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第24話今度は、下から滝登りを行う鯉たちを撮るためである

 昼休憩を挟んだ後は、春愁と炎陽は再度青い鳥居の向こう側の撮影に行った。今度は、下から滝登りを行う鯉たちを撮るためである。


「上からも欲しくない?」

「画面二分割する?」

「してみてから、皆の反応見て決めよっか」


 という相談の下、下からの撮影はカメラを持ってる炎陽が。上からの撮影は予備のカメラを使って春愁がすることとなった。なったのだが。


「これ押さえてればいいだけなら、変わりましょうか」


 キツネは耳がいい。人間の似姿になり、キツネの耳を仕舞っていたとしても、それでも滝の轟音はキツネにとっては多分浪人たちより耳の奥と頭に響いているだろう。一応撮影の事を考慮に入れて、耳栓は買ってきたし付けている。それでも最上級品の入手が出来たかといわれればそんなことはなく、コンビニで売っている程度のものである。

 通常使用であればコンビニ品であっても問題はないが、ここは、滝壺なのである。それも三連の滝の。

 他方河童にとっては、それほど気になるものではない。ここまで轟音だと心地よい調べでは確かにないが、眉をしかめるほどでもない。

 だから、河童達は炎陽に声をかけた。


「お願いできますか?! あ、三脚あるんで使ってください!」


 あるのであれば、最初からそれを使っていればよかったのでは、と、河童の小雪は思ったが黙っていた。

 まだもう少し昼の挑戦までは時間があるので、炎陽はてきぱきと三脚の準備をする。使えばよかったとは、炎陽もこの時思った。でもまあ口には出さなかった。いまさら言ってもね。

 インタビューに答えてくれた、やる気満々の鯉の寒雨が挑戦するのは夜の部で、今は河童の小雪たちの側でカメラをキラキラした瞳で見つめていた。昼の部に参加する鯉たちも、寒雨のそばに寄ってきてはきらきらとした瞳で見つめている。


「今日龍に成れたら、残るんだよねえ」

「日本中の人に見て貰えるんだって」

「いやいや、世界中じゃない?」


「配信はしばらく先になりますよ」

「あ、そっかあ」

「今日龍に成ったら、そんなこともどうでもよくなるのかなあ」


 だなんて、鯉たちは楽しそうである。ちなみにこの場に龍は一人もいなかったので、誰もその問いに答えることは出来なかった。


 何とか昼の部までにカメラの設置が終わり、春愁と炎陽は滝の上にある観覧席に来ていた。昼の部に参戦する鯉は全部で五尾。朝に比べると少ない気がする。


 最初の一尾は一つ目の滝を登りきれなかった。

 二尾目は三つ目の滝のいいところまできて流されていった。

 三尾目は二つ目の滝に移動は出来たけれど、移動できただけだった。

 四尾目は一つ目の滝の途中で流されていった。

 五尾目は二つ目の滝から三つ目の滝に移動するときに失敗した。


「三つの滝、確かにとても難しそうだな」


 これは確かに龍に成ることはなかなかできないだろう。この神社のキツネである清香が言うには、皆無ではないそうなのだが。


「これを、人間が?」

「無理なんですよ」


 ため息ととともに、清香が言う。まあうん、そう作ってあるのだからそうだろう。

 そもそも鯉のような泳ぐ生き物と、人間は体のつくりが違う。河童だって鯉とは違う。だから河童たちの腰は引けている。キツネにとって、それを咎めるというつもりはない。だってキツネの腰も引けているので。挑戦するつもりなど毛頭ないし。

 昼の部の挑戦の撮影も無事に終了した。あとは何だ。何の撮影をするんだっけ?


「あれだ。浪人のインタビューだ」

「あー撮ってない。どういう風に予想してるのとかも聞かないと」


 その辺りは宮司の亀井が聞いておいてくれていて、撮影も亀井をする予定である。キツネのお時間のコメント欄にあ、いつもの人だ、とか書かれるがそれは致し方が無いし、まあ毎回ちゃんと挑んでもらっているので文句はしりすぼみである。むしろ最近は、亀井が出ていないとしょんぼりする亀井のファンまでいる始末だ。いやそれはいい。

 春愁と炎陽は、観覧席を出るとまずは青い鳥居の向こう側に設置したカメラの回収に向かった。カメラの側では河童たちがどう終わらせたものかと困惑していた。河童達に出来たのは、三脚が倒れないように見張っていることだけだった。それでもとても助かった。

 聞こえているかどうか分からないが炎陽は河童の小雪にお礼を言って三脚ごと引き取った。その間に、春愁は予備のカメラでしょげる鯉たちを収めた。使うかどうかは、後程この鯉たちに許可を取ってからだ。試験を受ける様は撮っても良いと言われているが、落ちた後の姿を残したくない鯉もいるだろう。

 目線を隠すだけじゃダメだろうか。いいと思うんだよな、色とりどりの鯉の目線だけ隠すの。シュールで。


 青い鳥居をくぐって境内に戻る。

 戻ってきたのはキツネの春愁と炎陽と、それから河童の小雪と花野、晩翠、澄清だ。そういえば人の似姿を取っている河童たちは、特に髪の色や目の色がそれぞれの元の肌の色、というわけではない。全員黒髪だし黒目だ。河童は基本的には、日本人と肌の色が違うだけだ。黒髪に、黒目。人の似姿を取っている時に、どこが元の姿を彷彿とさせるかと言えば、着ている服の色だろうか。花野がピンク系のトップスで、あとの三人が微妙に違う緑色系統のトップスである。

 分かり易い割に、人間に分かりにくくてよいな、と春愁は思っている。多分、自分と同じような色が目に留まるのだろう。で、ついうっかり買ってしまう、と。

 境内では、すでに帰り支度をしている浪人がちらほらと見える。昼の早い時間だから、これから近くのダンジョンに潜ったりするのかもしれない。


「いや夕方はもうこの辺り暗いからさ。成功率低いんだよね」


 動画に出てもいい、と言ってくれた浪人、岩越いわこしが紙の束を片手に春愁たちの所に寄ってくる。


「もちろん個人……個体差? があるのは承知しているけれど。それでも何か傾向が見えないかなって思って、統計を取っていて」

「学者の方ですか」

「……学生時代、社会学を少々」


 春愁の問いに、岩越はそっと目をそらした。今は何をしているのだ、今は。本業は何だ。いや別に、その辺り詰めないが。浪人で短期間生計を立てるのは、悪い事ではない。そこから社会復帰して貰えたら、キツネとしては嬉しい。とても嬉しい。

 いや、普通の勤め人の可能性も、まだ否定できないけれど。その辺りは、キツネにはよく分からない。

 紙の束を受け取って、ざっと春愁はそのグラフに目を通す。むしろこれ、普通の九時五時の勤め人が余暇で作っているよりは、今仕事しませんと言って欲しいな、と思われる出来と密度である。多分。春愁はその辺り、よく分からない。


「ここ一年で龍に成ったのは七件、そのどれもが朝の時間帯なんです」

「多いのやら少ないのやら」

「多いですよ。これまでは、挑戦できる滝、というものがそもそもありませんでしたから」


 口を挟んでくるのは清香だ。言われてみれば、そうかもしれない。

 一年。正確には三百四十八日で、朝昼晩と三回開催だから、千四十四回開催されている。最初の一月は挑戦者数が少し少ない。一回当たりの平均は三尾で、正しくは二百七十六尾が挑戦しているという。

 春愁はそこまでは読んだが、そこから先は目が滑った。

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