翌日。
キツネの春愁と炎陽、それから清香と夕紅葉は一通りの流れの相談を終えて、カメラを回すことにした。今日の内容は、普段の、普通の、作成当初の予定通りの、鯉の滝登りダンジョンの説明である。
「皆さんこんにちわ。キツネのお時間でございます」
炎陽が手にするカメラの画面に映るのは、春愁だ。もはや手慣れたものである。そういえば公式動画の番組名はキツネのお時間にした。基本的には津々浦々のキツネが出演している。たまに視聴者から「他にはどんな妖怪がいますか」と投稿が来て皆で首をひねる。いや、今はそんな話はどうでもいい。
「本日はここ、鯉の滝登りダンジョンに来ております。実は宇迦之御魂神様に直談判した馬鹿野郎がおりまして、今回は二部構成でお送りする次第です」
誰でも簡単に宇迦之御魂神様に直談判されてはかなわないので釘をさしておく。勿論、これを見て宇迦之御魂神様に直談判する馬鹿が出ることも織り込み済だ。宇迦之御魂神様担当のキツネをすでに手配してある。お前ら、覚悟しておけよ。
「まずは、ここのダンジョンについて、キツネの清香と夕紅葉に聞いていきますね。
今日はよろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
清香はカチカチになっているが、夕紅葉はいつも通り、お祭りの時に出る屋台を使用した受付の中で手を振っている。まあこの辺り、個体差というよりも仕事の内容に左右されているだろう。
「あ、これ生配信じゃないんで、失敗して大丈夫ですよ。編集しますからね」
「わ、わかってはいるんですが!」
珍しいタイプのキツネだな、と春愁はちょっと思う。キツネは割と楽しい事が好きでうぇーい! とすぐなる者が多い。一拍置いてからなる者もそこそこいる。
もちろん、清香みたいに駄目なキツネも少数いるにはいる。まあいるからどう、とはならないのだけれど。珍しいな、って、思うだけで。
「まあ、まずはこのダンジョンについて聞いていきましょうか。ダンジョンのコンセプトについて説明をお願いします」
「当神社には、鯉の伝説があります。それを元に、鯉の滝登りを行おう、となりまして」
「最初は、人間が滝を登る想定だったんですよー」
夕紅葉も説明に参加する。最初からダンジョンを作るのに参加していたとかで、夕紅葉もちゃんと詳しい。いいコンビだ。
「人間て滝登れるの?」
「という疑問が他のキツネからも出まして、没になりました」
滝を中心に据えたダンジョンも考えたけれど、やっぱり滝自体を登りたい、という構想から離れることが出来ず。今の形に落ち着いたのだという。
誰がって多分、あの神使のお三方だろうと春愁は思う。鯉だったもんな、完全に。龍には成れず、鯉として神に仕えることになったヒト。そりゃ登りたいよな、滝。
春愁のこの考えが、当たっているかどうかは、分からないけれど。
「あえて聞きますけれど、鯉の皆さんには好評なんですか?」
「好評ですね!」
「期間限定ではなく、これからもずっとやっていて欲しい、という声が多いですね!」
まあ、期間限定になるのか永年になるのかは、文字通り本当に神のみぞ知る、である。神様がおしまいってしたら、おしまいだからね。
「それでは、鯉の皆さんの声も、聞いていきましょうか」
他にも二、三のやり取りをした後、清香と夕紅葉をその場に残して、春愁と炎陽は青い鳥居をくぐる。その際、この鳥居の向こうがダンジョンなんですよ、とカメラに向かって言うのも忘れない。
鳥居をくぐった先にあったのは、大きな池。
対岸には、山にある木々が見える。青い空、白い雲、木々の緑。吹く風は涼やかで。
そして滝の轟音。
鯉の皆さんが実は寄ってきてくれていて、炎陽のカメラはそれを抑えている。もはや諦めて最初から耳栓を突っ込んでいる春愁は、岸にしゃがみこんで鯉に話しかけた。カメラは声を拾えない。人間のやっているテレビみたいに、マイクが別にあればいいのだろうけれど、キツネたちはそれを用意していない。小さなカメラ一つだ。
