模擬戦から二日後の夕方。マナは
病院での療養のおかげで、マナもゆっくりと回復出来ていた。
「よう、今日も寝たまんまか」
とある一室に入ると、マナは部屋の主が眠るベット横の椅子に腰掛ける。ゆっくりと溜め息の様に息を漏らすと、主の方に視線を向けた。
大した外傷は無いが、まるで電池の切れた機械の様に静かに眠っている。リュウトは未だ、一度も目覚めていない。
「レンもあたしも起きてるのに、とんだ大名様だな。ひとまずお前とレンのおかげで育成方面の事が明るみになったよ。今まで守れなかった分、証人として仕返ししてやるさ」
聞いていないと分かっていても話しを続けるマナ。もしかしたら起きるかもしれない……そんな思いを込めて言葉を紡いで行く。
だがそんな姿とは裏腹に眠ったままの体は一つの行動も起こさない。
「あの先生も今は
だかその言葉に返事が来る事はない。リュウトが倒れ、病院の一室に運ばれてから定期的に様子を見に来ているマナ。
医者やリサに診てもらうも原因はわからない。このまま起きないのかと嫌な想像も過ぎる中、ふと窓際の机に目をやる。
そこには昼間に無かった一輪の白い花が花瓶が生けていた。
「この花……誰からだ?看護師さんか?」
気になったマナは歩み寄ってその花瓶を観察する。薄赤い花瓶に白いフリージアが生けられていた。
なぜこの花なのか首を傾げていると突然、背後からシーツの擦れる音が聞こえて来る。慌てて振り返ると、眠ったままのリュウトがもぞもぞと動き出していた。
「リュウト!?」
「あれ……ここは……」
「ちょい待ってろ!リサ呼んでくる!」
ゆっくりと目を開き、薄暗い辺りを見渡しながら呟くように話す。マナは笑顔と焦りが混じった表情を浮かべながら病室を飛び出していった。
数十秒の静けさの後、開きっぱなしのドアから歩調がわずかにズレた足音が聞こえてくる。
「なんだよ先生開けっ放しじゃねぇか」
開け放たれた扉から左足を庇う為、松葉杖で歩くレンが姿を現した。リサが走って行った方向を見ながら呆れた様に呟く。
そして意識がハッキリしてきたリュウトと目が合うと僅かに口角を上げて病室へと入ってきた。
「起きたか」
「う、うん……」
守ると言っておきながら、リュウトにはいじめっ子のレンのイメージしかない。リュウトは上半身を起こすと気まずい静けさに負け恐る恐る言葉をかけた。
「レン、あの……」
まるで話しを聞きたくないと言っているのか、レンはリュウトが居る方向とは違う場所に顔を向ける。その光景にリュウトは言葉を出せなくなってしまった。
だが数秒の沈黙の後、今度はレンが喉に何かを詰まらせたかの様に話し始めた。
「あ、あのさ……ありがとうな」
予想していなかった言葉に目を丸くするリュウト。だがレンの言葉はまだ終わらなかった。
「あと、色々嫌な事して悪かった。お前が嫌いだったとかそんなんじゃねぇからさ。出来れば許してくれ……」
最後は絞り出す様に言葉を呟いていくレン。
ゆっくりと自分の方に視線を向けてくる姿を見て、応えるようにリュウトは頷いてみせた。
「うん……でもどうしてあんな事したの?」
「あーそれは……」
今度は眉を傾げて頭を掻きながら答えを濁そうとするレン。だが入り口から聞こえて来た声に二人は同じタイミングで振り向く。
「皆を守る為、だよな?」
「先生戻ったのかよ……」
入り口には自慢気な表情のマナと、にこやかに微笑むリサが立っていた。レンはそんな二人から気まずそうに視線を逸らす。
「あたしが動いたら教員から外されるし、そうなったら生徒の皆もどうなるかわからねぇ」
「だから一人に視線が向くように他の子やリュウトにわざとあんな行動をとった。そうだよね?レン君」
「……」
マナとリサに自分の経緯を話され、照れ臭そうに下を向くレン。マナはそんなレンの肩に手を乗せるとリュウトに視線を合わせる。
「確かにやり方は褒められたもんじゃねぇが、お前も含めて皆に危害が来ないように守ってたんだ……あたしが言えた義理じゃないが許してやってもらえねぇか」
「ま、まぁそういう事だ!……おれは自分の部屋に戻るぜ!」
リュウトの答えを聞く前に、気恥ずかしさを隠すようにレンは部屋から出ようとする。入り口を抜け廊下を曲がり掛けた時、咄嗟にリュウトが呼び止めた。
「レン!その……ありがとう」
「ああ……早く治せよ、友達が減るんは嫌だからな」
