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第16話 いくつもの、露店が道に並んでいる。

 いくつもの、露店が道に並んでいる。売り物は酒だ。両手で抱えるほどの大樽に片手持ちの小樽、瓶入りは人気がないが。

「めちゃくちゃうまそうに八岐大蛇やまたのおろち様が飲んでいたので、お土産に」

 と言って買って行く浪人がいないでもなかったので、取り扱っていた。いや、川の向こうにある町の酒屋でも取り扱いがあるのだが。

 この辺りは水が美味しいため、酒蔵も沢山あった。神々からダンジョンの布告がされると、キツネの清涼せいりょうは大量に名刺を手書きで作ってまずは県内の酒蔵を訪れた。


「もし」


 大概は首をひねられて終わった。それはそうである。どう考えても頭がおかしい若者が訪れたのだから。それはそう。

 なので清涼は名刺を置いて立ち去った。後日連絡がくればいいのである。

 もちろん近所の酒屋にも行った。こちらも半信半疑であったが、本当に人が来るのか、という方向だった。あそこの神社に八岐大蛇様がいることは子供の頃から知っていたし、そこの石段の上ではなく石段の下に露店を出すだけならまあやってもよかろう。何なら学生のバイトでも雇えばよいまである。

 人が来て、売れるのであれば。


「ではまずあなたが浪人として登録をして、これが八岐大蛇様から頂いた剣です、と他の者たちに言えばよろしいでしょう」


 なるほど、と頷いてくれたので、清涼は彼らを口入屋に案内した。もしも本当に自分たちで巡るつもりがあるのなら浪人手形を入手して欲しいし、手形入手のための鍛錬が厳しくて辛いようであれば、天狗を手配して安全に連れていくつもりが清涼にはあった。

 ただ、最初はそれを伝えなかったが。だって言ったら面白くないじゃないというのが、キツネ共通の感覚である。あまり天狗には理解されない。

 結果から言うと、三人が浪人手形を手に入れてくれた。残りの四人は途中で向いていないのでやめるようにと天狗に言い含められてしまった。

 向いていないと天狗に判断されたものは浪人になれない。大器晩成型であるとかそういうことではなくて、このまま鍛錬を続けたところで上手く立ち回れない、とかいう話でもない。

 こいつは死ぬ。

 天狗がそう判断したもの達が、向いていない、として浪人手形を発行して貰えないのだ。神様方的には怪我もしてほしくないようだけれど、その辺りは天狗が黙殺した。いやさすがにこいつは今後どれだけ鍛錬してもどこかで手足失いそうな、と判断したら浪人手形は発行されない。病院に行かずとも治るような怪我は受け入れていただきたい。


「それでは、配信用の動画も撮っていきますね。本日の案内人は、キツネの清涼と申します。どうぞよしなに!」


 後で編集をし、それを彼らに見てもらい、特に問題がなければそのまま、削除して欲しい場所があればするからと約束をして、清涼は酒屋の者達と八岐大蛇のダンジョンへと入っていった。


 八岐大蛇のダンジョンは、二階層である。とてもとても広いアスレチックエリアがあり、階段を降りると八岐大蛇がいる。ただそれだけの簡素な造りである。

 正直手ぶらで挑むととても楽しいダンジョンだ。人が死なないようになっている。怪我はするかもしれないがそれは流石に自己判断で頼みたい。


「ここ、奥出雲にあります八岐大蛇様のダンジョンは、二十歳以下は参加できませんので、ご注意ください」


 清涼は、録画している画面に向かって、それからともに挑む酒屋の人間たちに向かってそう説明をした。

 購入した酒は八岐大蛇に捧げられるので、別に問題ないだろうというコメントもあったが、悪い事をしたい盛りの子供が、ダンジョン内で飲まない、という保証がないため合法的に酒を飲める年齢からしか入れないこととした。あとお土産の事を考えて。

 アスレチック部分は、清涼が一人でかつ手ぶらで挑むのであればものの数分で八岐大蛇の所までたどり着くことが出来る。その程度の難易度にした。


「さて、このダンジョンは、モンスターが出ません」


 八岐大蛇の眷属となると、蛇である。毒を持っていたりその牙で殺したり、締め付けて殺したり、と色々とできそうであったが全てに八岐大蛇が不可を出した。怪我をしてまで酒を運んでくれる者はいないだろう、と。眷属たちはショックを受けて細い目を見開き、ぽかんと開けた口からは毒液がほんのちょっと滴った。そして尻尾が、力なく垂れた。

