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第29話先に青い鳥居の向こう側に戻っていった河童たちの後を追って

 昼食後。

 先に青い鳥居の向こう側に戻っていった河童たちの後を追って、春愁と炎陽と夕紅葉もカメラなんかの機材を担いで青い鳥居をくぐった。

 ちなみにいうほど荷物は多くない。三脚と、地上用のカメラと、水中用のカメラと、その取扱説明書だ。


「とりあえず、地上から撮影して。途中の池の所に三脚置けたら楽しくない?」

「あ、行けますよ。作業道ちゃんとあるんで」


 こっちですこっち、と、青い鳥居をくぐった夕紅葉は、先頭を歩く。

 基本この鳥居の向こう側に行くのはキツネと鯉だけで、浪人は行かないから知られていないという。道中の撮影はしないでくださいねと言われて、春愁と炎陽の二人は強く頷いた。

 下手に映したら、そこから侵入しようとする馬鹿がいるだろうからだ。鯉の着ぐるみまで着たんだから、それくらいはするだろう。

 というわけで秘された細い、人一人歩くのがやっとの階段を登って、一つ目の滝の上の池の側と、二つ目の滝の上の池の側に三脚を構えた。そこから、見下ろす形である。備え付けたカメラを覗いて、練習風景が映るかどうか覗き込んだ。

 まあまあいいだろう。まあまあでいいのだ。こういうのは。そんなに長尺で使うつもりもないから、なんかいい絵が撮れていたらいいな、くらいのものだ。あと作業道が映り込まないようにも気を付けた。あいつらどこから特定するか分かったもんじゃないからな。

 さんにんは一仕事終えた満足感をもって、来た道を戻る。


「晩翠さーん」

「どうされました」


 丁度池から上がって一休みしている風の、黄色に近い黄緑色の肌をした河童に声をかける。晩翠は振り返って、キツネたちを見た。春愁が手にしているのは、昨日のカメラとは違う気がする。あれが、水中用カメラだろうか。


「お疲れ様です。今滝の所にカメラをセッティングしてきまして」

「キツネの皆さんは滝の音きついって言ってましたもんね」


 その割には、今こうして青い鳥居の中で作業しているな? と晩翠はふと首を傾げた。


「ああ、神使の方にお願いして、辛くないようにしてもらったんですよ。こちらからのお願いなので、神使のお三方も快く術をかけて下さいました」


 夕紅葉の説明に、晩翠は頷くにとどめた。そういう妖術、とは違う、何かそういうものを使える神様の御使いという者はいるのだ。それを神使と呼ぶわけだが。


「で、ですね。今の池の中を撮ってきて欲しいんですよ」

「いいですよ」


 晩翠は春愁からカメラを受取って、使い方の説明を受けた。ここのボタンを押すと録画されて、ここのボタンを押すと録画が終了で。連続でこれくらい撮影できるので、それくらいしてもらって。勿論ご自身の練習があるのも分かっているので、ずっとという話ではなく。


「音声も撮れるんですか?」

「一応そう謳っていますけれど、鯉の声までは入らないんじゃなかな?」


 人間向けの水中カメラである。鯉が水中で人間にも分かる言葉で話してるとか、想定外が過ぎるだろう。

 そんなに長時間回してこなくていい、と春愁は晩翠に念を押す。とりあえず池の中に、色とりどりの鯉と河童がいる画が欲しいだけだ。今は。

 動画の作り方が分からない晩翠は、それでも頷いて、水中で録画が開始できないよりは、と、録画ボタンを押してから池に入った。特に解説なんかは口にしない。必要があれば、あとから春愁たちが聞いてくるだろう、とも別に考えていない。

 河童には動画は本当にわからぬ。

 春愁が言うには、変なコメントは後からでもつけられるので、自然環境音を撮ってきて欲しい、との事だった。それもよく分からないけれど、まあ要するに池の反対側までカメラをもって泳いで、戻ってくれば良いのだろう。必要だったら、池のふちに沿って泳いできて、とか言われるだろうし。

 池の縁に座って、足からトプリと水に浸かる。水は冷たい。凍えるような冷たさを感じないのは、晩翠が河童だからか。それとも季節柄か。

 水面からも鯉は見えていた。白いの黒いの朱いの金色の。鯉は色とりどりだ。見ているだけで楽しいからと、ブリーダーもいる。どの鯉だったかは忘れたけれど、竜に成ったら育ててくれた家に帰るのだと言っているのもいた。浪人と契約はせず、元居た池に帰り、おじいさんを見守って暮らすのだと。

