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第22話  ミスター・Kの怒り

        ☆  ここまでのあらすじ  ☆


高校生の伊川一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ねる。


琢己の屋敷で暮らし始めた一博は、ある晩、奥座敷で、龍と麒麟がむつみ合う姿を目撃し、自分がゲイだと自覚する。


翌夕、若頭補佐の日向潤と引き合わされるが、麒麟の入れ墨を背負った男だった。

一博は、軽い気持ちで潤を誘うが、拒絶され、激怒する。


潤は「わたしは、オヤジさんに若のことを任せられた以上、命を投げ出してでもお守りします。それだけはわかってやってください」との言葉を残して立ち去る。



大学を卒業した一博は、琢己不在時に、カチコミを決行して重傷を負う。


退院した一博は「一度だけ」という約束で、琢己と関係を持つ。


一博と張り合う長男祐樹が、関西の組織と手を結び、一博は罠に落ちるが、潤に救われる。


再び潤に拒絶され、潤の琢己への思いを再確認する。


弟英二が、一博をかばって刺され、意識不明になる。


琢己と再び関係を持ってしまった一博は、琢己を疎ましく思うようになる。


義父に呼び出された一博は、伊川正雄が中国マフィアのボスミスター・Kで、潤はその配下だったと知る。


潤の手で琢己が暗殺され、一博は組長となる。


英二と関係を持った一博は、潤を遠ざける。


英二に一緒に逃げようと切り出され、嘘をついて追い出す。


潤に呼び出された一博は、暴力で屈服させられ、レイプされる。

熱情を打ち明けられた一博は、逆に冷めていく。




          ☆   本文   ☆



 組長襲名後の新体制でも、若頭は井出平強兵で、日向潤は若頭補佐のままだったが、最近になって井出平を担ぎ出そうとする動きが増していた。


「若。総本部長の内海実が黒幕です」

 潤の報告に、一博はうなずいた。


「田丸を使って、内海にニセの情報を流すんだ。田丸は小才が利くし欲もあるから使えるぞ」


 田丸章次は、一博の運転手だったが、最近幹部の末席に取り立ててやっていた。


「それがいいでしょう。章次は内海に拾われてこの世界に入った男ですから、内海とは兄弟の盃を交わした間柄で、信用されています」


 計画を持ち出されたとき田丸は『内海の兄貴には恩がありますんで……』と渋ったものの、総本部長に大抜擢してやるとの言葉に心が動いた。


 田丸章次は、内海実を、愛人経営のスナックに呼び出し『ここなら兄貴と腹を割った話ができるかと思いやして』と切り出した。


『オレ、もうこれ以上ついていけねーんでさ。シャブをシノギにするなんて、真っ当な極道のすることじゃねえ』と、伊川批判を展開し、『で、飛び切りの情報があるんですが……』と、組長側近ゆえ仕入れた、次のような極秘情報を提供した。


