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第13話 さて天狗はお山にダンジョンを作った。

 さて天狗はお山にダンジョンを作った。それは四階層からなる簡易なもので、山の裾野から歩き出し、頂上を目指す、というものだ。道は一本にしてあるが、修行用である。出発してすぐは特に何もない。しいて言うなら五百段ほどの石段がある。


「こんなところで襲われたらひとたまりもありませんな」

「いえ、ここは鍛錬用ですから」


 キツネである桜花おうかの言葉に、案内を買って出た若い天狗の寒雲かんうん坊はにこにこと笑う。このご案内はさっき、ずっと気になっていた当世の茶屋の、季節限定フラペチーノを買ってきてくれたお礼である。

 何がどういえで、何がどうですからなのか分からないのだが。と思ったが桜花は口には出さなかった。息が軽く上がっているせいもある。

 一方で寒雲坊はけろりとしていた。これぐらいで息を切らしていたら、うさぎ跳びで往復百回とか年かさの天狗たちに言われるだろう。

 石段を登りきると広場があった。あからさまに不自然な砂利敷きの広場で、次の道はない。完全に森の中である。


「ここで、四人の天狗と戦います」


 寒雲坊の声に従って、四人の若い天狗が現れた。さっき大喜びで季節限定フラペチーノをすすっていた彼らは桜花に会釈をすると、次の道を開いてくれた。桜花は別に彼らと戦いはしないのだ。勝てるはずもないのであるし。


「一対四を想定されているのですか?」

「そうなりますね。もしも人間が相手をするのなら多少は徒党を組んでもよいかとは思いますが」


 キツネもそうであるが、人間は確実に天狗に勝てない。存在が違うのだ。戦う神々なら勝てるかもしれないが。

 だがここは天狗による天狗のための教導ダンジョンである。教え導くのが目的である以上、この広場に出る天狗はそれなり以上の使い手であるはずだ。

 そんなことを適当に考えながら、桜花は現れた道の先へと歩を進めた。

 次は階段ではなくうねる道であった。わずかに上方へ向いて傾斜しているように感じられる。寒雲坊が言うには、この程度の傾斜が一番、まっすぐ歩いているように感じてしまい、歩くと疲れるのだという。こんなところにまで修行を混ぜてきていた。

 次の広場にいたのも、四人の天狗。先ほどの天狗たちよりは年かさで、寒雲坊に言わせるとやはり先程のもの達より強いという。


「それではここから先の案内はわたくしが」


 広場にいた年かさの天狗である馥郁ふくいく坊と、案内を代わる。寒雲坊は、ここから先を知らぬ、というのだ。とても楽しそうにまだ先輩たちに勝てていないと言われて、桜花は軽く目をすがめた。しかし何も口にしなかった。

 天狗だからな、と思っただけである。


 桜花の主観による感想を言うと、残り二階層も大差はなかった。広場があって、広場を繋ぐ道があるだけだ。


「ここから先は、この通路でも襲われまするが」


 桜花は客なので、襲われたりはしない。故に、とても単調であるという感想だった。いや襲わなくて結構です。絶対に勝てないので。痛い思いはノーサンキューです。


「よろしいかと思いますよ。目的もはっきりしていますし、変に迷わないのもよろしいかと」


 ダンジョン、という観点から見ると物足りないかもしれないが。天狗の修業の場としてみるのであれば、問題はないだろう。


「なぁに言ってやがるてめぇ!」

「あぁん?!」


 時は経ち。神社に作られたダンジョンが軌道に乗ってくると、どうしても喧嘩も出だす。

 一応浪人になる際に口入屋の受付で手形を渡される際キツネに、大人なんだから喧嘩するなとか、天狗の教導研修の際に節度を保てと言われるが、暑い時や寒い時に、ダンジョンによっては何時間も長蛇の列を並ばねばならないと、人はどうしてもイライラするものである。そういう場合は日を検めるなり平日の午前中に来るなりしなさいと受付のキツネが案内するが、まあ並ぶ奴は並ぶのである。

 そうして、喧嘩に至るのだ。何なら喧嘩のために並んでいる節まである。だから日を検めろと言っておるのに。


「ハイハイ駄目ですよ」


 大概は丸めたカレンダーの裏でポンポンポンと人間にとっては大人だけれど、キツネ目線で言えばまだまだ子供である彼らの頭を受付担当のキツネが叩いて終わるのだが、そうはならない時もある。

