振り下ろされる三本の剣。その刃はマナの背中を狙い落ちていく。
だが三人の前に一人の黒が立ちはだかった。
三本の剣はたった一本の大剣により防がれ、まるで突風でも吹いたかのように押し戻される。刃は粉々に砕け、三人は場外へと出された。
「リュウト!」
「お、お前……それは……」
周囲は騒めきを隠せず、マナや意識を取り戻したレンもその姿を見つめていた。弱々しい顔は消え、瞳には強い意志が感じられる。
マナが後ろ姿を見た瞬間、彼を助け自分の同期である
「これ以上……誰も傷付けさせない」
リュウトが剣を払うように振るうと、その斬撃に黒い魔力が漂う。余裕を見せていた丸メガネの先生も、空気が張り詰める程の魔力に表情を固くし呟いた。
「あれは……魔剣?」
「だったらなんだ」
丸メガネの先生も表情を鋭くさせ場内へと足を踏み入れる。
「いいだろう。魔剣を持っているのなら特別枠として私が相手となってやる」
そう言うと間髪入れずに腰に差していたレイピアを抜き、リュウトとの距離を縮めてきた。
素早い斬撃に押されるかと思いきや、同じスピードで大剣を振るい攻防を繰り返す。
鍔迫り合いの中、僅かに丸メガネの先生がリュウトに近付くと、小さな声で口を開いた。
「その魔剣を私によこせ。そうすれば皆を助けてやるぞ?」
「嫌だね、これはおれのだ」
「ほう、ならばその腕斬り落としてでも手に入れてやる」
マナの怒号にも似た叫びと同時に戦場に静寂が訪れる。
「なんだと……!?」
沈黙を破ったのは丸メガネの先生だった。自身の持つレイピアの先は確かに刺した感触があった。
だがリュウトは倒れていない。それどころか丸メガネの先生の顔は血の気が引き青ざめていく。
「これは……!」
刃は突如として現れた黒い布に防がれていた。教会の時と同じく、マントやポンチョに似た形状でリュウトを抱き締める様に守っている。
狼狽える丸メガネの先生は一度距離を空けリュウトの全体を見渡した。腰辺りまでを覆う、裾がボロボロの黒い布と身の丈程の魔剣。その姿はおざなりにも
「お前……何者だ!」
「マナ先生の生徒だ」
レンを連れ場外へと避難したマナ。リュウトの言葉に僅かだが目頭が熱くなるのを感じる。未だ緊迫した状況にも関わらず、マナからは小さな笑顔が零れた。
「あんたのやってる事はただの憂さ晴らしだ。レンを傷付けて、自分の生徒が倒れても心配しない。そんなの先生でも仲間でもない!」
「ほざいてろガキが!戦いも知らない貴様ごときが優秀である私に――」
リュウトが右手を広げると、地に落ちていた大剣が吸い寄せられる様に戻り、勢いのまま右から左へ剣を横に振るう。
黒い魔力で斬撃が具現化され、細い三日月の形になり丸メガネの先生へと放たれた。
「ぐぁぁぁぁ!」
レイピアで防ぐも間に合わず、刀身は途中から砕かれ黒い斬撃が喰らいついた。
悲痛な声を上げ場外へと吹き飛ばされる丸メガネの先生。着ていた黒コートは破れ胸の近くに横一文字の切り傷が開く。
「おのれ……貴様ら私を助けろ!手当するまで盾になれ!」
丸メガネの先生は自身の生徒に怒鳴りつけるが誰一人として応じない。それどころか皆武器を捨て戦意喪失の意を示した。
「くそッ……どこまでも使えんヤツ等だ!」
よこせ!と叫びながら手前に落とされた剣を拾いリュウトへと構える。
「私はマスターの血族……その魔剣を手にし私が次のマスターになるのだ!」
丸メガネの先生は半狂乱の様な状態で剣を振り上げ襲い掛かる。だがリュウトは太刀筋を避けると大剣を下から上へと振り上げ先生の持つ剣を天へと弾き返した。
丸腰となった丸メガネの先生は追撃を恐れリュウトから距離をとる。息が上がり、傷口からは鮮血が垂れていた。
「なぜ、なぜこれだけ力の差がある……!?魔剣を手にしただけの弱い存在が!?」
「そんなんおれにもわからない」
丸メガネの先生は息を整えながら勝機となるきっかけを探す。その時、弱りきったレンとそれを支えるマナの姿を見つけた。
近くには先ほど折れた自身のレイピアも見つける。
「ふふ……」
「何がおかしい?」
「いやなに、運が味方したとか女神が微笑むとか聞いた事があるだろう?」
リュウトもその辺りの言葉は聞いた事があった。だが丸メガネの先生がなぜ今このタイミングて言ったのかはわからず、目線は離さないまま首を傾げる。
「わからないかね?勝利とは決して「倒した」ではないという事だ。どんな事であれ相手を戦闘不能にさせればそれでも勝ちなのさ。私の生徒ではないが、覚えておくといい」
丸メガネの先生がフッと笑みを浮かべると、彼の視線がリュウトではない方向を向く。リュウトがその視線を辿ると折れたレイピアがある事に気が付いた。