レンはそう言い残してゆっくりと元来た廊下へ消えて行く。事情を知り、レンからいじめっ子のイメージが消えたリュウトの口元は優しく緩んでいた。
「さぁ起きてすぐだけどちょっと見せてね」
その後リサの診察を受け、改めて外傷や内傷がないかを確認する。特に酷い所は無く、最後の検査を受け終えると、リサは穏やかな表情で頷いた。
「うん、体は大丈夫そうだね。ただ問題は――」
ゆっくりと腕を伸ばし、リュウトの両胸中心にある心臓の辺りを指差す。
「ここの方かな」
訳が分からないリュウトが首を傾げていると、リサから一つの答えが話された。
「今のリュウトなら魔剣を簡単に出せると思うよ」
予想もしなかった言葉に、リュウトは右手を前にかざしてみせる。するとリサの言葉通り、黒い魔力と共に大剣が現れ、同時にリュウトの体を漆黒の布が覆った。
「でも何でこれが問題なの?」
「今のリュウトは魔剣の魔力を使える様になった代わりに制御が出来てないの。分かりやすく言えば――あれかな」
辺りをキョロキョロと探して、部屋の入口付近に設置された手洗い場の蛇口を指す。
「蛇口が魔剣を持ったリュウトとするなら、今のリュウトは水を出したままの状態なの。するとどうなると思う?」
「誰かが止めに来る……?」
正解、とでも言いたげにリサは深く頷いた。
「別に魔力が出てるのは問題じゃないの。でも魔力が無作為に出てるって事は悪魔にも気付かれるって事」
「どうしたらいいの?」
「方法は三つ。魔剣が破壊させるかあなたが死ぬか」
「お、おいリサ……!」
とんでもない助言に、終始黙って聞いていたマナも焦り気味に口を挟む。だがそんなマナには目もくれずリュウトだけを真っ直ぐに見つめている。
いつもなら何かしらのアクションで返してくれる筈のリサの行動に、マナは再び口を紡ぐしかなかった。
「…………」
「……最後は悪魔を倒せる程強くなるか」
最後の方法を聞いて、僅かに恐怖心が渦巻いていたリュウトの目付きが驚きで見開いた後、真剣な物へと変わる。
模擬戦の時に見た戦いに向ける眼差し――それと全く同じ目にリサは小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。ここに居る時点で答えはもう決まってたね」
「守れなかった皆の分も、誰かを守れるようになりたい」
決意の宿った強い眼差し。リサの中でふと一人の人物が脳裏を過ぎる。黒いコートと左手には日本刀、そして深く被った帽子から僅かに見える鋭い瞳。
二人の姿が、何処と無く重なった様に見えた。
「うん、とっても良い目になったね」
「その為にもまずは勉強からだぜ。退院したらみっっっちり教えてやるから、覚悟しとけよ?」
指をポキポキと鳴らしながら、体から炎が出そうな勢いで気合いが籠ったマナにリュウトの笑顔が引き攣る。
検査を済ませ、自分の仕事を終えたリサは立ち上がると病室の入り口へと向かう。
「それじゃ検査も終わったからひとまず私達は帰るわね。退院までゆっくり休んで」
「んじゃまたなリュウト!」
部屋を後にして、長い渡り廊下を歩いて行くリサとマナ。そんなマナの表情は鼻歌でも奏でそうな程歓喜な表情を浮かべていた。
そんなにみっちり勉強を教えるのが好きなのかな――と思いながらリサはマナの顔を見ながら聞いてみる。
「どうしたの?」
「いや、さっきのアイツの目、似てんなぁってさ」
マナもまたリサと同じ事を思っていた。守る為に刃を構えた覚悟の目。その鋭い眼光が自分達の友と似ている事。
同じ思いを持っていた事も含め、何だか嬉しくなったリサも僅かに口元を緩ませる。
「優秀な生徒を持てて良かったじゃない」
リサの一言を聞いた瞬間、さっきの嬉しそうな表情が一変して大きなため息と共に落胆していく。あまりの変わり様に流石のリサも驚きを隠せなかった。
「だと良いんだけどなぁ。聞いた話だと最初にブチ切れて殴りかかったのはリュウトかららしい。」
「あらあら。将来が楽しみね」
ふふ、と笑いながらリサが言うと、マナは二度目のため息を吐きながら首を大きく横に振った。
「まぁあたしが教えてやれる事は全部教えてやるつもりだ。リュウトにもレンにも」
やれやれと言いたげな表情のマナだが、その瞳だけは輝きを失わず本心を表していた。その瞳を見たリサは再び陽だまりの様な微笑を浮かべる。
「期待してるわよ、センセ」
「おい、あの馬鹿と似た様な言い方すんな」