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第6話   麒麟の男 日向潤

       ☆   ここまでのあらすじ   ☆


高校生の一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ね、母房江との過去を知らされる。

琢己に妻がいると知った房江は去り、伊川正雄という平凡な商社マンと結婚し、次男英二をもうけていた。

琢己は、自分を頼って来た一博を受け入れるという。


一博は、琢己と正妻との間にできた長男祐樹を、お坊ちゃま育ちだとあなどる。


一博には、次男英二を偏愛する母房江に虐待されて育った過去があった。

手がつけられない粗暴な少年に育った一博を、心の優しい英二だけが心配してくれた。


ある晩、一博は、奥座敷で、龍と麒麟がむつみ合う姿を目撃し、衝撃を受ける。



        ☆    本文    ☆



「若、大丈夫っすか」

 遠慮がちな声に目が覚めた。


 若い舎弟荒城浩介が、ドアの隙間から顔をのぞかせている。

 どうやら昨晩、ドアのロックをせずに眠ったらしい。


「今、何時だ?」

 体を起こして時計をみると、時刻は十三時を過ぎている。


「朝飯どころか、昼飯にも来られないので、様子を見て来いって……」


「寝過ごしたみたいだ」

 おかしいほど、寝ぼけた声が耳にフィードバックする。


「大丈夫っすか」

 荒城が室内に足を踏み入れてきた。


 し、しまった。

 体がカッと熱くなった。


 ベッド周りには、汚れたティッシュ・ペーパーが放置され、部屋中に、栗の花の匂いが漂っている。


「早く出て行け。いいから早く」

 慌てて浩介を追い払った。



 雄の交わりを目の当たりにした後、部屋に戻るなり自慰にふけった。

 不思議なほど何度も絶頂を味わい、意識を手放すように寝入ってしまった。


 無意識に掛け布団をかけていたのが幸いだった。

 危うく、下半身を露出したままの姿を、見られるところだった。


 やべぇ。

 すっかりなめられちまうところだった。

 一博は下着をはきながら舌を出した。



 一博には今まで性体験がなかった。

 性欲がないわけではなく、精通も早かった。

 毎晩のように自慰もする。

 とんでもない場所で、しかもつまらない刺激で股間が形を変える、そんな恥ずかしい思いをしたことも一度や二度ではない。


 ヤンキ―仲間の家でたむろって、エロビデオを観賞しているときは、見栄を張って楽しんでいる振りをした。

 マスかき大会に移行すれば、自分も参加したが、映像から目をそらせていた。


 関東のヤンキーのあいだで有名だったから、女はいやでも寄ってくるが、その気になれなかった。

 いざとなると嫌悪感が先に立ってしまった。


 好みの女にまだ巡り会えてないからだと納得していたが、今回のことで、自分の性的嗜好に気づいた。


 一博は夢想した。


 麒麟の男、随分気持ち良さそうだったな。

 セックスって、男より女のほうが数倍気持ちイイっていうからな。

 男と男でも、抱かれるほうがイイんだろうか。

 一度経験してみたい。



 オヤジとやるってのは?


 けど、実感が無くったって、血のつながった親子だ。

 オレはかまわなくったって……やっぱ……。


 ンなことできっこないか。

 けど早く体験してみてーよな。


 頭の中で、妄想がどんどんふくらんでいった。






 その日の夕方、一博は琢己に呼び出された。


 母屋の広い和室には、もう一人男がいた。


 麒麟の男だった。


「一博。掛け合いで四国に出向かせていたから紹介が遅れたが……。この男は日向潤といってな。特に目をかけている、稀に見る逸材だ。あまりに若過ぎると反対もあったが、先月一日付けで若頭補佐に抜擢してやったばかりだ」

 琢己が目を細めながら言った。


「以後お見知りおきを」

 潤は、ひざに手を置き、一博に向かって一礼した。


「これからは、潤に何でも聞け。組事務所について行って色々教えてもらうといい」

 琢己はそう言うなり、座敷をあとにした。

 潤が丁寧な礼で見送る。



 潤は、派手ではないが、一見してヤクザとわかるスーツに身をつつんでいた。

 二十代半ばに見えたが、どこかまだ少年の面影も残している。


 いかにも聡明そうな眼差し。

 実直そうにきりりと結ばれた薄い唇。

 隙のない身のこなし。


 目尻がやや下がり気味で、目と目の間が少し開いている。

 そのアンバランスさが、エキゾチックな個性を際立たせていた。


 顔は程よく日焼けして、色白とはいえなかったが、昨晩の裸身の白さが、一博の脳裏に焼き付いていた。


 不思議な艶っぽさを思い出し、一博は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。


 姿勢良く正座し両膝に手を置いた潤は、一博の目を見つめている。


「よろしくな。潤」

 潤の目をしっかりと見つめ返した。


 毅然とした面持ちの潤は、あのときとはまるで別人だった。

 二人の様子をみても、そんな関係だとは感じられない。


 二人が阿吽の呼吸の仲であることは察せられたが。


 この世界には独特の絆があるのか。


 潤という男のことをもっと知りたい。

 それは、身のうちにくすぶる欲望の炎からくる思いだった。


 親父は、潤に何でも教えてもらえと言った。

 それは、深い意味だと受け止めよう。


 一博は、本能の疼きに忠実だった。


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