 キツネたちは暇ではないのだ。口入屋においては浪人になりたいもの達への案内もあるし、近隣のどこにダンジョンがあるかなどの案内もある。神社の境内においては人員の整理や現在誰が中に入っているかの確認などもキツネの仕事だ。それでも喧嘩が始まったら彼らを待たせてでも仲裁を行っていただけで。

 だからたまに、キツネが止めるより先に他の浪人が仲裁に入って、怪我をしてしまったりもする。


 ぶわり、と、キツネの毛並みが逆立った。たまたまそれを至近距離で見てしまったまったく喧嘩とは無関係の浪人が、ひ、と小さく悲鳴を上げた。ご愁傷様です。


「なにをしているんです?」


 キツネの普段はにこにこと、釣り目ではあるが細められているために恐怖心をあおられなかった目が、ガッツリと開いていた。金色の虹彩を縁取る黒い角膜。縦に細長く割れた瞳孔。女性陣には愛らしいと評判のキツネ族であったが、今は怒りをあらわにしていた。

 彼らは基本雑食のため、牙がある。それが、口の端から覗いていた。


「ッンだよ、おキツネ様だからってえばりくさってよォ!」


 やめとけよ、と、ダンジョンの待機列に並んでいる他の浪人が荒れ狂う男を小さく咎めたが、気が立っている男には通じなかった。列から半歩身を乗り出し、それまで喧嘩していた相手を置き去りに、キツネへと文句を言う。


「では、教導ダンジョンにご招待しよう」


 警備のために境内にいた天狗が音もなく近寄ってきて、荒れ狂う男を軽く担ぎ上げた。どれだけ人間が暴れても、天狗はびくともしない。むしろびくともしたらこの天狗が教導ダンジョンのハードコースにご招待される。断固ご遠慮したい。死ぬ。マジで。

 天狗はその背に生えた翼を二、三度はためかせ、中空に浮いた。


「交代の者はすぐに来るだろうが、それまで精々大人しくしておけよ」


 そういうと、あっちの方にあるお山に向かって移動を開始した。空を、である。

 すでに元の状態に戻っていたキツネは、それをあーあと思いながら見送った。


「あの状態の空中散歩、吐きそうですよねぇ」


 担がれた男の腹は天狗の肩口に乗っている。進行方向は足であり、下がよく見える状況で。

 そしてこの境内から天狗のお山は、そう近くもない。

 キツネのコメントを聞きながら、浪人たちはそっと男を見送った。空中散歩は是非、他の形で行うことにしようと。

 ちなみに喧嘩していた相手の方は、並んでいた他の浪人になだめられ、そうして変化を開始したキツネに驚いて、天狗が来る頃にはクールダウンしていたので今この境内に残り、赤べこのように頷いていた。何が原因で喧嘩に至りそうだったのか、ちょっとよく分からないです。


 さてこのお山に連れていかれた方の浪人である。子供の場合は手形に登録してある親に連絡を入れたうえでお説教。親御さんの希望によっては教導ダンジョンへ通いで性根を叩き直される。

 大人の場合も同様に手形に登録されている情報を元にご家族や会社などに連絡をし、さらには頭領である厳冬げんとう坊を筆頭にした礼儀にそれはもう厳しいお歴々に差し出される。それを見て若い天狗はうわぁという顔をしていた。ちなみに見つかるとその天狗も浪人の隣で説教される羽目になる。

 専業浪人かつ一人暮らしの場合には大家さんにまで話をしておいてくれる。これからしばらくお山の方で修業になるんですけれど、ええ、亡くなられてはいません。お家賃は引き落としでお願いしますね。


 しっかり心を入れ替えることが出来れば、一か月ほどで下山が可能である。まあ大体においては空中散歩で割と心が折れているので、すぐに自分の何が悪かったのかを反省し、天狗たちに見守られながらの修業となるだけである。ちなみに他責志向が強い場合は、中々下山できないので注意されたい。

 天狗で手に負えない場合は、他の修業の場所も数多ご用意してありますのでご安心召されよ。

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