マイが出て行った後、母さんに「決勝を見たい」と言って、メインアリーナに行った。
本当は黒沢の試合結果なんて、興味はない。黒沢がマイのことを「マイ」と呼び捨てにしたことや、マイが黒沢のことを「ヨシくん」なんて呼んだことについて知りたかった。
いつの間に、そんなに仲良くなったんだよ。よりによって、僕を学校でも道場でもいじめている、そんなやつと。試合前でもないのに、つかみどころのない不安で心臓がバクバクいっている。
メインアリーナには、8メートル四方の試合場が6つ設置されて、それぞれ8強以上が決まって、大会は佳境に入っていた。どこの試合場も外側には卓球用の仕切りフェンスが設置され、その外側に試合を待つ選手や、彼や彼女らを応援する関係者が詰めかけている。
マイはどこへ行ったのだろう。
探していた僕の足は、とある試合場の前でピタリと止まった。ちょうど、試合が始まるところだった。
小学生高学年? それとも中学生だろうか。それくらいの年恰好の女子の黒帯の試合だ。
「これから決勝を行います!」
記録係がアナウンスしている。
なぜ足が止まったのかというと、一方の選手が他流派だったからだ。真正館は全国レベルの巨大組織で、大阪にも道場がたくさんある。当然、選手層は厚く、決勝は真正館の選手同士になることがほとんどだ。他流派の選手が出てくるのは、珍しい。
ただ、珍しいだけではなかった。その選手の道着のエンブレムが独特だった。
英語で横書きで「NEVER GIVE UP」と刺繍してあった。
普通、空手道場は大抵、漢字の名前が付いている。したがって、道場名も縦書きだ。横書きは珍しい。
真正館の大柄な選手に対し、他流派の選手は背こそ高いものの、線が細かった。いかにも小学校高学年という感じだ。少し釣り目の目元が凛々しい。後頭部でキリリと結んだ髪が、ウレタン製のヘッドギアから飛び出していた。ピシッと伸びた背筋は小さなサムライといった雰囲気で、男の子と言っても通じそうだ。
「はじめ!」
審判の合図で、試合が始まった。
フルコンタクト空手団体・真正館の未成年の試合は学年別、体重別などで行われる。頭部を保護するヘッドギアに布製のサポーターを拳、脛、膝に装着する。小学校高学年女子など、参加者数の少ない部門は軽量級と重量級の2種類しかないことが多い。ここもそのパターンだろう。
他流派の選手はギリギリ重量級といった体格だが、真正館の選手はどうみても重量級以外ありえない体格で、横幅も大きかった。体格差にモノをいわせて、突きの連打で前に出る。8メートル四方の試合場は、実際にやってみればよくわかるが、思った以上に狭い。あっという間に2度、場外に押し出して、審判が他流派の選手に「場外に出ないように」と注意を与えた。
まあ、これは無理だろう。フルコンタクト空手はフィジカル差が圧倒的にモノをいうスポーツだ。技術が同じくらいなら背が高いやつ、体重の重いやつ、パワーのあるやつが勝つ。
僕が黒沢に圧倒されたのも、それが原因だった。黒沢は運動神経がすごく良くて、走るのも速いし、球技をさせれば、なんでも上手にこなす。野球部に入ればエースで4番、サッカー部ならストライカーができるだろう。なのに、なぜフルコンタクト空手なんて、マイナーなスポーツをやっているのか。
僕がその場を離れようとしたとき、他流派の選手が構えを変えた。
えっ?
驚きで、思わず本当に声が出た。僕の常識にはなかった戦術だからだ。
フルコンタクト空手は、顔面への拳による攻撃がない。顔面を攻撃していいのは、蹴りだけだ。突きでは胸や腹を狙う。だから、構える時は胸や腹の前に手を置いて、ディフェンスをする。
ところが、他流派の選手は、まるでボクサーのように、拳を自分の鼻の高さくらいまで上げた。これでは腹がガラ空きだ。ミドルキックを蹴ってくれと言っているようなものだ。さっきから真正館の選手はボディーへ突きを集めているのに、「もっと来い」と言っているようなものじゃないか。
押し切れると見たのか、真正館の選手は改めて突きの連打でプレッシャーをかけた。ところが、今度は当たらない。他流派の選手は間合いを広げて、ステップを踏んで試合場を広く使いながら突きをかわした。
まあ、それなら中段回し蹴りを蹴ればいいだろう。結構、遠くまで届くし。
僕が思った通り、真正館の選手は女子とは思えないほどパワフルな蹴りを叩き込んだ。他流派の選手は体をくの字に折って耐える。見栄えは非常に悪いが、肘を落としてなんとかガードした。
まずいな。肘を落とせば、拳の位置は下がる。拳の位置が下がるということは、顔面ががら空きになるということだ。中段を効かせて、上段への蹴りで仕留める。フルコンタクト空手の王道パターンにハマりつつある。これはKO決着になるかもしれない。
黒帯は無駄な動きをしない。試合の組み立ても早い。真正館の選手は、決着をつけにきた。中段へのフェイントから上段へ。何度も練習したのだろう。僕も道場で先輩たちから散々、食らったコンビネーションが決まったと思われた、その時だった。
嘘やろ!
他流派の選手は体を低く沈めて、上段回し蹴りの下をくぐり抜けた。まるでボクシングのダッキングみたいだ。そしてスッと回り込むと、相手の蹴り足が地面に着くか着かないかのうちに、逆に上段回し蹴りを決めた。
パシッ
きれいに伸びた左足が、真正館の選手のヘッドギアを打つ。乾いた音。一瞬の出来事だったのに、まるでスローモーションのようだった。大きな真正館の選手の膝がぐにゃりと折れ、腰から崩れ落ちる。ウレタンマットが敷き詰められた床に手をつく。他流派へのジャッジは厳しい。それでも、これは最低でも技ありだ。副審2人が、赤い旗を地面と水平に上げた。
効いたのか、真正館の選手はすぐに立ち上がれない。赤い旗は水平から、真っ直ぐに天井へと上がった。
「一本!」
よっしゃ!と声がした。見ると、セコンド席に指導員らしき男性がいる。その人だった。40〜50歳くらいだろうか。それほどゴツくない。選手の父親かな?と思った。
それが、ネバギバとの出会いだった。
あの時の胸のエンブレムを覚えていなければ、僕の高校生活はどうなっていただろう。つくづく足を止めたこと、エンブレムに目を留めたこと、そしてたまたま見たのがミユちゃんの試合だったことは、ラッキーだった。