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第13話  再びの拒絶

       ☆ ここまでのあらすじ ☆


高校生の一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ね、母房江との過去を知らされる。

琢己に妻がいると知った房江は去り、伊川正雄という平凡な商社マンと結婚し、次男英二をもうけた。


琢己は、自分を頼って来た一博を受け入れるという。


一博は、次男英二を偏愛する母房江に虐待されて育った。

手がつけられない粗暴な少年に育った一博を、心の優しい英二だけが心配してくれた。


ある晩、奥座敷で、龍と麒麟がむつみ合う姿を目撃した一博は、自分がゲイだと自覚する。

翌夕、若頭補佐の日向潤と引き合わされるが、麒麟の入れ墨を背負った男だった。


一博は、潤を誘うが、拒絶され、激怒する。


潤は「わたしは、オヤジさんに若のことを任せられた以上、命を投げ出してでもお守りします。それだけはわかってやってください」との言葉を残して立ち去る。


一博は、初めての男は特別な男でなければという思いを強くする。


大学を卒業した一博は、琢己不在時に、独断でカチコミを決行するが重傷を負う。


退院した一博は「一度だけ」という約束で、琢己を関係を持つ。


釈光寺祐樹が関西の組織と手を結び、一博は罠に落ちて捕らえられる。

現れた日向潤が祐樹を殺害し、一博を救う。



       ☆   本文   ☆



 抱き上げられた一博は、理事長室に付属したバスルームに運ばれた。

 ゆっくりとバスタブに下ろされる。


 一博の体はずるりと滑り、バスタブの底にすっぽりと収まった。


「冷たいですが、我慢なさってください。この建物、電気は来ていますが、ガスが止まっていて、湯が出ないんです」


 潤は一博の体を丁寧に洗い始めた。


 今になって意識が不確かになっていく。

 一博はされるがままだった。


 病院内は時が止まったように、すべてがそのまま残されていた。

 潤は、がたがたと震え続ける一博の体を手早くバスタオルで拭くと、バスローブで包んだ。


 抱きかかえられ、別の部屋に運ばれた。


「理事長が仮眠に使っていた部屋です。ここでお休みになればいいですよ。わたしがついていますから」 

 潤はシンプルなベッドに一博の体を横たえた。


「潤。さ、寒い」

 震えが止まらない。

 それは冷たい水で洗われたからだけではなかった。


「潤。お、オレ……」

 震える手で、潤の腕をしっかり握りしめた。


「若……」


「寒い。潤。オレを抱いて。抱きしめて」


「わかりました。暖めるにはこれが一番といいますからね」


 静かに服を脱ぎ捨て全裸になると、一博のわきに横になった。

 バス・ローブをそっと脱がし、一博の体をしっかりと己の腕に抱きしめる。


「潤」

 じかに触れた潤の体は、想像以上にあたたかかった。


 遊びで抱き合ってきた男たちの肌は、ぬくもりを感じさせなかった。


 一博は、今までのモノクロの世界でのセックスを思った。


 あの日、望んで抱かれた琢己でさえ、色のある世界を見せてくれなかった。

 肌にあたたかさを感じなかった。


 この潤なら……。

 あたたかさを感じさせてくれる潤となら、色の付いた景色が見られるのじゃないか。


 一博はそう思った。


 暴力による痛みはすぐ癒えても、屈辱の記憶はこれからも一博を苦しめるに違いない。

 忌まわしい出来事を修正液で消し去ってしまえたら……。


「オレを抱いて! 潤」


 九年間封印されていた言葉が口をついて出た。


「潤。オレをオマエの手でめちゃくちゃにして。今夜のことを何もかも忘れたいんだ」

 指で潤の頬に触れ、肩に頬を埋めた。


「ふふ。若。冗談はやめてくださいよ」

 潤は取り合わない。


「潤~」

 甘い声を出し、潤の股間に手をのばした。


 だが……。


 潤はその手を優しく握って離させると、

「若。気の迷いですよ」

 きっぱりした口調で答えた。


 潤はオヤジに操を立てている。

 オヤジのことがそんなに……。


 潤の拒絶に、琢己の影を見た一博は、誘いの手を止めた。


 またも恥をかかされた。


 それでも、潤の腕の中はあくまであたたかかった。


「若」

 潤が一博の目を見つめる。


「全て忘れることです。知っている者は全員始末したのですから」


「全員……ってそういや……」


 潤が殺害した舎弟の中に、潤と同室だった男も含まれていた。


 一博が釈光寺の屋敷にやって来た頃、整理整頓のことでいつも潤に叱られていた正治も、今ではいっぱしの男に成長し、琢己から盃をもらっていたが、潤とは同室のままで弟のようにかわいがられていた。


 その正治まで簡単に抹殺できるものなのか。


 他の舎弟にしてもそうである。

 ずっとひとつ屋根の下で、潤とうまくやってきた仲間だ。


 有無を言わさず皆殺しとは……。

 もう少し情のある解決方法があったのではないか?


 それがヤクザ社会の掟の厳しさなのだ。

 そう思いかけて、一博は次の考えにぶちあたった。


 オヤジを苦しめたくないという深謀遠慮なのだ。


 問題が明るみに出れば、琢己の立場は非常に苦しいものになる。


 息子を許してやりたいという父としての情。

 組長として裏切り者に厳しい制裁を課さねばならないという立場。


 琢己は板挟みになって悩んだだろう。


 それを回避し、かつケジメをつけるにはこの方法しかなかった。

 一博は潤の苦しい胸のうちを思いやった。


 同時に、潤にそこまでの行動を取らせる琢己に対する、強烈な嫉妬を感じた。


 とにもかくにも……。


 祐樹をいとも簡単に葬り去って、一博を一挙に表舞台に引き出してくれた。

 もう跡目を継ぐのは自分しかいない。


 オヤジにもしものことがあれば、今すぐにでも、このオレが……。


 一博は潤の胸の中で夢想した。


 オレがアタマで、万事に有能な潤が補佐する。

 それこそが理想だ。


 今、セックスをすれば、自分が抱かれてしまうことになる。



 ふたりは抱き合ったまま、静かな眠りについた。




 琢己には、次のごとく報告された。


 益田組の件を根に持った、武闘派の矢波組組長矢波幸太郎が、復讐すべく一博を拉致した。

 その際、一博を護衛していた五人の舎弟が犠牲になった。

 祐樹は潤とともに救出に向かったが、戦いの中で命を落とした……と。


 関西側もダンマリを決め込んだ。


 琢己はバカではない。

 釈然としなかったろうが、一博や潤を問いただすことはなかった。


 祐樹の母典子も、釈光寺組組長の姐として贅沢な暮らしを続けるため、固く口をつぐむしかなかった。


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