 今晩十二時、組長自ら、覚せい剤の大口取引のため、滋賀県大津近郊の湖畔ホテル跡地に極秘で出向く。

 護衛は若頭補佐の日向潤のほか側近数名のみ。

 そこを襲えば、組長はじめ組長派は一掃できる。

 自分も組長に随行しているのでその場で寝返り、内海に加勢する……と。


 五十五歳の内海は古いタイプのヤクザである。

 信頼する弟分からの情報に食いついた。




 その夜、一博は潤と二人でことをすませた。


「裏切り者はこうだ!」

 一博は初めて自動小銃をぶっ放した。

 屋内で待ち構えた一博が派手に撃ちまくり、逃れた者を潤が出口で始末する。

 内海たちはたちまち血まみれの肉塊と化した。



 かくして敵対勢力は一掃された。

 高齢のためその場にいなかった井出平は大あわてで姿を消した。





 旧派一掃の翌日、一博は、ミスター・Kの呼び出しを受けて例の倉庫に向かった。

 所用で出かけている潤は、現地で合流予定である。


 事務所にはミスター・Kと、屈強なボディーガードの男たちがいた。

 潤の姿はなかった。


 ミスター・Kは椅子からゆっくりと立ち上がり、歩み寄ってきた。


「見込んだだけの結果を出してくれてわたしは満足だよ。一博くん」

 ミスター・Kは一博を抱きしめ、サラサラと流れる漆黒の髪を指で梳いた。


 実に四ヶ月ぶりの逢瀬である。

 一博は期待に、心躍らせていた。

 昨晩殺戮を楽しんだばかりの肉欲は極度まで高まっていた。


 だが、ミスター・Kの口から出た言葉が、一博を凍りつかせた。


「一博。オマエはまるで猫だな。わたしになついたふりをして、平気で勝手な真似をするのだからね」

「え?」

 一博は慌ててミスター・Kから体を離した。


「おまえのおかげで英二は、まるで『喪家の狗』だ」

「あ、あれは、英二のために……」

 ミスター・Kの冷たいまなざしに、冷や汗が背中を伝う。


「英二だけならまだしも、月笙まですっかりオマエにたぶらかされている。仕事の効率も落ちた」

 ミスター・Kのメガネのガラスが室内灯の光を反射する。


「そ、そりゃ、オレのせいじゃない」


「英二も月笙も、オマエのためならわたしさえ裏切りかねない。オマエは獅子身中の虫だ」


 ミスター・Kの合図と同時に、男たちが一博に迫った。





 全裸にされた一博は、両手に手錠をかけられ、漢方薬の匂いの充満した倉庫の高い梁からぶら下げられた。

 足はかろうじてつま先が床につくか付かぬかで、手首がすぐさま痛みを訴え始める。


 Kは自らムチを手にした。



 意識をとばすと水をぶっかけられ、また責め苦が始まる。

 一博の体は余すところ無く傷で埋め尽くされた。






 バラす気はなかったらしいな。

 一博は、薄汚れた古い部屋のベッドで意識を取り戻した。


 片手に手錠がかけられ、ベッドの柵につながれている。

 見張りが二人、退屈そうに椅子に腰をかけ、北京語で無駄話をしていた。


 義父の正体を知って以来、ネットの講座で中国語を学んでいたから、北京語と広東語の区別くらいはつく。

 単語の一部も理解可能できた。

 一博は眠っているふりをしながら聞き耳をたてた。


 だが、重要な情報はなく『美しい人形』、『香主の人形』いう単語ばかりが耳に残った。




 それから二日が過ぎた。 

 一博の体はかなり回復していた。

 生まれつき頑丈にできていて、異常なほど回復が早い体質が幸いした。

 傷の手当てに来た医師曹大偉も、『こいつ、医者いらないね』と驚き、そのままさっさと帰ったほどだった。


 見張りの男たちは、一博に中国語などわかるまいと、ぺらぺら話をしている。

 香港で問題が起きて、香主ミスター・Kはそちらに出向いたらしい。



 この手錠さえはずれりゃ……。

 一博は鬱々としてベッドの上で何度も体勢を換えた。




 突然、何かが倒れる鈍い音が連続して響いてきた。

 見張りたちが慌ててドアを開けるのと、ドアが蹴破られるのは同時だった。

 ドアノブに手をかけていた男は、はずみで派手に転倒した。


 潤か?


 一博はすばやく身を起こした。

 だが……。


 現れたのは、拳銃を握りしめた英二だった。

 英二は日本語と身振りで、見張りに、一博の手錠をはずすよう命令した。



 自由の身になった一博は二人の男に襲いかかった。

 殴る蹴るの末、英二の拳銃を奪い取ってとどめをさそうとしたが、何度引き金を引いても、弾は出ない。


「ん。なんだこりゃ」

一博は精巧なモデルガンを床に叩きつけた。


「カタギのオレがモノホンのチャカを持ってるわけないだろ」

 英二が愉快そうに鼻を鳴らした。




 二人は英二のオンボロカローラ・レビンで逃走した。


「英二、よく来たな。けど、外にいた五人もの中国マフィアをどうやって黙らせたんだ」


 英二の答えは簡単だった。


 昨日突然、英二の勤務先の敬愛病院に、潤から電話が入った。

「組長が香主に監禁されて、拷問されています。命が危ういんです」

「え~ッ! 何だって~ッ。すぐ行く! 親父に頼みに行く」

「いくら英二さんでも無理です。香主はこうと決めたら絶対に変えないおひとです」

「じゃあ、二人で乗り込んで行って力ずくで……」

「それが……。わたしは今、別のところに軟禁されているんです。隠し持っていた携帯で、こうして電話するのがせいぜいで。ですから……」


 潤はその頭脳と今まで培ってきたコネクションをフル活用して、必死に画策した。

 香港で内紛を引き起こし、ミスター・Kが、直々に出向くよう仕向けたうで、英二にこう指示を出した。


「監禁場所周辺は工場ばかりで、出前を取れる店が一軒しかないんです。毎晩、その中華料理店『勇来』から出前を取っています」

「いやに詳しいんだな。で?」

「英二さんが、内部の人間のフリをして入り口で出前を受け取り、店員に化けて持って上がればいいんです」

「なるほど。そこに睡眠薬でも仕込むのか。オレは看護士だから簡単だよ。強力なやつをちょろまかしてくるよ」

「見張りはヒラの『散仔』ばかりですから、香主に息子がいることは知っていても、英二さんの顔まで知らないです」


 かくして作戦は成功を収めたという。


 英二は、作戦の成功に上機嫌で、鼻歌まじりで愛車を転がしている。


 一博は胸騒ぎを覚えていた。

 嘘はばれる。

 潤がいかに巧妙にしくんだとしても、付け焼刃の計画である。


 潤の謀だとバレたら……。

 オレのようなめに合わされる。

 いや、もっと過酷な運命にさらされるに違いなかった。

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