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第12話 人形を救う騎士

         ☆  ここまでのあらすじ  ☆


高校生の一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ね、母房江との過去を知らされる。

琢己に妻がいると知った房江は去り、伊川正雄という平凡な商社マンと結婚し、次男英二をもうけた。


琢己は、自分を頼って来た一博を受け入れるという。


琢己と正妻との間にできた長男祐樹を、お坊ちゃま育ちだとあなどる。


ある晩、奥座敷で、龍と麒麟がむつみ合う姿を目撃した一博は、自分がゲイだと自覚する。

翌夕、若頭補佐の日向潤と引き合わされるが、麒麟の入れ墨を背負った男だった。


一博は、潤を誘うが、拒絶され、激怒する。


潤は「わたしは、オヤジさんに若のことを任せられた以上、命を投げ出してでもお守りします。それだけはわかってやってください」との言葉を残して立ち去る。


一博は、初めての男は特別な男でなければという思いを強くする。


大学を卒業した一博は、琢己不在時に、独断でカチコミを決行するが、重傷を負う。


退院した一博は「一度だけ」という約束で、琢己を関係を持つ


釈光寺祐樹が関西の組織と手を結び、一博は罠に落ちて捕らえられ……。



       ☆   本文   ☆



 獣たちの宴は終わった。


 祐樹が、ボロのように床に横たわった一博の脇にしゃがみこんだ。


「もう少しぶんってものを弁えてりゃ良かったのに。可哀相にね~」

 一博の額に張り付いた髪に触れた。

 長い指で頬を撫でる。


「組長。早速バラしまっか」

 矢波組の小杉が、鈍く光る旧ソ連の軍用銃トカレフを取り出し、一博のこめかみにグリグリ押し付けた。


「祐樹はん。建物ごと火ィつけまっか? こんなときのため思て、ガソリンもぎょうさん持って来させてまんねん」

 矢波が、一博の体を靴の先でコンコンこつきながら提案した。


るのは待ってください。矢波さん」

 祐樹が搾り出すような低い声で言った。


「え、なんでっか? 祐樹はん」

 矢波は怪訝そうな顔で祐樹を見た。


「こんなにキレイな“人形”、すぐに壊すのはもったいと思って……」


 一博の体を我が物にした祐樹は欲が出たらしい。


 一博という生人形を監禁し、思うままに飼育する。

 調教しがたい獲物を、自分の手で屈服させる。

 それこそ最高の快楽だ。

 シャブ漬けにして、手元に置くのもいい。


 そういう思いを絶ち難くなったのだ。


「なんやて?」

 祐樹の言葉に、たちまち矢波は逆上した。


「何言うてるねん! これは遊びちゃう! こうしてワシが来てるのは結果を見届けるためや。あんたの酔狂で待ってられへん。ワシは益田の仇の首とって、はよ神戸に帰りたいんや」


「間違いなく始末しますから」


「祐樹はん。関西を舐めたらアカンで!」

 矢波の目尻がつり上がった。


「く、組長」

 思わぬ展開に戸惑った小杉は、ピタリと突きつけていた銃を的からはずして立ち上がった。


 そのときだった。


 祐樹が懐からマカレフを抜く。

 劇鉄を起こし、矢波の額めがけて弾を発射した。


 あまりに唐突だった。

 驚きに目を大きく見開いたまま、矢波は仰向けにドッと倒れ、そのまま絶命した。


「やろーッ。よくもオヤジを!」

 小杉のトカレフが、祐樹めがけて火を噴いた。


 だが、祐樹の舎弟大木戸が、小杉の腹にドスをねじ込むほうが早かった。


 弾は大きくそれ、ステンレス製の戸棚のガラスを破って中に吸い込まれ、何度も跳ね返って音を響かせた。


 矢波組対釈光寺組の死闘が始まった。


 人数的に言って祐樹側が有利である。

 しょっぱなから大将の首を取られている矢波側は防戦一方となった。


 矢波側は一人残らず死亡。

 祐樹側は二人死亡、一人軽症という結末になった。


「けど。えらいことになりましたね。若」

 大木戸が心配そうに尋ねた。


「関西のやつらは死んじまったから、死人に口無しだ。オヤジにはなんとでもいいわけできる」

 強がりながらも、祐樹は狼狽の色を隠せなかった。


「早いとこ、一博の若を殺っちまいまって撤退しましょう」

 大木戸がせっつくが、祐樹は動こうとしなかった。



 コツコツ

 ドアをノックする音がした。


 祐樹たちは壁に張り付き、武器を手に思い思いに身構えた。


「誰だ!」

 祐樹の誰何の声に、

「若」と声をかけてきたのは、日向潤だった。


「潤か」

 祐樹の唇がわずかに色付く。


「どういうことですか。若」

 潤は、床に転がった一博に目を向けながら、眉ひとつ動かさず訊ねた。


「オレは、粉をかけてきた矢神を利用して、オヤジに隠れてヤクの取引をする一博をこらしめるつもりだったんだ」

 祐樹は苦しい言い訳をした。

 口調にはどこか甘えがあった。


 やばい。

 一博の頭の中で危惧の念がどす黒い雲になって広がっていった。


 今まで潤はあくまで公平な存在だった。


 だが、慣れ親しんだ年月の重さが違う。

 祐樹の親友でもあり、精神年齢的には兄貴でもある。


 潤は、どちらを取るのか?


 この場で一博を抹殺して、祐樹に大きな貸しを作るのか?

 一博を救うため、この場の全員を敵に回して戦うのか?


 潤の胸先三寸にかかっている。


「……」

 潤の顔に表情は無かった。

 迷っているのだ。


「少しばかり一博を痛めつけ過ぎたけど、オレは……」

 なおも言い訳を続ける祐樹に、

「若。見苦しいですよ」

 潤は、思いもかけぬ冷たい表情をみせた。


「じゅ、潤……?」

 祐樹がたじろぐ。


「安心なさい。若はもう何も考えなくていいってことですよ」


 潤は、冷たい刃を一分の狂いも無く祐樹の心臓にぶち込んだ。


「潤……オ、マ、エ……」

 祐樹は、勢いよく血が噴出す傷口を押さえながら、その場にくずれおちた。


 血にまみれた床に頬をつけ、最後に口からこぼれ出たのは、

「おふくろ。オレはやっぱり……」という言葉だった。


「若!」

「カシラ!」

 組員たちに衝撃が広がった。


 潤が動く。

 チャカとドスを使い分け、間髪を入れず裏切り者たちに襲いかかる。

 神がかり的に俊敏だった。


 一瞬、何があったか理解できず棒立ちになったままの者

 動物的本能で、いち早く反撃を試みた者

 ただ慌てふためいて逃げようとする者


 瞬時に骸となって床に転がった。



 血の臭いだけが充満した室内は、静寂を取り戻した。



「潤? どうしてここに……」

 一博は、かすれきった声で絞り出すように尋ねた。


 潤は返答しなかった。


「若。もう若に楯突く者はいません」

 目がすっと細まった。


「けど、なぜ皆殺しにしたんだ」


「禍根は根こそぎ絶たねばいけません」

 返り血を浴びた潤は、にやりと笑った。


 それは一博の知らない潤だった。


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