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第23話  悪魔からのバースデープレゼント

       ☆  ここまでのあらすじ  ☆


高校生の伊川一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ねる。


琢己の屋敷で暮らし始めた一博は、ある晩、奥座敷で、龍と麒麟がむつみ合う姿を目撃し、自分がゲイだと自覚する。


翌夕、若頭補佐の日向潤と引き合わされるが、麒麟の入れ墨を背負った男だった。

一博は、軽い気持ちで潤を誘うが、拒絶され、激怒する。


潤は「わたしは、オヤジさんに若のことを任せられた以上、命を投げ出してでもお守りします。それだけはわかってやってください」との言葉を残して立ち去る。



大学を卒業した一博は、琢己不在時に、カチコミを決行して重傷を負う。


退院した一博は「一度だけ」という約束で、琢己と関係を持つ。


一博と張り合う長男祐樹が、関西の組織と手を結び、一博は罠に落ちるが、潤に救われる。


再び潤に拒絶され、潤の琢己への思いを再確認する。


弟英二が、一博をかばって刺され、意識不明になる。


琢己と再び関係を持ってしまった一博は、琢己を疎ましく思うようになる。


義父に呼び出された一博は、伊川正雄が中国マフィアのボスミスター・Kで、潤はその配下だったと知る。


潤の手で琢己が暗殺され、一博は組長となる。


英二と関係を持った一博は、潤を遠ざける。


英二に一緒に逃げようと切り出され、嘘をついて追い出す。


潤に呼び出された一博は、暴力で屈服させられ、レイプされる。

熱情を打ち明けられた一博は、逆に冷めていく。


ミスター・Kの怒りを買った一博は、激しいリンチを受け、監禁される。


英二が救いに来るが、英二は、別の場所に軟禁されている潤の策略で動いていた。



       ☆   本文   ☆



 潤の安否を案じて悶々と過ごした。


 英二は、一博とひとつ屋根の下に居られるだけで満足な様子で、

「兄貴。そんなに心配するなって。月笙はきっと大丈夫だよ」

 などと、呑気な返答をよこす。


 潤救出のための手がかりはない。

 攻撃を仕掛けるにも、海外の堂口(支部)はおろか、国内のアジトすら全く知らされていなかった。


 一博の焦りとは無関係に、二週間が無為に過ぎていった。



 日差しがじりじり肌を刺す昼下がりだった。

 居ても立ってもいられない気持ちだけが膨らんでいく。

 一博は、離れで、畳の上に寝転がっていた。

 ちびりちびりとウィスキーのストレートを口に運ぶ。


 組事務所から指示を仰ぐ電話が、ひっきりなしにかかってくる。

 今さらながら潤のありがたみが身に染みた。


 潤は、一博のスケジュール管理は勿論、組の全ての状況を把握し、幹部に適切な指示を出していた。

 掛け合いにも、自ら出かけて巧みに交渉した。

 一博だけでなく、構成員全員が、潤に頼りきった体制になっていた。



「組長」

 田丸総本部長が、荷物を持って飛び石伝いにやってきた。


「組長宛てに宅配便が届きました。差出人の伊川正雄さんって、組長の……」

 田丸の言葉に、一博の指がびくりと動く。


「あ、ああ。伊川正雄はオレの義理の親父だ」

 動揺を隠しながら、荷物を受け取った。


 田丸が立ち去った後、あらためて荷物を見た。

 中に何が入っているか、見当もつかない。

 動悸が高まった。


 一博は、梱包を解く間ももどかしく、バリバリと乱暴に引き裂いた。


「!」

 中身を見た瞬間、一博はペタリとしりもちをついた。

 足ががくがくと震え、立つこともできない。

 そのまま固まった。


 額装された、刺青の入った背中の皮だった。

 麒麟が一博の心を一刺しする。


 刺青愛好家は、刺青の入った皮を収集し、コレクションする。

