☆ ここまでのあらすじ ☆
高校生の一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ね、母房江との過去を知らされる。
琢己に妻がいると知った房江は去り、伊川正雄という平凡な商社マンと結婚し、次男英二をもうけていた。
琢己は、自分を頼って来た一博を受け入れるという。
一博は、琢己と正妻との間にできた長男祐樹を、お坊ちゃま育ちだとあなどる。
一博には、次男英二を偏愛する母房江に虐待されて育った過去があった。
手がつけられない粗暴な少年に育った一博を、心の優しい英二だけが心配してくれた。
ある晩、一博は、奥座敷で、龍と麒麟がむつみ合う姿を目撃し、衝撃を受ける。
☆ 本文 ☆
「若、大丈夫っすか」
遠慮がちな声に目が覚めた。
若い舎弟荒城浩介が、ドアの隙間から顔をのぞかせている。
どうやら昨晩、ドアのロックをせずに眠ったらしい。
「今、何時だ?」
体を起こして時計をみると、時刻は十三時を過ぎている。
「朝飯どころか、昼飯にも来られないので、様子を見て来いって……」
「寝過ごしたみたいだ」
おかしいほど、寝ぼけた声が耳にフィードバックする。
「大丈夫っすか」
荒城が室内に足を踏み入れてきた。
し、しまった。
体がカッと熱くなった。
ベッド周りには、汚れたティッシュ・ペーパーが放置され、部屋中に、栗の花の匂いが漂っている。
「早く出て行け。いいから早く」
慌てて浩介を追い払った。
雄の交わりを目の当たりにした後、部屋に戻るなり自慰にふけった。
不思議なほど何度も絶頂を味わい、意識を手放すように寝入ってしまった。
無意識に掛け布団をかけていたのが幸いだった。
危うく、下半身を露出したままの姿を、見られるところだった。
やべぇ。
すっかりなめられちまうところだった。
一博は下着をはきながら舌を出した。
一博には今まで性体験がなかった。
性欲がないわけではなく、精通も早かった。
毎晩のように自慰もする。
とんでもない場所で、しかもつまらない刺激で股間が形を変える、そんな恥ずかしい思いをしたことも一度や二度ではない。
ヤンキ―仲間の家でたむろって、エロビデオを観賞しているときは、見栄を張って楽しんでいる振りをした。
マスかき大会に移行すれば、自分も参加したが、映像から目をそらせていた。
関東のヤンキーのあいだで有名だったから、女はいやでも寄ってくるが、その気になれなかった。
いざとなると嫌悪感が先に立ってしまった。
好みの女にまだ巡り会えてないからだと納得していたが、今回のことで、自分の性的嗜好に気づいた。
一博は夢想した。
麒麟の男、随分気持ち良さそうだったな。
セックスって、男より女のほうが数倍気持ちイイっていうからな。
男と男でも、抱かれるほうがイイんだろうか。
一度経験してみたい。
オヤジとやるってのは?
けど、実感が無くったって、血のつながった親子だ。
オレはかまわなくったって……やっぱ……。
ンなことできっこないか。
けど早く体験してみてーよな。
頭の中で、妄想がどんどんふくらんでいった。
その日の夕方、一博は琢己に呼び出された。
母屋の広い和室には、もう一人男がいた。
麒麟の男だった。
「一博。掛け合いで四国に出向かせていたから紹介が遅れたが……。この男は日向潤といってな。特に目をかけている、稀に見る逸材だ。あまりに若過ぎると反対もあったが、先月一日付けで若頭補佐に抜擢してやったばかりだ」
琢己が目を細めながら言った。
「以後お見知りおきを」
潤は、ひざに手を置き、一博に向かって一礼した。
「これからは、潤に何でも聞け。組事務所について行って色々教えてもらうといい」
琢己はそう言うなり、座敷をあとにした。
潤が丁寧な礼で見送る。
潤は、派手ではないが、一見してヤクザとわかるスーツに身をつつんでいた。
二十代半ばに見えたが、どこかまだ少年の面影も残している。
いかにも聡明そうな眼差し。
実直そうにきりりと結ばれた薄い唇。
隙のない身のこなし。
目尻がやや下がり気味で、目と目の間が少し開いている。
そのアンバランスさが、エキゾチックな個性を際立たせていた。
顔は程よく日焼けして、色白とはいえなかったが、昨晩の裸身の白さが、一博の脳裏に焼き付いていた。
不思議な艶っぽさを思い出し、一博は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
姿勢良く正座し両膝に手を置いた潤は、一博の目を見つめている。
「よろしくな。潤」
潤の目をしっかりと見つめ返した。
毅然とした面持ちの潤は、あのときとはまるで別人だった。
二人の様子をみても、そんな関係だとは感じられない。
二人が阿吽の呼吸の仲であることは察せられたが。
この世界には独特の絆があるのか。
潤という男のことをもっと知りたい。
それは、身のうちにくすぶる欲望の炎からくる思いだった。
親父は、潤に何でも教えてもらえと言った。
それは、深い意味だと受け止めよう。
一博は、本能の疼きに忠実だった。