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第5話   相食む龍と麒麟

       ☆ ここまでのあらすじ ☆


高校生の一博は、釈光寺組組長である、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ね、母房江との過去を知らされる。

琢己に妻がいると知った房江は、伊川正雄という平凡な商社マンと結婚し、次男英二をもうけたという。

琢己は、自分を頼って来た一博を受け入れるという。


琢己と正妻との間にできた長男祐樹を、お坊ちゃま育ちだとあなどる。


一博には、次男英二を偏愛する房江に虐待されて育った過去があった。

手がつけられない粗暴な少年に育った一博を、心の優しい英二だけが心配してくれた。



        ☆    本文     ☆



 その日から、一博は、『若』と呼ばれるようになった。


 一博は、舎弟たちから丁寧に扱われる待遇に甘んじることなく、率先して広い屋敷内の仕事の手伝いをして、琢己を喜ばせた。


 早くこういう世界に慣れる必要がある。

 極道の世界は、『形から入って形に終わる』と言われる。

 この世界で認められるためには、独特のしきたりをきっちりと体に染み込ませるに限る。


 その上で、古臭い慣習はぶっ壊して、オレの手で新しい形の組織を作り出してやる。

 義理がどうの人情がどうのという、このままの古い形のヤクザではダメだ。


 今は雌伏の時だ。


 この世界で育ってきた祐樹との差を詰めて、すぐに抜き、そして突き放す。


 しばらくは爪を隠し、模範的な二代目候補を演じることにした。




 翌日、舎弟から「妙な小学生が屋敷の周りをうろうろしています」と聞かされた。

 それは英二しかいない。


 英二はその後、何度も現れた。

 一博は顔を合わせる機会があっても無視した。

 そのうちに、あきらめたのか、英二は来なくなった。


 ウザイやつとやっと縁が切れたと、一博は安堵した。




 屋敷での暮らしに馴染んだ一博は、しばらく休んでいた高校にも通うようになった。


 一年生ながら、いきなり空手部のキャプテンに推されたためだった。


 大学進学を考えている一博は、独学で大検を受けるより、クラブ活動ついでに出席日数を稼ぎ、高校卒業資格を得たほうが楽だと考えていた。


 高校を中退していた祐樹は、一博と張り合う気持ちから、家庭教師を三人も雇って猛勉強を開始した。

 そのかいあって大検に合格し、一博と同時期にそれなりに格好のつく私大の経済学部に合格を果たすことになる。





 五月半ばのある晩だった。

 その宵の月は不気味なほど赤く大きかった。


 カチ込みがあったとの報がもたらされた。

 都内某所にある釈光寺組組事務所に、実弾が三発撃ち込まれたらしい。

 舎弟たちは口々に『全面戦争勃発だ!』『神姫会がなんぼのもんじゃ!』『関西の息のかかったやつらにいいようにされてたまるか!』と、大騒ぎだった。


 いまだに血気盛んな琢己も奮い立ち、男たちを引き連れて出たきり明け方近くまで戻らなかった。


 自分もそういう場に早く参加してみたい。

 留守番を余儀なくされた一博は不満だった。




 一睡もできなかった一博は、広い屋敷の庭をうろついていた。

 空は白々と明けようとしている。

 明け方の清々しい空気が、体にまとわりつく。

 時期はずれなキンモクセイの花の香りが鼻腔を優しくくすぐった。


「ん?」

 獣の唸りのような声がかすかに聞こえてきた。


「犬か?」

 土佐犬が五頭飼われているが、犬舎とはほど遠い場所である。

 不思議に思った一博は、声のするほうへと足を運んだ。

 広大な庭を奥へ奥へと進む。


 呻きにも似た声は離れの奥座敷から聞こえてくる。


「はは~ん」

 一博も子供ではない。

 その声がどういうものか想像がついた。


 親父が女を抱いているんだ。


 正妻でないことは、日頃の二人の様子から明らかだ。

 一博が転がり込んで以来、二人の仲はさらに冷え切っていた。


 オヤジが、女房に内緒で女を連れ込んでいるんだな。


 正妻に義理立てする琢己がおかしかった。


 だが……。


 近づいても女の喘ぐ声が全く聞こえない。


 しかも聞こえる声はひとつではなく、どちらも男の声だ。


 障子が一枚分、開け放されたままだった。


「!」

 そこで見たのは、二匹の獣が絡み合う姿だった。


 一方は龍、もういっぽうは麒麟。


 見事な彫り物の二匹の雄がうねり、絡み、寄り添いあう。

 それは、非日常の世界だった。


 こういう世界があったんだ。

 一博はその場に凍りついた。


 知識としては知っていた衆道の世界。

 眼前で繰り広げられる営みは、厳粛なものだった。

 浮ついた好奇心など寄せ付けない。

 ましてやホ○とかオ○マなどと、嘲笑の的にするなど思いもよらない、冒しがたく張り詰めた空気が辺りを支配していた。


 一博は、無意識にゴクリと喉を鳴らした。


 激しくぶつかり合う完成されたオスの肉体

 そのたびに漏れる雄雄しい呻き

 快感に酔いながらも、己を失わない魂のせめぎ合い

 媚の色を宿さない喘ぎ


 そんなものが存在した。


 琢己の裸体には無数に傷あとが残り、歴戦を雄弁に物語っていた。

 背中から肩に彫られた墨の色が、上気した肌で鮮やかに己の美を主張している。


 一博は、男の裸がきれいであることを始めて知った。


 麒麟を背負った男は、筋肉質だったが、琢己に比べてひとまわり小柄だった。


 琢己のオスを受け入れて声を発している若い男は、見知らぬ人物で、男として完成された体に、どこかまだ青さが残っていた。


「!」

 一博は自分の股間が変化していることに気付いた。


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