式が終わっても、完全に無視した。岩出は早速、他の男子と仲良さそうに話をしている。
その中心にいたのが、黒沢芳樹だった。
クラスでも目立って背が高かった。高いだけではない。小顔で足が長くて、スタイルがすごく良かった。顔もいい。少し濃いめだけど、クールな感じの二枚目だ。早くもあちこちで女子が「誰、あの子」「めちゃくちゃカッコ良くない?」「流◯に似てる!」とささやきあっている。黒沢に注目が集まっているのを敏感に察知した男子どもが、早々に彼の元に集まっていた。岩出もそのうちの一人だった。
「黒沢芳樹です。三島中出身です。中学の時はサッカー一直線でした。高校デビューしま〜す。いえ〜い」
自己紹介の時に両腕で大きな丸を作ると、舌を出した変顔をした。イケメンなのに、それを鼻にかけたところがない、はっちゃけた明るい性格。「なんだその顔、アホちゃう」「黒沢くん、面白い」と早速、クラスの笑いを誘った。典型的な陽キャだ。相容れない。仲良くなれそうもない。
「えっと…。城山雅史です。花江中出身です。中学校では美術部でした。えっと…よろしくお願いします」
自分の背の高さが本当に嫌。もっとチビだったら良かったのに。立っただけで目立ってしまう、自分の身長を恨んだ。不健康に色白で、ヒョロヒョロの体。さえない顔。痩せてほおはこけているのに、鼻だけは妙に高い。この鼻が、小さい時から嫌いだった。
入学式の翌日、下校時に下駄箱周辺でマイを探していると突然、後ろから肩を組まれた。
「うわっ」
驚いて思わず声が出る。黒沢だった。
「城山くん、俺の名前、覚えてる?」
そんなに顔を寄せなくても、十分に聞こえている。それに、クラスでのあの存在感。忘れるわけないだろう。
「え、えっと…黒沢くん」
「当たりっ、ビンゴ!」
黒沢は少し体を離すと、僕の肩をバンバンと乱暴に叩いた。
「なあ、城山くん! 俺たち同じクラスになったんや。これから『なかよくなる会』をするんやけど、君も一緒に来ぉへん?」
えっ。
何を言っているんだ? この陽キャの極みみたいなやつが、僕みたいな陰キャの極みにいるようなやつに用はないだろう。少し離れたところに、岩出がいた。こっちを見ている。ニヤニヤと粘着質な笑みを浮かべて、僕のことを見ていた。
「どう? ファミレス行ってみんなでワイワイ騒いでから、カラオケ行くコースなんやけど。そんな遅くまでやらへんから」
黒沢は畳み掛けてきた。
嫌、嫌だ。絶対に嫌。
岩出がいる。きっとまたいじられて、馬鹿にされて、真っ暗な学校生活が始まるのだ。それだけは回避しないといけない。はっきりと断ろうとしたその時、「まあくん、お待たせ」という声が聞こえた。
振り向くと、マイが立っていた。
「おっ、なんや、城山くん! 君、早速、彼女がおるんかいな!」
黒沢はそう言いながら僕の肩をつかんで、マイと僕の間に強引に割って入った。
「めっちゃかわいいやん! え、こんな彼女がおんの? めっちゃうらやましい!」
マイのことを頭の先から足の先まで、舐め回すように見ている。顔をまじまじと見てからあまり大きくない胸、細い腰、それに反して剣道で鍛えて触り心地の良さそうな太ももへと視線を移す。やめろ。いやらしい目つきでマイを見るな。
かわいいと言われたマイは一瞬、目を丸くして驚いていたが、すぐにまんざらでもない表情に変わった。ほおを赤らめて「え〜っ、かわいいとか、そんなことないですよ〜」と照れている。
「えっ、彼女なん? えっ、どこまでやってんの? キスしたん? エッチしたん?」
黒沢はグイグイとマイに詰め寄っていく。ええい、もういい加減にしろ。
「か、彼女じゃないから!」
僕は少し声を大きくして言った。ドクンと自分の心臓が跳ね上がる音が聞こえたような気がした。
えっ。ちょっとマズったかな。
目を丸くして僕の方を振り返った黒沢も、マイも、それだけではなく下駄箱周辺にいた1年生がみんな、こっちを見ている。一瞬、シーンとした後、みんなが「え、彼女?」「付き合ってんの?」とザワザワし始めた。
ヤバい。高校生活初日にして、早くもやらかしてしまったかもしれない。沈黙を破ったのは、黒沢だった。
「え〜っ、そうなんや!」
僕よりも大きな声を出すと、周囲がまた動き始めた。なんだよ、いきなりでかい声出すなよ。そんなささやき声が聞こえる。
「じゃあ、俺にもチャンスありってこと? ねえ、名前なんて言うん? 連絡先、交換しようや!」
黒沢はイケメンパワー全開で満面の笑みを浮かべると、馴れ馴れしくマイの肩に手を回した。いや、マイ、ちょっと嫌そうにしろよ。何、戸惑いながらもほおを赤くして、スマホを取り出してるんだよ。