 だが、それはあくまで入れ墨を背負った者が、亡くなってからの話だ。

 だがこの場合……。


 ミスター・Kの、秋霜烈日たる制裁に、目の前が真っ暗になった。


 刺青の持ち主は、もうこの世に居ない。

 全ては遅すぎた。

 一博は己の無力さを呪った。


「なぜこんなことになっちまったんだ」


 この二十六年のあいだ、悔し涙は何度も流してきた。

 だが心の底から湧き上がる涙は初めてだった。


 悔しい、虚しい、悲しい。

 言い表せない思いが、絡まった絹糸のように交錯した。



 日向潤は失われてしまった。

 永久に……。


 頼りになって、誠実で、思慮深く、いつも冷静で……。

 一博の全てを笑って受け止めてくれた潤。

 浅慮のまま暴走する一博の手綱をさばくことができた唯一の存在。


 パズルのピースのようにピタリとはまって、互いに補いあってきた潤。


 障子をピシャリと締め切って座敷に籠もった。


 閉めきられた室内は、見る間に室温が上昇していく。

 だが、一博は二年前のあの日の寒さを感じていた。

 体中を悪寒が走り、指先が凍え、震えた。


 寒さに震え、潤にすがったあの日。

 潤の肌は温かかった。

 だがあのときも潤は自分を拒絶した。

 本心をひた隠しにして……


「オレはバカだった」

 すべてがすれ違いばかりだった。


 オレは傲慢だった。

 悔いても悔やみきれない。

 こんな結末を迎えるだなんて……。


 一博は声が枯れ、涙が枯れるまで泣いた。




 いつのまにか意識は途切れ、涙はもう出なかった。


 額から取り出し、そっと畳の上に置いた。

 傍らに横たわり、静かに触れてみる。

 立派な和紙に、美しい飾りピンでとめられたそれは、羽を広げた蝶の標本だった。


 こんなに綺麗だったんだ。

 刺青の美しさ、官能性に魅入った。


 オレも、対の意匠で彫っておきゃ良かった。  

 今になって、刺青否定派だったことを後悔した。


 いくら琢己に勧められても『オヤジさん。オレだって極道として生きる覚悟はできているんですから、そんなもので意気込みを示さなくたって……』と、墨を入れることはなかった。


 最近になって、流行のタトゥーを腕や肩にいれたが、飽きれば簡単に消せる浅い機械彫りで、デザインも今風の奇抜な図柄だった。


 和彫りの良さが今さらわかっても遅いってか。

 一博は薄く笑った。


 遠いあの日、勇壮な龍と凛呼とした麒麟がせめぎあう姿を垣間見た。

 すべてはあのときから始まった。


《対の麒麟が、食みあい、絡み合う》

 そのさまを思い浮かべた。


「待ってろよ。潤。オレも……オレもすぐいく」




 何度果てただろうか。

 一博は体内の精という精を吐き尽して、そのまま意識を失った。





 あくる日の晩まで離れ座敷にいた。

 運ばれた食事にも手をつけず、明かりも点けず横になったままである。


 突然、携帯がのどかなユーモレスクのメロディーを奏で始めた。

 その曲は潤からのコールのときにだけ流れるよう設定されたものだ。


 潤が無事で、電話を?

 震える手で携帯を開いた。


「わたしだよ。一博くん。『バースデー・プレゼント』気に入ってくれたかね」

 まぎれもなく、あの悪魔の声だった。


 そういえば……。

 昨日は一博の二十七回目の誕生日だった。


「よくも潤を! オマエも男ならオレとサシで勝負しろ! 潤の仇を討ってやる!」

 こういうシーンでお決まりの台詞を口にした。


「いいだろう。その度胸があるなら例の倉庫に来なさい。きっかり零時にね。ふふふ。何人でも連れてくるといい」

 そこで電話は一方的に切られた。


「くっそ~! 待ってろ!」

 一博は携帯を庭の敷石に叩きつけた。


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