なぜそうなったのかは見当がつかない。ただ仕事をしている以上は受付の方々と話をしなければいけない事もあるので、そういう時は話を聞いてはくれるけど、それ以外の事に関しては一切何も返答してくれないという日々が続いた。
会社の中の同僚たちも、何故そのような態度をとるのか聞いてみたことが有るらしいのだけど、誰一人として明確な答えをいう事を避けている様で、俺と同じように悩んでくれている。
中でもあの日、一緒に行動していた葉山と鹿目は俺の怪我の事もあって心配してくれているけど、明確な答えを出すことが出来ず、申し訳なさそうにしていた。
そんな中でもあの近藤先輩は出社して、あの日以来俺に対するあたりは強くなった。
「おい能無し!! こんな事もできないのかよ。だから女にもてねーんだよ出直してこい!!」
「あぁ!! ここが間違ってるだろが!! 何回言ったらわかるんだよ!!」
「こんな仕事もできないから能無しって言われるんだぞ!! お前は出世しねぇよ」
「もうさ……お前辞めたら?」
など等。けっこうな暴言の嵐が、毎日の様にフロアに吹き荒れる。あまりにも酷い言い方に、見かねた上司が注意をするけど、その日だけは大人しくなるものの次の日になると忘れてしまったかのように、同じような暴言の嵐が俺の周囲にだけ吹き荒れていた。
「あれそろそろヤバくないか?」
「そろそろっていうか……前から酷かっただろ」
「輪をかけてひどくなりましたよね最近」
葉山と鹿目と共に、一緒に昼食に出かけると、最近は近藤さんの事が話題に上ることが多い。
「そういえば聞いたか?」
「何を?」
「凝りもせずに新見さんの所に毎日通ってるらしいぜ」
「そうかぁ……でもなぁ……行きづらいんだよなぁ」
「あぁ、佐藤先輩何故か受付嬢さん達に嫌われちゃってますもんね」
「どうしてそんなに嫌われてんの?」
「知るかよ!!」
葉山も鹿目も不思議そうに俺の方を見るけど、そんなの俺の方が聞きたいくらいだ。
「まぁいまの俺にはどうしようもないかな……」
「一時期はヒーローだったのにな」
「落ちる時は早いですねぇ……」
「お前らなぁ……」
昼食を食べて会社へと戻って来ると、受付の前に肘をつき、受付嬢さんと話をしている男性が居た。
「おいあれって……」
「そうだな。近藤だ……」
「またやってるんスかあの人……」
そうして俺達が受付の近くまで来ると、この日のこの時間の受付をしていたのが新見さんだったらしく、彼女は一瞬俺の事を視て目を大きくしたけどすぐにスッと逸らし、近藤先輩からの話をジッとしながら聞いていた。
「ね? いい加減に俺と付き合いなよ。俺ってけっこう有望株なんだよ? 俺と付き合えばこの先安泰なんだからさ」
「今、勤務中ですので、そういった話は後に――」
「後にって言ってもさ、新見ちゃん話を聞いてくれないじゃん? だからこうして俺が来てやってるんだよ? そろそろ俺もさぁ限界なんだよね。だからね?」
近藤先輩が新見さんの腕を掴んだ瞬間に、俺は無意識のうちに彼らの方へと歩いて向かっていた。
「おい佐藤!?」
「先輩!?」
「いい加減にしませんか?」
「あん? 誰――またてめぇかよ!!」
「佐藤さん……」
彼女の腕を握る近藤先輩の腕をギュッと握り、俺は力を込めていく。
「は、放せよ!! い、いて……」
「あなたがその手を離したら、俺も離しますよ」
「ちっ!! クソこのバカ力の能無し野郎が!! 何回も邪魔すんじゃねぇよ!!」
あまりの痛さにやっと手を離した近藤先輩。その隙をついてその場から離れる新見さんと、新見さんを守るように立つ葉山と鹿目。
「は!! いい度胸してるじゃねぇか!! お前ら一度ならず二度までも邪魔するなんて、覚悟はできてるんだろうな!?」
「覚悟って何のですか?」
「お前らが会社をクビになる覚悟だよ!! 俺が一声かければおまえらの首なんてすぐに――」
「出来るのあなたに?」
「なんだと!? ってなんでお前が……それに専務まで……」
俺達がにらみ合っているところに、連絡を受けていたのか、見知った顔の二人が歩み寄ってきた。
「近藤くん。話は聞いているよ。しかし君の声で首を切ることが出来るのか。そうか。良いこと聞いたよ。その件も含めて調査しないといけないね」
