清香が、亀井と岩越を呼んできた。寒雨に賭けたのは、この二人だけだった。あとの浪人たちは、昼の部が終わった後に帰って、戻って箱なったのだ。
亀井はよく分からないままに、努力を重ね続けられる鯉がいいと言って賭けていた。岩越はなんか統計がどうのとか言っていた。お前夜の部から出たことないとか言ってなかったか。
「おめでとうございます。宿望、果たされましたね」
「いや! 本当に鯉が竜に成るところ見れるとは! これ、動画配信されるんですよね?」
「はい、寒雨さんのご許可がいただければ」
「よろしいですよ」
くるん。くるん、くるん。
寒雨は回る。回る。
岩越の前で、寒雨は回っていた。岩越は少し、興奮する。竜に、選ばれるのだから。
「物事は、統計だけではありません。そのことをどうか、覚えておいてください」
「え」
するりと、空中を泳いで、寒雨は亀井の前へと移動する。
「ありがとうございます。言祝いでくださったのは、あなただけです」
亀井はくるりと、一同を見回した。
春愁と、炎陽と、清香。おそらく春愁はすごいものを見たと興奮しただろうし、炎陽はそれを止めたのだろう。いつものふたりならそうなるだろう。
清香はきっと、今後の予定を寒雨に言ったのではないだろうか。キツネだし。
「おや、そうですか。じゃあ私だけでもお伝えできてよかった」
「そう言って下さるあなたと、共に行きたいと思います」
どうぞよろしくお願いいたします。と、寒雨は亀井の前でくるくるくるんと回っていた。
「亀井の実家の神社って、竜神?」
「違いますね」
「どうすんの?」
空気を読まないタイプの春愁が、それでも実は空気をめちゃくちゃ読んで、そう問う。いや、だって。必要じゃん。家。
「実は来る前に今お勤めさせていただいている神社の宮司に相談していまして。小さいお社を作って、しばらくはそちらにお住い頂こうかと」
「それでいいんだ?」
「寒雨さんさえよければ、そうしたく思いますが」
「お社?!」
「竜ですし」
「竜神に連なるのでは?」
今度は一斉に、清香をみんなで見る。さっきまで鯉だった寒雨は、もう、付いていけていない。寒雨の認識としては、自分は鯉なのである。
春愁に、というか亀井と岩越に言わせれば、そもそも喋る鯉自体が珍しい。妖怪とか神様とか、それに連なっているのだ。そもそもが。
「実はすぐにお二人で活動していただけるわけではないんですよ。寒雨さんには寒雨さんで竜に成った際に行われる儀式に参加して頂く必要があります」
それは人間でいうところの住民票の作成や、住民票の移動に近しいものである。鯉であった寒雨の情報は特にどこかに記載されているわけではないからいいのだけれど、いや望むのであれば寒雨が生活していた鯉の隠れ郷に連絡はしておく。
竜に成った鯉には、竜に成った鯉の台帳(イメージ)がある。それに登録する(イメージ)必要があるので、そこに顔を出す必要があるというのだ。あくまでもこれは人間に分かり易く説明しているのであって、実際のところ帳面があるわけではないだろう。ちなみにキツネは帳面で管理している。めちゃくちゃ多いので。記憶だよりだとダメなのだ。訂正、駄目だった、のだ。
さてそこに、竜に成った鯉のお祝いの儀式の場に、人間である亀井は訪うことが出来ない。
「ではその間に、お社の準備をしておきますね」
「お手数おかけします」
「終わりましたら、こちらから連絡を差し上げます。念のためお伝えしておきますが、十日ほどでご連絡差し上げることが出来るかと」
「結構かかるんですね」
春愁が、カメラを回しながら口を挟む。放送してはいけないのであれば放送しないが、視聴者は興味のある情報ではないだろうか。ドラゴンテイマーになってから、活動できるようになるまでの期間。
「そうですねぇ。どうしても皆様、その、キツネの私が言うことじゃないですが。竜なので」
「はい」
「はい」
「はい」
春愁も炎陽も亀井も納得するしかない。
異種族は、異種族の時間軸が存在する。人間にとってすぐは文字通り直ちにだけれど、キツネの場合は数日後だったりする。神様だと、数年とか数十年後だったりもする。竜だって同じだ。年単位じゃなくて数日で済むのであるなら、まあ、いい方だろう。
「まあお社の発注にしろ建設にしろ、数日じゃ厳しいでしょうから、問題がないというかちょうどいいんじゃないですかね」
「あ、そんな大きいのじゃないので……キツネのお社と同じくらいです」
「亀井、通販する気だな?」
「そう。十万円くらいで買えるんですよ」
ちゃんとした神社、という言い方をするのはよくないのだけれど、大きな神社が遷宮をする際は、専門の
竜に成った鯉が竜神に連なるのであれば、それは必要なものだ。どれだけ竜の方がいらない、といっても、人間の方がそういう訳にはいかないのである。結局寒雨は、そう説得されて折れた。
後日。
春愁が亀井の部屋に訪れた時。寒雨は猫用のベッドに丸くなっていた。
曰く、お社で暮らすのに慣れておらず、また池でみんなで暮らしていた寒雨にとって、あのお社で一人で暮らすのは、とても寂しくて辛かったのだという。だから亀井の部屋で、こうしてこう。
春愁は寒雨の言うことを全て聞き流して、キツネたちの住処に遊びに来るかと誘った。
基本的に亀井は忙しく働いているので、暇なんじゃないかなって思って。キツネは数が多いので、春愁が忙しくしていても、誰か暇な子ギツネが遊んでくれるだろう。子ギツネは、遊ぶものだし。