トウヤを追い掛け十数分が経過。町から外れたのか、僅かに斜面が高くなり山道へと続く道へと変わっていた。やがて車道の急なカーブの先で見覚えのある後ろ姿を見付ける。
「トウヤ!」
ようやく見つけた姿にこれでもかと声を張り上げると、トウヤはこちらに顔を向け小さく口角を上げた。だがその目には変わらず光が宿っていない。
「ごめんリュウト……もう、大丈夫だよ」
トウヤの背後数メートル先は崖であり、ガードレールも既に超えている。嫌な方向へ考えたくないが、それ相応の条件は整っていた。
そんな二人の心境も気にせずトウヤは崖の方へ視線を向ける。
「ここさ、父さんと母さんが事故にあった所なんだ。……ここなら二人に会えると思う」
トウヤの言葉ですでに考えが纏まってる事を悟ったリュウトはゆっくり歩み寄りながら、何時でも走り出せるように構える。後から来たレンも同様に体制を整えた。
「やめろトウヤ……それだけはダメだ」
リュウトの否定する言葉に、トウヤはここ数日で見たことも無い程声を荒げ二人を敵視する。視界に映るもの全てが悪の様な、まるで怯える小動物の子供のようにも見えた。
「お前に何がわかるんだよ!おれにはもう居場所なんかない、父さんと母さんが死んでから一人なんだ。だからもういいんだよ……」
思いの全てを吐露しながらその瞳から熱いものがこぼれ落ちる。トウヤの心は、もういつ砕けてもおかしくない。
そんな姿にリュウトは真剣な眼差しを向けて怒鳴り声を上げた。
「何言ってんだおれ達がいるだろ!それにお前の気持ち、少しわかるんだ……おれも施設で暮らしてて悪魔に襲われたから」
「え……」
最後は俯きながら話したリュウトの言葉に、トウヤの行き場のない怒りが消え去りポツリと一言だけ漏らす。
「親の顔もわかんなくて、家族みたいに育った皆と親代わりの先生がいたんだ。でもちょっと前に全員殺された」
「でも、おれには帰る場所が」
まだ自分とリュウトを比較して卑下するトウヤの言葉を切るように、今度はレンが荒く優しく言葉を紡ぐ。
「あんな施設に帰る事ねぇ!
「レン、リュウト……おれ」
二人の思いが届いたのか、今度は隠すこと無く子供のように涙を流し始める。その姿が二人には信頼を得た様な気分になりほっと胸を撫で下ろした時だった。
「アァァァァァァア!」
トウヤの背後にある崖から声が重なった異様な叫び声とと共に甲殻の悪夢が現れる。同時にリュウトが来る前に感じていた針の様な鋭い魔力が目の前の悪魔だと確定した。
「出やがった!レン!」
「任せとけ!ここで倒すぞ!」
レンは肩に掛けていた長めの入れ物から木刀を取り出し、リュウトは背中から抜刀する様な動作をしながら魔剣を出現させる。
同時に太もも辺りまでを覆う黒布も現れ、周囲の空気が僅かに冷たくなる感覚を隣のレンは感じ取った。
だがそれは甲殻の悪魔も同じだった。
「ウチ……コ……カ……セ」
羽根を高速で動かし滞空しながらまるで喋り始めた赤ん坊の様に途切れ途切れに言葉を発する。数日前の遭遇とは明らかに違う事態に二人は僅かだが疑問を覚えた。
「この悪魔……今までのと違うのか!?」
レンの言葉を確かめる様にリュウトは悪魔へ接近し剣を振り下ろす。斬撃は受け止められはしたものの、力負けして悪魔は勢いよく押し返された。
今までの悪魔なら剣の動き事止められリュウトが翻弄されていたはず。しばらく確かめる様に鍔迫り合いを行うも、その全てがリュウトの優勢となった。
「何だコイツ、全然力が――」
「そいつは出来損ないダカラネェ」
リュウトは違和感しかない目の前の悪魔に切っ先を向ける。だが聞き覚えのある気色悪い声と共に、リュウトの背後から首元に鎌の刃が向けられた。
感じた覚えのある鋭い魔力。リュウトは瞬時に首元と鎌の間に切っ先を差し込み、振り下ろすようにして鎌を離しながら距離を取る。
そこには何度も接敵しては逃げられた甲殻の悪魔がそこにいた。
「あいつ……!」
「アア、そうだった。礼を言わないとダネェ。若くてイイ魂をたくさん食べられたよ。ありがとうネェ」
虫に似た顔だがその表情が笑みを浮かべている様に見えるのは容易に想像出来る。何よりトウヤの傷心を刳りつつ、リュウトとレンを煽るには十分な言葉だった。トウヤは無言で俯くとレンが優しく背中を摩る。
リュウトは剣を握る力を強め食い殺す様に悪魔達を睨み付けた。
「てめぇ……」
「サァ見せてもらうよ?お前がどれだけ耐えられルカ」
今まで戦うよりも撤退に重きを置いていた甲殻の悪魔が両手の鎌を摺り合わせながら戦闘態勢を取る。その横には力で勝るとはいえ出来損ないの悪魔も構えた。
事実上の二対一の状況にリュウトは静かに深呼吸するとレンに向かって叫ぶ。
「くそ!レン!トウヤを頼む!」
「……わかった!死ぬなよ!」
レンの言葉を合図のように、リュウトは剣を振り上げ二体へ斬りかかった。初手は出来損ないの悪魔。
リュウトの腰辺りを目掛けて振り回された鎌を叩き落とし、その勢いのまま飛び上がると甲殻の悪魔へ上から剣を振り下ろす。
だが甲殻の悪魔は両手の鎌の腹でそれを防ぐと、首を傾げながら弾き返す。
空中へ飛ばされたリュウトは体制を整え着地の準備に入っていたが、出来損ないの悪魔が邪魔に入る。飛べる相手と飛べない自分では空中戦は圧倒的に不利。
力の弱い鎌の振り下ろしさえ防ぐ事は出来ても勢いを殺す事は出来ず、半ば地面に叩きつけられる形で地上へ下ろされた。
土煙が舞い上がりリュウトの姿が見えない。二体の悪魔が標的の姿を探していると、空中にいた出来損ないの悪魔が突然地面へと落下した。
左の羽が斬り落とされヒラヒラと落ちていく。その付近には剣を振り下ろしたリュウトの姿があった。
「ヤルねぇ。でもまだまだダ。」
甲殻の悪魔は自身の魔力を僅かに強めると、空中にいるリュウトに向かって飛んでいく。その姿を見たリュウトは防御を辞め、剣を横に構え甲殻の悪魔とすれ違う瞬間、胴体を切り離す勢いで横一線に薙ぎ払った。
しかし甲殻に僅かに傷が着く程度で、バランスを崩したリュウトは背中から地面へ叩き付けられた。幸い甲殻の悪魔の斬撃は黒布のおかげで大事には至っていない。
だが慣れていない戦闘な上に敵は二体。更には空中での攻撃が多かった事もあり、リュウトの体力は底をつきかけていた。