「あ、いえ、その、ち、違うんですよ。これはこいつ等が悪いんですよ。私は何もしてません」
専務の声にそれまでの威勢の良さが失われる近藤先輩。
「残念だけどね、あなたのこれまでの事、色々と調査させてもらったのよ。そうしたら出るわ出るわ……。パワハラにセクハラ。そうして恐喝まがいの事までしているのね。呆れちゃうわ。それに暴力事件まで」
「ぼ、暴力事件? いえ、私は知りませんよ暴力事件なんて……」
「そう? でもこうして動画になって上がってるわよ?」
「え?」
今野さんが見せてくれるスマホには、あの日俺が殴られるところがばっちり映っていて、その後の暴言などもしっかりと録画されていた。
「あ、いえ、これはちょっとした――そ、そう!! これは教育でして!! 先輩に対する態度を教えていたんですよ。ですから暴力では――」
「残念だけど、彼に協力してもらって、既に警察には被害届け出てるので、もうすぐあなたの元に来るんじゃないかしらね?」
「え? け、警察が……」
「あ、ほら……噂をすれば……」
「あ……、あ、あぁ!! そ、そんな!! ご、す、すみません!! 謝ります。なんでもしますだから警察にだけは――」
「もう遅いのよあなた。どうして私達がここに来たのかわかるかしら?」
「え?」
「彼はね、いや……光毅君は私の義理の弟なのだよ」
「「「「は?」」」」
専務の言葉にその場にいた社員一同が驚きの声を上げる。
「それと、私の弟でもあるわね」
「「「「「「はぁ!?」」」」」」
俺に向かいウインクする今野さん。いや姉貴。
「弟……さん?」
そして小さな声でつぶやく新見さん。
「あぁ~いやだぁ!! 俺は何もしていない!! なぁ助けてくれ!! なんでもするかr――」
警察の人に肩を取られながら、会社の外へと引っ張られるようにしていく近藤先輩の声は、虚しく小さくなってやがて消えて聞こえなくなった。
「さて……と」
そうしてつかつかと俺の方へと歩いて来る姉貴。
「新見さん?」
「は、はい!!」
「ちょっと誤解しているみたいだから言っておくとね。私は旧姓佐藤なの。佐藤弘美。つまりはそこに居る光毅の実の姉で、専務の妻なの」
「え? ほ、ほんとうに……?」
新見さんが俺の方へと視線を向けるので、俺は頷いてソレを肯定した。
「知佳ちゃんでいいかな?」
「は、はい!!」
「かわいいわね。えっと知佳ちゃんはもしかして光毅の事が?」
「え? え? っと……」
新見さんの顔がぼっと赤く染まる。
「うん。そっか。その様子を見るだけでわかったわ。あとは二人でね?」
「は、はいぃ~……」
新見さんにニコッと笑顔を見せると、専務と一緒にエレベーターの方へと歩いていく。
「姉貴!! 義兄さん!!」
「ん?」
「ありがとう……」
「どういたしまして」
ふわりとした笑顔を見せる姉貴と、手を振る専務。そしてそのまま二人はエレベーターに乗って行ってしまった。
「さぁてと……俺達はお邪魔みたいだしな」
「そうですね!! あ、皆さんも御一緒に!! お邪魔にならないように出ていくっスよ!!」
葉山と鹿目が俺に手を振る。
そして誰もいなくなったところで、新見さんが話しかけて来た。
「あ、あの……」
「ん?」
「覚えてますか? その……入社試験の時の事……その時ヒールが折れてるところを助けてもらってから、佐藤さんの事がその……」
「え?」
そう言われて思い出す。
新見さん達が入社してきた時の入社式の日に、会社の少し手前でヒールが折れてしまい、足をケガしてしまっている女性が居た。それを見つけた俺が女性を背負い、会社の医務室へと送り届けたことが有った。
「あぁ!! あの時の!!」
「はい!! ありがとうございました!! やっとしっかりお礼が言えます!!」
「うんそうか良かった。心配してたんだよ」
「あ、あう……それでその……。私とお付き合いしてくださいませんか?」
「え? お、俺でいいの?」
「はい!! 佐藤さんがいいんです!! 佐藤さん以外じゃダメなんです!!」
「そっか……。うん。じゃぁ――」
その後、俺達は会社内の公認カップルとなり、数年後に結婚を果たした二人の間に新たな命が誕生するのであった。