河童の一族に依頼を出すところまでは、スムーズだった。河童の一族も快く受け入れてくれた。勿論、ちゃんと事前に何をしてもらうか、は伝えてある。
「
青い空。白い雲。緑色の河川敷。いい天気だ。スポーツ日和である。
河童たちは心根の優しい一族なので、二つ返事で依頼を受けてくれた。ただ、出来ればでいいのだけれど、と、下から下から、キツネたちと相撲を取りたい、と言ってきた。
河童にとって相撲は娯楽である。めっちゃ大好き。
先に依頼を出したのはこちらである以上、
まあ、キツネにも愛好家はいるだろう、と、全てのキツネに参加者募集の連絡をしてみた。そういうネットワークがあるのである。
ちなみに天狗にも依頼してみた。相撲大会の参加の方である。多分、河童が喜ぶと思って。
結果、八人のキツネと、三人の天狗が参加することになった。自分はいるだけでいいかな、と春愁は思ったけれど、しっかり参戦させられることになった。好きな奴だけでやれよもう。
ちなみに春愁は初戦であっさりと負けた。対戦相手は子供の河童である。子供といっても基本的に河童は膂力が強く、春愁が持てない大きい石すら持ち上げるのだから、技を知らない春愁が勝てるはずもないのである。
春愁はちょっと離れたところに座り込んで、持ってきた缶ビールを開けた。普段はあまり好まないけれど、良い季節に、運動をして、それから飲むのは悪くないはずだ。苦いのが好きじゃないんだけど。
「お隣よろしいですかな」
「どうぞどうぞ。一本いかがです?」
春愁の隣にやってきたのは、河童の長老。腰をいわしてしまったとの事で、今回は参戦していない。さっき春愁の対戦相手だった子河童が言うには、今日の日をとても悔しがっていたという。
春愁からビールを受け取って、長老は美味そうに飲みほした。
「この度は、わざわざありがとうございました」
「楽しんでいただけているようで何よりです。今回聞いてみたところ、キツネにも相撲の愛好家がそこそこ居りまして」
「ええ、ええ。先ほど伺いました」
長老はにっこにこである。
春愁は好きにすればいいんじゃないですか、とだけコメントをして、あとは愛好家たちに任せることにした。愛好家同士で、交流会を開くのは別に何ら問題もないだろう。春愁を巻き込まなければ春愁としては良いのである。
楽しいのは良い事だ。
視線の先では、キツネと天狗と河童が、すごい大盛り上がりを見せている。
長老だってあの輪に入りたいだろうに、と、春愁は少しかわいそうに思う。でも腰を痛めたのなら仕方があるまい。自分? いや自分はあの輪に入りたいとは特に思っていない。ここから楽しそうだなと眺めている方が楽しいタイプだ。いやいい。相撲には本当に興味がない。
「さて、ご依頼の件ですが」
「はい」
微笑ましいものを見る、好々爺とした顔で、長老は盛り上がる仲間たちを見ている。あの輪の中に入るとそれじゃあいっちょ自分も相撲を取るか、となって腰を悪化させるのが目に見えているので、こうして少し離れたところで休憩している春愁の所に、さも長老は仕事をしているのですよ、という顔で寄ってきたというわけだ。
「我々は、何をすればよいんですかの?」
「鯉の滝登りダンジョン、という、激流を鯉が登って龍に成るための試練のダンジョンがありまして」
「わしらに登れ、と」
「それが人間の皆さんから、挑戦したいという系統の話がたくさん来ていて、神使の方々が困ってるんですよね」
「そりゃ、困りますでしょうな」
「ですので、河童の皆さんに挑戦していただいて、河童ですら流される、というのを撮れればな、と」
「でしたら泳ぎの苦手な子供でも」
「いえ、一族で泳ぎの達者な方から順にお願いします。三、四人ご紹介いただけると」
「達者なものでよいので?」
「そうです。泳ぎの達者な河童の内、どれだけが到達できるのか、というのを撮りたく思います。全員初見クリアしたらそれはそれ。鯉の皆様の練習用教材にもなりましょう」
ちなみに最低一人がクリアできるまでは挑戦させるつもりでいる。一回で終わったら楽なのは春愁だ。
相撲大会の後、ほぼ直後、ちょっとした休憩を挟んだだけの状態で春愁は四人の河童と会うことになった。男が三人、女が一人だと河童の長老が言う。
「これが
全体的に苔むした緑色、と言えばいいのか。最年長であるともいう。多分、河童を思い浮かべた時に、真っ先に出てくるような河童だった。
「次に泳ぐのが得意なのが
背高のっぽの晩翠は黄色に近い黄緑色の河童で、澄清は色鉛筆の緑色、の場所にいそうな緑色だった。河童は色とりどりだな、と春愁は思う。
「で、これが紅一点の、
花野は本当に文字通り、いや女性だから、というだけではなく、ピンクっぽい河童だった。まあ紅葉するもんな、と、春愁はなんかよく分からない理解をした。合っているのかは気にしない。
四人は何で自分がキツネに紹介されているのかをちょっとよく理解していない、相撲大会に興奮したままの顔で、春愁に頭を下げた。
長老大した説明してないな、と思いつつ、春愁も河童たちに頭を下げる。
「皆さんには、これから、と言っても今日じゃないんですが、鯉の滝登りダンジョン、という場所に挑戦していただきます」
「鯉のダンジョンではなく?」
「鯉のダンジョンだよ」
至極もっともな小雪の問いに、春愁は答える。そうだよ、普通はそう思うよね。
「鯉が龍に成るために滝を登るダンジョンなんだけど、その滝を登ってみたいという頭のおかしい人間から、攻略動画を作ってくれと依頼が来てね」
「ええ」
「いやいや」
「なんで」
「それは、無理なのでは」
「無理なんだよ」
河童、感性がまとも。
春愁はうんうんと頷く。
そうだ。普通は、こうだ。鯉が龍に成るためのダンジョンで、なんで人間なのに登りたいと思うんだよ。
ただまあちょっと、どういう光景か知りたい、なら分からなくはない。自分で登りたいとはさっぱり思わないけれど。
「で。キツネは急流下りも激流登りも出来ないので、河童の皆さんに頑張ってもらおう、というお話」
四人の河童は、ちょっと絶望した顔をした。頑張ってもらいたい。依頼料、前払いしたし。君ら、相撲大会楽しんだんだろ? 見てたぞ。