目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第4話 黄崎真依

 黄崎真依きざき・まい


 うちの隣に住んでいる同い年の女の子。簡単にいえば幼馴染だ。母親同士が仲が良くて、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。活発な子で、小学生の頃から剣道をやっていて「長いと邪魔やんか」とずっとショートヘア一択。目力が強くて、黙っていると少し怖いけど、笑うとえくぼができてかわいかった。


 小学生の時も僕がいじめられていると、他のクラスにもかかわらず「やめえや!」と教室に飛び込んできて助けてくれた。おかげで「黄崎は城山の嫁」と言われるようになった。僕は嫌な気はしなかったけど、マイは「アホちゃうか」とほっぺたを膨らませて、怒っていた。


 「ウチと一緒に学校、行こう。帰りはどうなるか知らんけど」


 5月中旬に突然、マイがうちに来て、言った。


 「学校に行ってへんのって、やっぱりちょっと不自然ちゃう? 勉強もちゃんとできてへんのやろ?」


 放課後の時間帯だった。


 一度、帰宅してから来たのだろう。手ぶらで、上下とも中学校のジャージー姿だった。中学でも剣道部に入ったと聞いていた。


 「ああ、うん…」


 学校から定期的に「これだけはやっておいて」と課題をもらっていたけど、授業を受けていないので正直、ちんぷんかんぷんだった。授業に出ないとまずいという危機感はあった。だけど、教室には二度と行きたくない。「学校でオナニーしている」という噂は、思春期真っ盛りの中学生にはダメージが大きすぎた。


 「大丈夫やって。ごちゃごちゃいうやつがおったら、全員、ウチがぶっ飛ばしたるわ」


 胸を張って、アハッと笑う。


 膨らみ始めた乳房がジャージーを下から押し上げる。小さい頃から知っているマイが、急に知らない異性に見えてドキッとした。小学校の時にはなんとも思わなかったのに、マイのことが好きかもと思い始めたのは、この頃からだ。


 薄暗い玄関で立たせたままにして、申し訳ないなとも思った。正直、うれしかった。マイはずっと味方だったし、マイと一緒なら教室はともかく、学校には行けそうだった。


 5月の下旬に意を決して登校し、教室とは違う部屋で勉強を始めた。先生たちが入れ替わり立ち替わりやってきて勉強を教えてくれて、少しずつ追いついていった。そんな時だ。父さんが「頭のいいやつはいじめなんかしない」という話をしたのは。夕食の時だった。それを聞いて、小学校から続くこの状況から脱出するには、勉強するしかないと思った。


 ところが、肝心の高校入試で失敗した。僕をいじめるやつがいない高校に進学するはずだったのに、そうはいかなかった。その時の落胆たるや。だが、落ちてしまったものは仕方がない。とにかく、最初が大事だ。いじめられなように、目立たず、こっそりと生きていこう。そう思わないと、入学する前からまた引きこもってしまいそうだった。


 高校の合格発表があって数日後、明日斗と遊びに行った。明日斗はキックばかりしていて勉強を全くと言っていいほどやっていなかったので、清栄学院よりもだいぶレベルが下の私立高校に進学した。本人はプロの格闘家になるつもりで就職する気満々だったのだが、親に「せめて高校は出てくれ」と猛反対されて渋々、進学していた。


 「俺、総合のジムに入ったわ。高校卒業までにプロになる」


 サイゼリアでミラノドリアを2人前注文して「熱っ、熱っ」と言いながらほおばっている。人生の目標がしっかりあって、そこに向けて脇目もふらずに突っ走っている明日斗がうらやましかった。


 「で、雅史はどうすんねん。今度こそ、なんか格闘技やった方がええで」


 しつこいなあ。


 「やらへんよ。痛いのは嫌いやねん。明日斗も知っとるやろ?」


 聞いていたのか聞いていないのか、明日斗は返事もせずに立ち上がるとホットソースを取りに行ってしまった。戻ってくると、そんなにかけるのかというほど、ミラノドリアにドバドバとかけた。


 「どつき合いをやっとると、少々煽られてもなんとも思わんようになるんよ。実際にやって強いかどうかじゃなくてメンタルの問題なんよ、メンタルの」


 明日斗はスプーンを持った手で、自分の胸を叩いた。何を言っているのかよくわからないけど、なんとなく言わんとすることはわからないでもない。バンジージャンプは飛ぶ前は怖いけど、飛んだ後は意外にへっちゃらだと聞く。要はそういうことだろう?


 「いじめって、要するに煽られているわけやんか? 実際にどつかれる痛みよりも、煽られて傷つくのが嫌なわけやん? じゃあ、煽られても平気になったらええんとちゃうの」


 その通りだ。中学校でのいじめは、直接的な暴力はほとんどなかった。ありもしない噂を立てられて、大事なスケッチブックに落書きされただけだ。だけど、僕はそれで再起不能なくらい深く傷ついた。


 「あとな、格闘技やると、脳みそがリセットされるのがええんよ。いろいろ邪念を抱えたままではできへんから。練習中はガーッと集中するから、頭の中が真っ白になるんや。嫌なことがあっても、練習し終えたらスカッと忘れるで」


 カチャカチャと行儀悪く音を立ててミラノドリアをさらえると、明日斗はゲップをした。


 「俺、増量すんねん。1年で90キロまで増やすねん。3年後、ムキムキになるから」


 こいつには、僕がどう見えているんだろう。こんなに真っ直ぐな明日斗が、立ち止まって僕を見てくれる理由はなんなんだろう。すごく疑問に思ったけど、でも、うれしかった。僕みたいに中途半端な人間を気にかけてくれる友人がいるということが、心の底からうれしかった。今回ばかりは、明日斗のアドバイスを聞いてもいいかもしれない。


 高校受験に失敗したけど、ラッキーだったのは、またマイと同じ学校に通うことになったことだった。マイは僕と同じように公立は少し手の届かないレベルに挑戦して、不合格になっていた。


 「まあくん! はよ! 置いてくで!」


 入学式の日、玄関先からマイが呼ぶ声がする。絶対に置いていくつもりなんかないのに。


 正直、うれしかった。


 部屋を出て階段を降りると、玄関先で母さんとマイとマイのお母さんが待っていた。


 こちらを振り向く。グレーのブレザーにチェック柄のプリーツスカート。胸元のグリーンのリボンがかわいい。この制服が人気で、わざわざ清栄学院を選ぶ生徒もいるくらいだ。


 「どう、かわいいやろ?」


 マイはくるりと一周してみせた。


 いや、かわいい。正直、かわいい。中学の時からかわいいと思っていたけど、改めてかわいいわ。


 「感想、聞いてんねん。どう?」


 グイと顔を近づけて、凄む。僕が背が高いので、マイが下からにらむ形になる。それがまたかわいい。もう明らかに僕はマイのことを異性として意識して、はっきりと好きだった。ドキドキして、ほおが熱くなるのを感じた。うわあ、赤くなってるかな。バレないでくれと祈った。


 「えっ。ええ…。イケてると思うけど」


 素直にかわいいと言えばいいのに。


 「そやろ? 受験には失敗したけど、この制服で3年間、高校生活を満喫するんやと思ったら、もういっぺん頑張ろかって思えるやん。な?」


 マイは上機嫌だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?