その瞬間、丸メガネの先生は駆け出しレイピアを拾う。
リュウトはそのまま突っ込んでくると思い剣を構えたが、丸メガネの先生は場外へと進んでいく。
「あれは……!まずい!」
気付いた時にはすでに大きく距離が離されていた。
丸メガネの先生はレイピアを水平に構え、レンを支え手が塞がっているマナへと照準を合わせる。
「生徒を守れるなら本望なんだろ?望み通りそうしてやるよ!」
「逃げろマナァ!」
リュウトが飛ぶように駆けるも間に合わない。届けと言わんばかりに剣を持つ右手を伸ばす。レイピアの刃がマナの首を目掛け残り数十センチに到達した所だった。
マナと刃の間で突然電気の様な白い魔力が走り、丸メガネの先生は体ごと勢い良く押し返される。バネにでも当たったかの様に空中を舞い、無造作に地面へ倒れ込む。
「間に合った……。遅くなってごめんね」
戦場の入り口から声が聞こえ全員が振り返る。
そこには左手を前に突き出し息を荒くしたリサが立っていた。両手には白い手袋をしており手の甲には何かの紋章が描かれている。
「リサ……助けられちまったな」
「私は手を貸しただけ。助けたのはリュウトと横にいるその子でしょ」
リサの姿を見て安堵したのか、マナはレンを座らせると自分も空気が抜けた人形の様に力無くへたり込む。
そして場内を見ると、息を荒くしその場に立ち尽くすリュウトの姿があった。 だが息を整えてる呼吸にしては違和感がある。
そう感じてマナがリュウトに呼び掛けた時だった。
「…………」
「お、おいリュウト!」
マナの声に反応する事無くリュウトは地面へと倒れ込んだ。黒い布と剣もゆっくりと煙の様に消えていく。
疲弊したマナよりも先にリサがリュウトの容態を確認に入ると、僅かに口角を上げて静かに頷いた。
「大丈夫よ。マナやその子程怪我はしてない」
「よかった……起きたらちゃんとお礼を言わないとな」
「それもそうだけど。私達こそ気付いてあげられなくてごめんなさい。マスターベインのご子息って事もあったから任せっきりにしてしまった」
リサは倒れたままの丸メガネの先生を見ながら気まずそうに話す。やがて先生の体は他の黒コートを着た
そんな光景を見つめていたマナは首を横に振る。
「あたしも話さなかったから、あたしも悪いよ。二人にはちゃんと感謝しないとな」
マナは体が重たそうに立ち上がると、手当を受けているレンに歩み寄る。マナの姿を見た瞬間、まるで反抗期の子供のように視線を逸らす。
「レン、ありがとうな。お前のおかげで本当に助けられたよ」
「助けたのはリュウトだ。おれは何も出来てねぇ」
「そのリュウトも遠ざけて、自分一人で戦って守ろうとしたんじゃないのか?」
レンは視線を落としマナに顔を見せないまま静かに頷く。
「気付くのが遅くて悪かったな、お前を庇った時に何となく分かったんだ。自分が傷付いてでも守ろうとしたい気持ち。お前に教えられたよ」
「……おれは先生から教わったんだ。不器用だけど大切に思ってくれたから」
マナは目から溢れてくるものを拭うと、口元に笑顔を作りレンの肩を優しく二度叩いた。
「生意気言いやがって。さぁあたしもお前も病院で診てもらわないとな」
マナがそう言うと、リサと同じ左腕に白い腕章を付けた
立てないレンは担架に乗せられ、歩けるマナは自力でエレベーターの方へと歩いて行く。
倒れたままのリュウトもその後に続いて担架で運ばれて行った。
「最初はびっくりしたよ。急に地下から大きな魔力が感知されるんだもん」
三人が運ばれ、会場内はリサだけになる。さっきまでの戦闘音や
そんなリサの背後で風の抜けるような音が響き一人の足音が聞こえてくる。リサはその音の主が分かっているかの様にそのまま視線を変えずに口を開いた。
「あの女の子が知らせてくれなかったら未確認の魔力でリュウトも拘束される所だったよ?」
「すまないな、出来るだけ内密にしたかったんだ」
リサの後方から現れたのは、空間を開いて現れたユウキだった。中折れハットを深く被り、目元を出来るだけ見られない様にしている。
「まぁ問題はリュウトよりあの人の方だけど」
「まさかマスターのご子息がそんな事してるとはな……報告も俺からしておくよ。リュウトの事もまた頼む」
そう言ってユウキは右手を前方に翳し、再び空間に穴を開ける。忙しいのか、リサの返事を聞く前に黒い穴の中へと入ってしまった。
「まったく、本人にも会ってあげればいいのに」
呆れ気味に小さくため息を漏らすと、穴が開いていた辺りの空間を見つめる。数秒間の沈黙の後、リサはもう一度ため息を吐いてゆっくりとエレベーターの方へ歩き出した。