 竜に成るような鯉と人間の時間はちょっとずれがあるような気がするから、そのお爺さんがまだ存命かは分からないし、キツネたちも恐らく調べてはくれないだろう。どうだろう、頼んだら調べてくれるんだろうか。

 鯉たちが、一言二言晩翠に声をかける。晩翠も、挨拶の言葉を返す。

 撮影ですか。そうです、水中を撮ってきて欲しいと頼まれたので。

 すい、すい、すい、と、晩翠は泳ぐ。カメラを支えているから手は使えないけれど、それでもくるりと水中でターンを決めてその泳ぎの軌跡もカメラに収めた。


「思ってたんと違いますけどすごくいいです!」

「あれ、違いましたか?!」


 やはり池の縁に沿って泳ぐべきだったか。


「こう、水中に潜って貰って、どう見えるかなって程度しか想像してなかったんですよ。キツネ泳がないので! 泳ぐとこんな風に見えるんですね」


 カメラの小さい画面を見ながら、春愁と炎陽と夕紅葉はうっとりとしている。


「水中の動画撮影増やしてもよさそう」

「やっぱり鯉にも頼んで、滝登ってもらう?」

「河童の滝流れも撮って欲しいですね!」

「滝の上から?!」

「少なくとも失敗したらあの滝を流れ落ちるわけですから、水中に住む鯉や河童の方なら、どうすれば怪我しないかわかってると思うんですよ」

「それはそう」

「人間。それ出来ます?」

「あ、そうか」


 水中でも生きる鯉や河童にとっては当然の風景も、陸で生きるキツネにとっては綺麗な映像のようだった。喜んで貰えたのならいいか、と晩翠は胸をなでおろした。


「他の河童さん達にも頼んで撮ってきてもらいます?」

「確かに、受け取り方の違いでなんか違う綺麗な映像になりそう」

「想定外の映像が撮れるといいよね」

「いや自分が撮影したのはみんな知っているので、大差は出ないと思いますよ」

「それは残念」


 でもまあ、あとで夕方の池の中の映像も撮ってもらおう、という話にはなった。今回の動画で使えなくても、きっと綺麗だろうから。宇迦之御魂神様がお喜びになればそれはそれでいいのだ。

 後はこの水中カメラを体に括り付けて滝を登る映像を撮ってくれる鯉である。頼んだ相手は晩翠ではなく澄清で。


「あれ澄清さんは?」

「さっき皆さんがいらっしゃる前に滝を登りに行きましたから。そろそろ戻ってくるとは思うんですけれど」

「そんなに時間かかります?」


 試験を見ていた春愁としては、それほどでもないのではと思ってしまう。次々と鯉が滝を登って登りきれなくて流されていった記憶は新しい。


「それは鯉の皆さんに足がないからで。自分たちの場合は、池までたどり着いていればそこから再開できるんですよ」

「練習の難易度が段違いなんだ」


 川から川への移動も、川底に足を突いていいのかどうかで変わってくると、晩翠は教えてくれた。河童が挑戦する予定がなく作ったので、夕紅葉ですら目から鱗だった。


「一応、足が川底に着いたら駄目、と自分たちで縛ってはいますが」

「いやそれがオッケーならボンベ背負った人間もオッケーになっちゃうじゃないですか!」


 春愁のふとしたコメントに、そう、と夕紅葉は頷いた。そう。人間はそれで挑戦すると言ってきたのだ。


「んー……それ、挑戦じゃないですよね?」


 晩翠は首をかしげる。

 鯉が竜に成るには、難易度の高い滝を登られねばならないのだ。そこいらにあるような用水路の滝ではならない。

 ここの滝は、鯉たちに聞くと最高難易度ではない、という。鯉の神使方が作成してくれたため、ちょっとだけ難易度が低いと。

 それでも、鯉にとっては難関である。だから、竜に成れるのだけれど。

 河童としても、鯉と同じような条件下で行わなければいけない、となんとなく思っていた。泳ぐのに手を使わないのはちょっと難しいからそれは使うけれど、それはあくまでも泳ぐときに水をかき分ける際の話であって、一つ目の滝から二つ目の滝へと移動するのに、池を歩くというのはレギュレーション違反だろう、と思うのだ。


「人間がやるなら、人間も素潜りかつ池部分を歩いて移動は禁じるべきだと思いますよ」

「そもそも許可をする気がないんですよ!」

「それはそう」


 炎陽は夕紅葉の言葉に頷く。

 レギュレーション違反というなら、鯉以外は全部そうだ。鯉が竜に成るためのダンジョンなのだから。

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