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第14話 その日、キツネの春愁は

 その日、キツネの春愁しゅんしゅう宇迦之御魂神うかのみたまのかみから呼び出されていた。

 宇迦之御魂神は確かにキツネたちの上司にあたる神様で、今回のもろもろの事で呼び出されるのは不思議ではない。けれどそれであるならば、キツネたちの総領である涼味りょうみあたりに話をすればよく、割と下っ端寄りの自分が呼び出されるのはさて不思議なことだぞ、と春愁は首をひねりつつも御前にまかり越した。


「春愁でございます」


 宇迦之御魂神は、豊穣をつかさどる男神でもある。それを象徴するかのような胸元まである、先っぽだけをワンカールさせた豊かな緑の黒髪と、目元を覆っているだけのキツネの面。今日の面は、白地に金と赤で模様が描かれている。

 彼はキツネたちに対してはとても気さくな神である。そのため、板張りの部屋に、特に御簾みすも下げずに彼は座していた。畳を板張りの床の上に敷き、ふわふわの座布団の、その上に。

 春愁が座しているのも、同じようなふわふわの座布団である。無いのは畳だけだ。


「新しく奉納された面ですか」

『そう! 可愛いでしょう!』

「ええ、よくお似合いです」


 宇迦之御魂神はキツネではない。キツネたちの上司というだけで、彼自身はただの神である。何がどうただの、というのかと言えばそれは容姿の話である。キツネの耳やら尻尾やらはない。しかし宇迦之御魂神がキツネたちの主祭神である、というのは広く知られていることであり、彼にはキツネの面が奉納されることがよくあった。

 宇迦之御魂神は、気に入った面が奉納されるとそれを好んでつける傾向にあったので、キツネたちは以前に見たのと違うな、と思ったらそれを口に出した。宇迦之御魂神は、気がついて欲しいタイプであり、褒められたいタイプであらせられたので。


「それで、ご用件は」


 宇迦之御魂神の前に敷いてあるふわふわの座布団にちょこんと座って、春愁は促した。


『そうそう、動画配信してもらうと思ってね』

「左様で御座いますか」


 だから自分なのだと、春愁は納得した。

 彼はとある神社の境内にある稲荷神社で育った。そこの宮司の息子が俗に言うぶいちゅうばあとかいうやつだったもので、見て覚えた。半分嘘だ。一緒にやって覚えた。


『昨今、文書やサイトよりも動画の方が分かり易いって、子も増えてきているじゃない?』

「そうですねぇ」

『それに、異国だとダンジョンに潜っている子が危ない事をして亡くなられたりもしているじゃない?』

「ニュースになっていましたね」

『でしょう? だから最初からこちらで準備した方がいいかなって思ったのよ』

「それはまあ、はい。承りました」


 言われてみれば宇迦之御魂神の言うことも懸念ももっともである。ならば最初からキツネたちの方で準備をし、天狗に出演してもらい。ある程度以上強くなってからでないと動画の収録はさせない、と、最初から決め打ちしてしまった方が良いだろう。


「ご予算は」

『まずはそちらで見積もりを出して頂戴な』

「ぐ」

『駄目。こちらに予算を聞く時点で、一番いいの買おうとしたでしょう?』

「当然ではございませぬかー」

『だから見積書を出しなさい。底値と、中央値と、最高値と。それでどう違うのかも教えてね』

「承りましてございます」


 手間ではあるが、まあ、いいかと。春愁は頭を下げて、宇迦之御魂神の御前を辞した。

 さて。

 まずは色々と見積もりを作らねばならない。まあそれほど高値になりすぎなければそれなりにいいのを買って貰えそうだし、いやその前に仲間を集めねばならない。自分一人では編集するだけで一大事である。

 それから各プラットフォームに強いものも探さなければならない。

 ああ忙しい忙しい。しかし、とても、楽しい。

 春愁の尻尾はゆらゆらと、楽しげに揺れていた。

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