春愁は岸に寄ってきて、そして水面に顔を出してくれている鯉に何かを聞いて、鯉が口をパクパクさせて問いに答えて、それを何回か繰り返して。カメラが拾う音は、滝の轟音。
実はこれ、台本通りである。この後音声を入れることはしない。全部字幕である。撮影に協力してくれることになった鯉、
「ああ、皆さんの声、水中では聞こえてましたよ」
その言葉に、春愁と炎陽はとても驚いた。驚きついでに河童の方を見ると、四人揃って小さく頷いてくれた。マジかよ。水中って外からの声拾うのか。
それはつまり、春愁と炎陽が滝の轟音を我慢できれば、インタビュー画像を撮ることが可能、ということになる。台本を作成して後日それに字幕を付けるにしろ、口パクでなくて本当に発声できるわけである。これはやらせを疑われずに済む。やらせなんだが。
そもそもキツネの動画に台本があることは告知されている。そうでなくては危ないダンジョン配信などできるものではないし、カメラに向かってピースサインをしているダンジョンモンスター相当の眷属の謎が深まるばかりなので。
「鯉の滝登りダンジョンについて、撮影を行っております。私はキツネの春愁。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします。自分は鯉の寒雨と申します」
「寒雨さんは、このダンジョンへの挑戦はどれほどになりますか」
「お恥ずかしながら、八度目になります」
「それは多い方なんですか?」
「どうでしょう? 五回くらいで諦めるものもいれば、何十回と繰り返したのもいると聞いていますから」
「じゃあ特に恥ずかしがることはないんですね。さて意気込みのほどは」
「今日! こそは! と、毎回思ってはいるのですが」
「そのお気持ち、とても大事だと思います。ダンジョンについて伺っていきますね。全部で三つの滝があると伺っています。寒雨さんは、どこで引っ掛かりますか」
「初挑戦の時は、最初の滝を登りきれませんでした。助走をつけるためのストロークがあまりないんですよ。それが敗因だと思ったので、その特訓を行いました」
これ、放送していいのかなってちょっとキツネたちは相談をした。いや鯉がいいというのならいいのだろう、という結論に達したからこうして撮影しているのだけれど、キツネにとっては重要な攻略情報のように聞こえる。
「確かにとても重要な情報だと思いますが、それは、鯉や河童にとって、では? 人間の役には多分立ちませんよ」
ピンク色をした河童の花野が、お茶をすすりながらそう言ったので、それはそう、となったのである。確かにそんな情報貰っても、キツネにとってはそうなんだ、としかコメントがない。鯉にとってはとても重要な攻略情報だと思うけれど。
さらに言えば、クリアできる鯉が増えることはメリットである。寒雨が公開していい情報であると判断したのであれば、それを優先することとした。折角、バケツに入ってまでインタビューに答えてくれたのだ。優先されるべきは、寒雨の気持ちである。
「前回はですね! 三つ目の滝を登りきれずに下ってしまいまして! 今度こそ!! という過去最大級の意気込みです!」
「応援、致します! こちらとしても、鯉が龍に成る瞬間、捉えたいですし!」
考えても見て欲しい。
この動画のカメラを回している所で鯉が滝を登りきって龍に成ったら、自力で滝を登りたいとかいう浪人は減るだろう。減るよね? それよりも、ドラゴンテイマーになりたいという浪人が増えるはずである。増えるよね? ドラゴンテイマー、なりたくない?
ちなみに寒雨には、亀井が賭けることとなった。勿論、昨日撮影に参加してくれることになった浪人たちも、寒雨にかけることを許可している。流石にそれは、断りたくなかったので。
「じゃあ次は鯉の方の受付方法の撮影をして、それから浪人側の受付をどうするのかについても、撮影ですかね」
「すみませーん、その前に一回目の挑戦の時間ですー」
「あ、じゃあそっち撮りましょうか。……どうやって?」
とりあえず、カメラを回して、と清香に言われたので、炎陽は素直にそれに従う。どうせ後で全部編集するのだから、問題などない。清香も、それに慣れてきたようだ。