相撲大会から十日ほどして、
今回は、春愁の兄弟キツネでもある
キツネにも色々種類がある。分かり易いところだと、毛皮の色が違う。それぞれできることや得意なことが違うのだ。中にはただのカラバリのキツネもいるけれど。
電車を乗り継ぐのもあれなので、レンタカーを借りようとしたところ、神社のバンを使っていいと言ってもらえたので、ありがたくそれを使用している。保険に関しても問題はない。誰が運転するか分からないので誰でも運転できるようになっている。
運転免許証に関してだけは問題だったので、宮司の一人がついてきてくれることになったのだけは申し訳ないと一瞬思ったが。その宮司は浪人手形を持っていたので、春愁は理由を察した。お前ついでにドラゴンテイマーになる気だな? いつものようについでに動画に出演してもらうからな。
宮司の亀井が運転する車に、キツネがふたり、河童がよにん。仲良く乗り合わせて、鯉の滝登りダンジョンへとむかった。
「ダンジョン内って、見られますか?」
「はい、構いませんよ。今日は通常通り開いておりますので、浪人の方々もおりますが」
ちらりと、清香が春愁を見る。
「あ、今日は撮影しませんので。他の方々いて大丈夫ですよ。自分も見ておこうかな」
というわけで、揃って見学をすることになった。視察と言い換えた方が格好がつくかもしれない。
境内にある、参拝客ではなさそうな人の群れのそばに行けば、大体そこがダンジョンの入口だ。参拝客の邪魔にならなさそうな、ちょっと辺鄙なところに作られていることが多い。
キツネが受付を、お祭りの屋台のような形をした受付を展開している側にあるのは青い鳥居だ。
「あの鳥居の向こう側が、ダンジョンになっています」
受付に並んでいる浪人たちが、こちらをちらりと見る。耳には赤ペン、手にしているのは紙の束。
「競馬場ですか?」
「似たようなものです。どの鯉が登りきるかを見極められなければいけないので」
「あ、入りますか。どうぞどうぞ」
「俺らは別に中見に行かなくていいんで」
受付に並んでいた浪人たち、訂正、受付周りにたむろしている浪人たちが、春愁たちに道を譲った。
「ありがとうございまーす」
ひらひらと浪人たちに手を振って、春愁たちは鳥居をくぐった。春愁の軽いお礼に、その程度でいいのかと首をひねりながら、河童たちは浪人たちに会釈をした。驚いた浪人たちも、会釈を返す。律儀な浪人もいたもんだと、受付付近に残った浪人たちは視線で語り合った。
現在河童たちもキツネたちも、人間とそう変わらない姿に擬態している。そうでないと人間たちの世界で活動するのが大変だからだ。コンビニに行ったり、カフェで買い物をしたり、ちょっとこじゃれた定食屋に入ったり。
だから人間の浪人たちの目から見ると、春愁たちも
それは、池であった。
鳥居をくぐった先にあったのは、大きな池。
対岸、そう、向こう側、ではなくて、対岸には、山にある木々が見える。青い空、白い雲、木々の緑。吹く風は涼やかで、滝の轟音が聞こえる。
「これ! 会話! できるんですかね?!」
「聞こえねえ!」
春愁と炎陽は怒鳴るが、河童たちにも何を言っているのか聞こえなかった。清香がそっと、鳥居の方へ向かって手を振る。一行は、鳥居をくぐって外に出た。
「だから皆さんここにいたのか!」
「そうそう」
「受付に頼めば、今いる鯉のリスト見せて貰えるから」
「こちらになりまーす」
ひょっこりと生えたキツネの耳を、春愁と炎陽は押さえている。清香は慣れているので、それほど耳が痛くはないらしい。
おそらく水の中に入ってしまえば、それほど気にならないだろうなと河童たちは思ったが、今耳を抑えて呻いているキツネには何の慰めにもならないので黙っていた。
春愁と炎陽は受付のキツネ、
「鯉の滝登りの挑戦は一日に三回です。午前中に一回、午後の早い時間に一回、それから夕方に一回。朝昼晩の三回です。」
鯉の皆さんは、あの鳥居をくぐったところにある池にいるという。水中では、あの滝の轟音は気にならないのだろうか。それとも、これから登るのだと闘志を掻き立てられるのか。
キツネにはちょっと分からない感覚である。
「鯉にお話を聞くのは無理そうですね」
「バケツに入れてこっちに連れてくればいいのでは?」
「絵として美しくない気がしない?」
「それもそうか」
春愁と炎陽はそんな相談をする。
その一方で、河童たちは受け取った紙の束を読み込んでいた。文字は分かるが、何を書いてあるのかはよく分からない。
春愁と炎陽も紙の束に目を落とした。これの見方も動画で説明する必要がありそうだ。
「とりあえず明日は、鯉の皆さんにインタビューしたり、あ、浪人の皆さんで、動画に出演してもいいよって方、います?」
「お、キツネの動画か?」
「そうですそうです。……人間の身で、ここの滝を攻略したい、というご意見がですね」
「いや、そっちはいいわ」
「今いるのは、ドラゴンテイマーになりたい奴だけなんで」
「そっちの動画を撮りたいんですよ!」
「あ、そっちなら出るわ」
「出る出る」
何人かがひらひらと手を振ってくれたので、
ちなみに春愁たちを連れてきた宮司の亀井は、浪人たちに交じって検討中だ。最悪亀井一人の出演になるかと思っていたけれど、皆さん心が広くてよかった。
「それでどういうルールなんですか、これ。一頭……鯉の数え方って何ですか。匹? 尾?」
「うちでは尾を採用しています。浪人の皆さんは基本的には三尾まで選ぶことが出来ます」
「選ばれなかった鯉は出走できないとかそういう?」
「出来ますよ。ただ、人気がない、ということは、自分は龍には成れないと判断されたようだ、ということで、準備期間相当だと判断する鯉が多いですね」
「一回で龍に成る鯉は少ないですか?」
「未だ居りません」
「ですって」
春愁が振り返ると、河童たちの表情がない。それはそうだ。誰か一人が登りきるまで撮るからな、と言い渡されているのだ。こんな顔にもなるだろう。
カメラ回して置くべきだったかな、と、春愁は酷い事を考えていた。
「そういえば、人気なかったのに龍に成った鯉はいますか?」
「居りますよ」
「その場合はどうなるんです?」
「鯉の方が人間を選ぶ場合もありますが、先だっての鯉はそのまま龍に成って人間を選ばずに去りました」
「人気が集中したら?」
「龍の方で浪人を選びます。龍と浪人が一対一であっても、龍が嫌な浪人だったら契約はならず、です」
「まあ、龍の方優先になりますよね」
「最初からそう案内していますしね!」
龍にせよ、浪人にせよ。
相棒に選ばれた、という形は必要なのだろう。どんな場合でも基本はそうだ。片思いよりは、両思いがいいに決まっている。