 しかし眷属たちの落ち込みようはまあどうでもいいとして、その判断は正しいと清涼も思ったので、八岐大蛇を支持した。なにも別に、切った張っただけがダンジョンではないのである。探せばきっと、知恵を必要するダンジョンもあるだろう。多分きっとどこかに。


「当ダンジョンでは、八岐大蛇様に捧げるお神酒みきを運んでいただきます。どこにって、八岐大蛇様の御前に」


 同道してくれる七人の酒屋関係者が、一人一つずつ樽を持っている。樽にも種類があって、彼らが持っているのは小樽である。流石に、動画を取るのに大樽を運ばせるのは気が引けた。それは今度、天狗たちと撮影するのである。

 ちなみに七つの樽を持って行くと一人だけ貰えなかった頭が拗ねるのが目に見えているので、清涼も樽を持っている。ちなみに、撮影担当のキツネ、黄葉こうようも同行しているが、こちらは樽を持っていない。

 総勢九人の大所帯であるが、このダンジョンはおそらく最低が八人になるだろう。二つ以上のグループで参加して、扉の前で合流してもいい。ちなみに今回は特別に、浪人手形を持っていない人も参加していただいている。動画内でその告知はしていない。酒屋の関係者さんにも突っ込まれたら「頭数合わせの販促動画だからだ」と伝えてくれるようにお願いしてある。

 キツネが二人もいるし、アスレチックで怪我をする程度の怪我しかしないはずなので問題はないだろう。

 丸木橋に、吊り橋。手すりのない階段。それを登りきったら、ぐるぐる回る滑り台。

 一応屋内なのだが、大規模なアスレチックが顕現していた。ちなみに事前に子ギツネたちを放り込んで怪我をしないか確認をした。感想は「楽しかった!!!!!」であり、怪我をした様子はなかったので良しとした。大人のキツネだと、両手がふさがっていても簡単にクリアできる程度の難易度設計にした。すなわち、両手が空いていればとても楽しい。

 樽を抱えているから、両手が使えない。頑張れが片手が使えるが、手すりがない場所も多い。手に抱えている樽の中に入っているのは液体だから、中々にバランスもとりづらい。さらに個体によっては、足元や前も見るのが難しかったりするだろう。良い、塩梅なのではないだろうか。難易度として。


「手で持てるタイプの桶、別売りでつけたら売れそう!」

「いいですねそれ!!」


 ひいこら言いながら、酒屋の面々はアスレチックを踏破した。キツネの二人は、疲れも見せずに動画の撮影を行っていた。なんなら、アスレチックの説明までしている。その説明を聞きながらでも、もう若くない酒屋組は肩で息をしていた。

 そうして。それでもと言った方がいいのだろうか。

 ついにこのフロアの最奥、八岐大蛇様のおわす間へと続く、階段へとたどり着いた。道中四つの樽は落ちて割れ、三つの樽は目減りしていた。無事なのは、清涼の持つ樽だけである。


