神社における主祭神とは、まあようするにグループ会社の社長や会長に該当する。特に
さて春愁が訪れたその神社は、主催神として大国主様、正確には大黒様を祀っている。それから、恵比寿様だ。恵比須様は大国主様の御子であらせられる
「詳しい話をお聞かせ願えますか」
社務所にいた宮司にかくかくしかじかと訪れた用件を伝えたら、休憩室へと通された。優しいもう一人の宮司さんが呼んでまいりますね、ときたものだ。案内してくれた宮司さんが淹れてくれたお茶を飲んでお茶菓子に舌鼓を打っている間に、なぜか椅子に座る春愁の前に下げた頭が三つ、四つ。
春愁はぱちぱちと瞬いた。なんだこれは。自分は詳しい話を聞きたいだけなのだが。
下げられている頭の一つはキツネだろう。キツネ色の後頭部を見ればわかる。人の似姿を取っていて、耳も尻尾も出ていなくても、分かる。ここの鯉の滝登りダンジョンを作ったキツネ。正確には作ったキツネじゃなくて、作るのを手伝ったキツネ。名前は確か、
「社務所でも言いましたが、浪人より鯉の滝登りダンジョンの攻略方法について動画を作成して欲しい、と依頼が出ています。そのことに関して、詳しい話を聞きに来たのですが」
もう本当に、春愁はそのためだけに来ている。正直、人間の浪人がクリアできないように作られているのであれば、それそのように動画を作るつもりでもいる。河童あたりを呼んで動画にしたら面白そうじゃない?
「その件、なのですが」
ふぅ、と、キツネがため息をつきながら頭を上げる。春愁と同じようにキツネ色の髪をしているから、おそらくは野狐の類だろう。最近はもう混ざってしまって、神社で産まれたキツネにもよく出る色合いなのだけれど。
残る三つの頭は、まだ上がらない。
「それより皆さんも椅子に座ってください。居心地が良くないですし、こちらは本当にお話を伺いに来ただけですので」
「それでは失礼して」
キツネはひょい、と立ち上がり、手近な椅子に座る。慌てた様子で残りの三人が顔を上げて清香を見るが、清香は気にしていないようだった。キツネなので。
「そういえばご挨拶もまだでしたね。私はキツネの清香。こちらのお三方は、神使の
「よろしく」
「よろしくお願いいたします」
「ようこそおいでくださいました」
「歓迎いたします」
床に座したままの神使に、春愁は困惑を隠せない。いや、だって、あのダンジョンあれでいいよってなったんなら、良いだろうに。
「あ、お気になさらないでください、彼ら単に、椅子が苦手なだけです」
「承知いたしました」
実は、椅子が苦手、という者はどんな種族にもそこそこいる。神様にだっている。あまり好きじゃない、まで含めると結構な数になるだろう。まあそれでも、ダメにするクッションを好む者は多いが。春愁は駄目になれなかったタイプのキツネだ。
「それでええと」
「ダンジョンの件ですよね」
仕切り直したところで、四人揃ってため息をつかれてしまった。どういうことだ。
「あのダンジョンは、人間向けではありません」
「名称も鯉の、滝登りダンジョン、です」
「でも、浪人は入れるんでしょう?」
「はい。一応皆さんに説明してるんですけど、どうしても人間の身で攻略したい、という方々がおられまして」
「方々」
「それなりの数」
人間の身では攻略できないように作られているからこそ。人間の身で攻略したい、と。彼らは言うのだという。
はた迷惑な。
「鯉の滝登りダンジョンはですね」
清香が口火を切った。
「まあ簡単に申し上げますと、テイマーに転職できるダンジョンです」
「え、いいじゃないですか。人気出そう」
「出てはいますよ。成功すれば竜使いになれますから」
「ちょっとそこ押し出していきましょうよ」
「押し出してるんです! 押し出してますしそれで許可取ってますし、そう案内してるんです!!」
「なのに人の身で攻略したい、と」
「はい」
馬鹿じゃないのか。
春愁はその言葉を飲み込んだ。別に空気が読めるキツネだからではない。キツネというものは大体、空気が読めるキツネと、空気が読めないキツネと、空気が読めるのに読まないキツネに分類される。人間だって一緒だが。
「二部構成の、動画にしましょう」
「といいますと」
「第一部はもう普通に販促動画です。こうこうこうするとドラゴンテイマーになれます! と」
「そうしていただけると助かります」
「で、第二部はですね」
「はい」
「ご要望にお応えして、攻略動画撮りましょう」
「……えええ……」
鯉の名を持つ神使三人が呆れた声を出した。気持ちは分かる。
「つまりですね。多分人間はクリアが出来ない。だからこそ興味がある。
なら、クリアできない情報を見せつけてやればいいんですよ。河童さんに依頼を出しましょう」
「確かに。河童の一族であれば、攻略できるものもいるでしょう」
「……え、出来ない可能性あるんですか?」
春愁は驚いた。
ダンジョンなのに、クリアさせる気ないのかと。
「はい。鯉の滝登りは基本的に、鯉にとっての修業の集大成を見せる場です。ですので、当然、竜に成れないものがほとんどです」
ほとんど。
その言葉を、春愁は口の中で転がした。
ああまあ、元となる黄河の伝承もそうだったか。というか、鯉がそれを理解して納得していれば問題はなかろう。