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第2話    まさに生人形だと語る琢己

        ☆ここまでのあらすじ☆




二十七歳の伊川一博は、釈光寺組組長の座におさまったが、心のうちは複雑だった。


過去に戻って、高校に入学直後の一博は、実父釈光寺琢己の屋敷を訪ねる。


それが、一博を巡る愛憎劇の始まりだった。




         ☆  本文   ☆




 一博は広い庭に面した奥座敷に招きいれられた。



 人払いされた座敷の上座と下座。


 一博は、実の父、釈光会会長にして釈光寺組組長釈光寺琢己、通称『鬼釈』と対峙した。

 勇壮な昇り竜を描いた大きな掛け軸を背にあぐらをかく、漢おとこの貫禄はさすがだった。




 気圧されてはダメだ。

 凄まじい威圧感に、一博は自らを叱咤した。






「元気にしていたか」

 一博の顔を見つめながら、ぶっきらぼうな口調で問いかけてきた。


 大島紬に身を包んだ四十歳の琢己は若々しく、男盛りを感じさせる美丈夫である。


「はい」

「で、房枝はどうしている。元気か」 

 真っ先に母の消息を聞かれ、一博は思わず唇をゆがめた。


「母は相変わらず看護士の仕事を頑張っています。天職だそうで」

「あの女にもう少し可愛げがあれば、今頃は楽をして生活できただろうがな。もともと房枝は……」

 遠い目をして母を話題にする琢己の言葉をさえぎって、


「きつい人ですから。あなたそっくりの僕の一挙手一投足が気に入らないらしいですよ」

 吐き捨てるように言った。


「ふふん」

 琢己はニヤリと口角を上げた。



 今をときめく大親分の周りに、話しの腰を折る度胸のある者などいない。

 琢己はそんな一博に頼もしさを感じたらしかった。


「ハハ。このオレに似ているだと? あの女にはそういうふうに見えるのか……」

 琢己は愉快そうに笑いながら、言葉を続けた。


「オレには、房枝と生き写しに見えるがな。特に口元が似ている。きつい気性が表に出た口元に、ぽってりと好色で、それでいてあどけなさを残した唇なんぞ、オマエにきっちりと遺伝しているじゃねえか」

 感慨深げにうなずいた。



 琢己は、一博を美術品のようにじっくり鑑賞していたと思うと、

「そうだ。あれだ。オマエはアレにそっくりだ」

 一方的に語り始めた。




 昨年、琢己の身代わりで懲役に行った組員の出所祝いを兼ね、若い衆十数名を引き連れて、九州への慰安旅行に出かけた。

 その折、福岡の四代目藤堂会の親分に『これだけは見て損はありません』と、しつこく誘われ、熊本まで足を延ばして、ある寺を訪ねた。


 そこで出会ったのが、今にも動き出しそうな生人形『谷汲観音像』だった。


 見世物興行のために製作された生人形は、きらびやかな金を基調にした衣をまとい、腰をくねらせて半身に立つポーズが艶かしく、はだけた胸は卑猥な印象を抱かせた。


 切れ長の目

 形は良いが高過ぎず主張しない鼻

 薄く口を開き、伏し目に斜め下を見やる表情

 滑らかで白い二の腕やふっくらとした手が、生身の人間を想起させた。


 仏像なのに、おどろおどろしい世界の深淵がほの見える、不思議な魅力をたたえた生人形。

 胡粉を塗られた日本人形のように木目細やかな白い肌。

 整った和風の顔立ち。


 近寄りがたいほどの気品を感じさせるが、表情に隠しきれぬ卑しさが漂っていた。

 人を寄せ付けぬ気高さの裏にのぞく淫らさに魅せられた……と。


 一博の顔を見つめながら、

「まさにあの生人形だ」

 感慨深げにつぶやく琢己に、一博は、


 まずは気に入られた。


 ここに置いてもらえるだろう。

 肩に入っていた力が抜けるのを感じた。



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