『よく来たな』


 それは、丸くくりぬかれた洞窟であった。岩肌も艶めかしく。そして、荒々しく。

 階段を下りた先にある、仰々しい扉を抜けた先には、ただの岩をくりぬいた広場があるきりだった。

 扉の対面にくぼみがあり、そこに大蛇が鎮座していた。

 八本の首を持つ、八岐大蛇である。

 人間たちは、酒樽を運んできた酒屋の者達はぞくり、とした。対面していい相手ではない、と本能が告げていた。あれは神に連なるものだ神に連なりしかし元は災厄であり。


「はい、というわけでですね! アスレチックを抜けると階段があり! 階段を降りるとこうして、八岐大蛇様の住まう洞窟へと辿り着けるわけなんですね!」


 明るい声で、清涼が黄葉の構えるカメラに向かって説明している。いやこれはそんな明るく言うようなことでは。

 酒屋の者達が止めようと清涼に向かって声を絞り出そうとする前に、ゆらり、と、八岐大蛇様が動いた。っひ、と、悲鳴が喉に張り付いて外に出ない。


『っお、それがカメラか?』

『ちっこいなー。それで撮れてるのか?』


 二本ばかり、首がにょきッと清涼達の方へと向かった。向かいはするが、その首は届かない。

 八岐大蛇は災厄であり、大体の人間は恐怖する。だから、絶対に届かない距離にドアを作ってある。

 八岐大蛇のいる場所と、それから扉のある地面の間には、川が流れている。とてもとてもゆっくりなので、泉や池のようにみえるかもしれない。澄んでいて、底もよく見える。

 丁度のその川岸に、樽を並べておくと八岐大蛇の首が届くぎりぎりだ。

 清涼は、その辺りもカメラに向かって説明していく。だから、安心していいと。絶対に、八岐大蛇は人間を攻撃しないと。


『酒持ってきてもらえなくなったら、困るからな!』


 まあ、そういうことである。


「はい、今撮ってますよー!」


 怯えるでもなく、小さいカメラを手にした黄葉が八岐大蛇の問いに答える。


『それで、それで』

『酒は何を持ってきたのだ???』


 他の二本の首が、酒屋の者達の方を見た。勿論、怯えているのには気が付いているので、近寄ったりはしない。

 清涼達に寄ってきていた二本の首も、するすると戻っていった。

 酒屋の者達から見ると、まるで首が伸び縮みしているようだけれど、実際はそんなことはなく。いや伸ばしたり縮めたりしているのはそうなのだけれど、総量に変化はない。

 清涼は、ちらりと酒屋の者たちを見る。自分が渡してもいいのだけれど、彼らが、人間が渡した方がいいのではないかと思ったからだ。動けないようだったら、清涼は自分で動こうと思った。


「あ、はい! こちらになります! こちらは当店で一番の売れ筋でして……!」


 立ち直ったのは、酒屋の若旦那である。そういえば彼は、浪人の手形を入手していた。浪人になる才があると、天狗に認められた一人だ。

 浪人の手形を入手するには、勿論運動神経も必要だけれど、ある程度の度胸も必要だった。ここ、八岐大蛇のダンジョンにはモンスターは出ないけれど、ダンジョンによっては怖いモンスターが出る、という話を清涼と黄葉は聞いていた。それがどんなモンスターなのかは聞いていない。

 ほうほう、と八岐大蛇は若旦那の説明を真剣な面持ちで聞いていた。人間に蛇の表情が分かるの廊下と、清涼と黄葉は画面の外で首をひねっていたが。


『卸してくれるとなると、助かるなあ!』

『キツネたちと話していたんだがな、階段の下の所に露店を出して貰ったらいいんじゃないかとな』

『新しいのを露店に出だす時は、奉納してくれると嬉しいんだが!』


 樽が四つしか残っていないかつ目減りしていることにあからさまにしょんぼりしたけれど、それでも八岐大蛇は仲良く分け合って酒を舐めた。すするほどはなかった。


『んん~~~』

『久しぶりの酒~』

『持ってきてくれただけでも今は嬉しいのう』

『やだあ、これ飲み飽きたとか言いた~い』


 ハートが飛ぶ勢いで、八つの頭は楽しそうにお喋りをしている。そうして交代交代酒を舐め。

 酒樽が、空になった時に。


『汝らに、これを授けよう』


 先ほどまでの、楽しそうな雰囲気は鳴りを潜めた。

 八本の首が、一点を見つめる。そこには、一振りの剣が顕現していた。博物館や個人が所蔵している名刀も、彼らは顕現させせることが出来た。当然レプリカであるが、その能力は八岐大蛇的には多分大体一緒、である。使ったことがないのでさっぱり分からないが、まあ刀なんて大差なかろう、と実は思っている。

 一応顕現させた刀は全て天之御影あめのみかげという刀鍛冶の祖の神に確認してもらった。問題ないとお墨付きをいただいたもののみが、渡される寸法だ。ちなみに問題がある、と判断されたものは一律「なまくら」と名称を付けて下賜される予定である。

 ちなみにこの刀。神気の溢れる場所でなければ顕現が出来ない。すなわち人間世界で刃傷沙汰にとかはならないのである。その辺りは、流石にめちゃくちゃ考えた。

 ちなみに酒店に渡した刀は、顕現できるように頑張ったものだ。これを、こう。かけておいてもらって。なんかいい感じに、神棚みたいなのを作って貰えれば。

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