「はぁ、はぁ、はぁ……」
リュウトは剣を杖代わりにして息を整える。その姿を見た甲殻の悪魔は出来損ないの悪魔と共に距離を縮め鎌を振り下ろす。咄嗟に剣を振り弾き返すように軌道をずらしていく。
だがリュウトにはそこから反撃へ繋げる力が残っておらず、同時に悪魔達もそれがわかっているのか、振り下ろす鎌に勢いは見られない。
次第に疲弊していくリュウト。ついに握る手から力が抜け、押し返された剣が手から離れてしまった。その隙を狙って出来損ないの悪魔がリュウトへ追撃。 無防備となってしまった腹部に強烈な蹴りを入れられ、口から鮮血を吐いた。
もう戦える力が無い事がわかった甲殻の悪魔は、リュウトを出来損ないの悪魔に任せレン達の方へ歩み寄る。
「もう少し利用できそうだガ。
鎌を振り上げると一気に距離を詰めトウヤに目掛けて振り下ろす。
だが鎌は乾いた木製の音と共にトウヤの横に軌道をずらされた。
「悪ぃがさせねぇぜ!トウヤは一緒に帰るんだ!」
レンは甲殻の悪魔を睨みながら自慢気に微笑を浮かべる。
甲殻の悪魔は不服そうに目を細めながら地面に刺さる右の鎌をゆっくりと引き抜いた。
「フン、武器も力も無い奴がほざいてんじゃナイヨ!」
まるで抑えていた怒りを露わにするかの様に甲殻の悪魔は鎌を横薙ぎに振り回しレンに襲いかかった。相手は刃物でこちらは木製。武器の時点で相性が悪く、リュウト程戦えないのは明白。
レンは木刀が壊れないように最低限の動きで鎌の攻撃を受け流しながら軌道を外していく。
「トウヤ!今のうちにマナに連絡するんだ!番号は知ってるだろ!」
「う、うん……!」
「かけた時点で場所が分かるようになってる!急げ!おれかリュウトが殺られる前に!」
リュウトも残り少ない体力を使いながら出来損ないの悪魔に奮闘している。
二人の姿を見たトウヤは無言で頷くと慌ててポケットから連絡機器を取り出しマナへ電話をかけた。受話器から数秒、電子音が響きマナの声が聞こえた時だった。
「所詮はこんなもノカ」
木が折れた音と共にレンがトウヤの隣へと飛ばされてきた。悲痛な表情を浮かべる口元からは血が垂れており、息を荒くしながら腹部を抑えている。
レンの手に持つ木刀も持ち手から数センチの所で無惨にも折れていた。
「お前のせいでお友達が死んでいクよ?」
「おれの、せい……?」
トウヤは連絡機器をゆっくりと耳から離し甲殻の悪魔を見上げる
。受話器からは必死に叫ぶマナの声が聞こえていたが、甲殻の悪魔に取り上げられ粉々に握り潰されてしまった。
「ああそうさ、言っただロ?お前は疫病神ダ」
レンは敗れリュウトも出来損ないの悪魔と戦闘中。トウヤを守れる人が居なくなった今、余裕を見せる甲殻の悪魔は両手の鎌の刃を擦り合わせ斬れ味を上げていく。
その表情は、虫の様な顔をしていてもわかる程自信に満ちていた。
「お前は誰にも必要とされナイ。疫病神は親の所に送ってやるヨ」
「トウヤ逃げろ!!」
甲殻の悪魔は容赦無く両の鎌を振り下ろした。
出来損ないの悪魔の隙をつき名前を叫びながらトウヤの方へ走り出すリュウト。だかその声は届いてるのかわからず、トウヤは呆然と迫り来る鎌を眺めている。
だがトウヤの視界が突然、鎌ではなくなった。
肉を裂く様な生々しい音と共に隣にいたはずのレンの体を肩から脇腹付近までX字に斬り払う。
レンは歯を食いしばりながら後ろに倒れ込んだ。
「どうして……レン!!レン!」
我に返ったトウヤは横たわるレンに呼び掛けるが、目が半分開いたまま弱々しい呼吸を繰り返す。
リュウトもその場で硬直し、口を開いたまま二人の姿を見つめる。
「リュ、ウト……と……逃、げ……」
レンは余力を振り絞るようにトウヤへ言葉を伝える。だが最後の言葉を言い切る前にゆっくりと目を瞑った。
トウヤは俯くと歯を食いしばり、その場に突っ伏して肩を震わせ始める。
「チィ!余計なマネを。そのまま倒れてれば逃げ……ッ!」
突然、甲殻の悪魔の背後から強烈に冷たい魔力が襲いかかった。すぐさま体ごと振り返ると同時に目の前の光景に言葉を失う。
先刻まで体力を使い切り、剣すら振るのがやっとだったリュウトから、決壊した川の様に黒い魔力が溢れ出していた。体を守っている黒布も突風に煽られている様に強く揺れている。
「ほう、お前まだそんな力を――」
話している事など気にもせず距離を詰め、リュウトの魔剣が甲殻の悪魔の右腕に喰らいつく。斬り落とされた鎌は宙を舞い地面へと無惨に落下した。
甲殻の悪魔の腕からは黒い泥のような血飛沫が舞い上がる。
「ガァァァォ!オノレェェェ!!」
甲殻の悪魔は醜い悲痛な声を上げながら左腕の鎌をリュウトに振り下ろす。だが先程までとは圧倒的に何かが違った。鎌は簡単に押し返され、即座に魔剣の反撃が眉間を掠めていく。
甲殻の悪魔は駆け付けた出来損ないの悪魔と連撃を繰り出す。だがリュウトは真っ直ぐ甲殻の悪魔を見つめたまま、鎌の斬撃を視線すら合わせず避けていく。
まるで鷹が獲物を狙うような視線。悪魔として今までにない感情が強く押し寄せてくる。
とてつもない悪寒と感じたことの無いモノへの恐怖。甲殻の悪魔はその感情に負け、リュウトとの距離をこれでもかと突き放す。
「何だコイツ!本当に人間なのカ!?まるで……
呟いている間に、黒い魔力が炎の様に全身へ纏うリュウトが視界のすぐそこまで迫り来る。次の狙いは左腕。
そう感じた甲殻の悪魔は間一髪の所で熱く重い斬撃を躱すと、空間に黒い穴を作り出し、一目散に逃げ出す。出来損ないの悪魔も、甲殻の悪魔が消えると共に体が溶ける様にその場で消滅した。
悪魔がいなくなった事で張り詰めていた空間が正常に戻る。同時に溢れ出ていたリュウトの魔力も収まり鋭かった視線も優しさを取り戻す。
「あれ、おれ……。そんな場合じゃない!レン、トウヤ!大丈夫か!?」
薄らいでいた意識を取り戻した感覚のリュウトは倒れ込んでいる二人の元へ駆け寄る。トウヤは気絶して意識を飛ばしているが、レンの方は呼吸が無く体が異様に冷たくなっていた。
リュウトは体に触れた時付いたレンの血を見つめながら、全身から何とも言い表せない黒い何かが押し寄せてくる感覚に襲われる。
赤くなった両手は震え、呼吸すら出来ないほどに体が硬直する。
やがて両手を強く握りしめると地面へ叩き付け、これでもかという程の叫び声を上げながら天を仰ぐ。
夕闇の空は灰色へと変わり、肌寒い雨を降らし始めた。