高校入試に失敗した。
中学校でいじめられて不登校になっていた僕は、高校進学を機に人生をやり直すべく、偏差値の高い学校に挑戦した。というのも、父さんが「頭のいいやつはいじめなんかしない」と言ったからだ。頭のいい人間は自分に自信があるので、他人をいじめてマウントを取る必要がないというわけである。
なるほど。
すごく納得した僕は私立は十二分に合格圏の清栄学院、公立はちょっと背伸びした進学校に挑んだ。
で、敗れたってわけ。
不合格はオンラインで知った。ノートパソコンの画面を何度スクロールしても、僕の受験番号はなかった。受かる気満々で、試験の手応えも悪くなかったので、嘘だろうと思った。汗ばむ手を擦り合わせ、ウインドウを閉じ、また開ける。何度確認しても、なかった。ウソだろう。中学生までのいじめられっ子人生から脱却して、バラ色の高校生活を送るはずだったのに。呆然とした。
気持ちを切り替えて入学した清栄学院は、すごく頑張った生徒が難関国公立、普通くらいの生徒は私立中堅の大学に進学する程度のレベルだった。要するに「頭のいいやつも悪いやつもいる」という塩梅の、中途半端なマンモス校だ。不安は的中。僕は入学早々、いじめっ子に目をつけられることになった。同じ中学から進学した連中が「城山はいじめがいがある」と言いふらしたらしい。
いじめられていると初めて自覚したのは、小学校低学年の頃だった。2年か3年か、それくらい。僕は小さい頃から背が高い割にヒョロヒョロで、クラスのやんちゃな連中から理由もなく殴られたり蹴られたりした。身長の割には力がないので、すぐに押し倒されたり、引き倒されたりする。そして蹴られる。自分より背の高い僕を屈服させるのが、彼らには楽しかったのだろう。
殴ったり蹴られたりして痛いのは、もちろん嫌だった。悔しいけどやり返す度胸がなくて、いつも歯を食いしばって泣いていた。
だけど、もっと辛かったのは、仲間に入れてもらえなかったことだ。
ひどい運動音痴で、クラスメイトの遊びについていけなかった。走るのが遅くて、鬼ごっこをすればずっと鬼、ドッジボールをすればキャッチできなくて、ずっと外だった。
「城山、あっち行けよ」
「こっち来んな」
そう言われ続けて、いつの間にか休み時間は一人で教室に残って、絵を描くようになった。当時、流行っていた「鉄拳メンマ」という格闘漫画が好きで、その登場人物の模写をしていた。
「鉄拳メンマ」は普通の男の子が運命の師匠に出会って、たくさんのライバルとの戦いを通じて強くなっていくお話だった。
すごいな。
僕もこんなふうに強くなれたら、いじめられることもなくなるかもしれない。だけど、主人公のメンマみたいに厳しい修行に耐えられるとは思えなかったし、自分が他人を殴ったり蹴ったりすることも想像できなかった。
そんな気になれなかったもう一つの理由は、リアルにメンマみたいな子が身近にいたこともある。小学校時代の数少ない友人、
「雅史も空手やったらええやん。強くなったら、あいつらも手ぇ出さへんって。知らんけど」
明日斗は背は低かったが、運動神経が良くて走れば速いし、水泳も得意だった。いつも丸刈りで、ギョロ目が印象的。僕とつるんでいても、いじめられなかった。
ただ、けがが絶えなかった。青あざは日常茶飯事で「ちょっと折れてん」と指や手首を骨折していることもしばしばだった。
「痛くないの?」
「平気や」
笑っていたが、打撲で紫や黄色に変色した二の腕や、包帯でぐるぐる巻きにした指は、どう見ても痛そうだった。痛いのは嫌いだ。僕はメンマにはなれない。明日斗を見ていると、そう思わざるをえなかった。
僕がいじめられていることは、足や腕に青あざを作って帰ってくるので、すぐに親も知るところになった。4年生以降、3者面談の話題は常にいじめだった。先生たちは「いじめている側と話し合わせて解決します」と言っていたけど、実現したことはなかった。
だって、僕がいじめっ子との話し合いを拒否したから。話し合うことなんてないでしょ。先生という人種はいろいろと穏便に済ませようとするけど、僕にはそんな気はなかった。
中学校に上がると、別の校区の子供たちと一緒になる。友人関係も変わって、いじめはなくなるだろうと楽観的に思っていた。だけど、違った。同じ小学校から来た連中が、他の小学校出身の連中とつるんで、いじめはより苛烈になった。
僕は中学校に上がったら、美術部に入ると決めていた。小学校時代、絵ばかり描いていて、ちょっと自信があった。美術部なんて陰キャの巣窟で、いじめっ子もそんなところまでは追いかけてこないだろうという思惑もあった。
入部受付が始まると、すぐに手続きをした。部員は僕を含めて4人だけ。顧問の秋田先生ははげ上がったおじいちゃんで、優しく迎え入れてくれた。僕がスケッチブックに描いた漫画を見て「いいセンスしとるやないか」とほめてくれた。本格的にデッサンを勉強したら、もっと上手になるぞと言ってくれて、毎日のように放課後は美術室にこもって裸婦像をお手本に、人体を描いた。
いじめっ子に目をつけられたのは、ここだった。
「城山は放課後に美術室で裸婦像をおかずにオナニーをしている」
そんな噂を流され、トイレに行っている間にスケッチブックを勝手に開かれて、落書きをされた。教室に戻ってくると、補助カバンに入れておいたはずのスケッチブックが机の上に開いたまま放り出されている。嫌な予感どころではない。足早に駆け寄ると、裸婦像の上に油性マジックで女性器や男性器を示す落書きをされていた。そのそばに「シロヤマはオナニー野郎」と。
頭が真っ白になって、脇の下を冷たい汗が流れた。
「そんなこと、してへん」
反論してみても、スケッチブックには大量に裸の女性が描かれているのだから、言い訳のしようがない。これが1年生の4月の終わり。僕は間もなく、学校に行けなくなった。
父さんと母さんはまたいじめが始まったと心配して、時には2人そろって学校へやって来た。だけど、親と先生がどれだけ話したところで状況は変わらない。僕はすでにベテランのいじめられっ子だったから、よくわかっていた。
「だからさあ、雅史も何か格闘技やったらいいと思うわけよ。ちょっと腕っ節が強そうだったら、こんな絡まれ方、せえへんって。なあ、俺と一緒にキックやらへんか?」
自宅に引きこもっていると、明日斗が様子を見に来てくれた。途中で自分で買ってきたポテト◯ップス関西だし醤油味を開けて、一人でバリバリと食べている。慰めに来てくれたにしては、あまりにも自然体だった。ゲームでもしにきたみたいな雰囲気だ。僕はスケッチブックを開いて、自分の左手を模写していた。
「やらへんよ。明日斗みたいに骨折したら、絵、描けへんやんか」
明日斗は中学校に上がると空手を辞めて、キックボクシングのジムに通いだした。雑居ビルの2階にあって、僕も前をよく通る。
「フルコンタクト空手は顔面への打撃がないからアカン。やっぱり顔をどつき合わへんと、ホンマの打撃やないわ」
それが転向の理由だった。毎日、放課後に練習に行っているので、学校の部活には参加していなかった。
心配してやってきたのは、明日斗だけではなかった。担任の佐渡先生に秋田先生までやってきて、登校するように僕を説得した。教室に来なくてもいい。別の部屋を用意するから、そこで課題をやって下校しよう、と。
ああ、それって小学校の時にもやったわ。何の解決にもならなかったけど。
最終的にもう一度、中学に行けるようになったのは、マイのおかげだった。