神様方からお呼ばれをして直々に、お山の烏天狗である
「呼び名を変えましょう」
御前を辞した後、いきなり大社の白狐である涼味はそう言った。本当にいきなりだった。なぜならここは廊下であるからだ。
「なんぞ?」
「冒険者、冒険者ギルド。洋風ではありませぬか。もうちょっとこう、和風に寄せましょう」
「すまぬが、どういう用途の物か再度教えてくれぬか。イマイチわからぬでな」
天狗は国際ニュースを見るので、異国にダンジョンなるものが出来ているのは知っていた。そこに怪物がうじゃうじゃいるのも知っていた。
冒険者って、なんだ? 知っていたが、そこがよく分からなかった。ニュースで見た時は理解できたと思っていたが、こうして自分に降ってくると理解が追い付いていないことがよくわかる。
厳冬坊がお仕えしている
日本の神々は、その辺り鷹揚であった。自分の部下が誰の部下と仲が良かろうが、自分を裏切りさえしなければ、その交友関係に口を挟むのは野暮というものだ。裏切った時は、まあ、その時話し合おうじゃないか。
「ああはい。そういう物語があるのです。これが前提です」
「なるほどなるほど。物語の中の呼び名を使っているのだな。理解しよう」
「左様で御座います。怪物どもを倒すのを冒険者、その寄り合い所を冒険者ギルドと呼称するので御座います」
「何じゃそれは、口入屋か」
「採用」
「ん?」
隣を歩いていたはずなのに、気が付けば数歩後ろになっていた涼味がうんうんと納得するように頷いた。イマイチよく分からず、厳冬坊は首をひねる。しかし納得したのであればその内説明してくれるかと、口を閉じて待つ。
「分かり易さというものは大事ですが、だからといってなんでもかんでも迎合するべきではないと思うのです。ですから口入屋は良い。ギルドでは組合になってしまいますから」
「五人組のようなものか」
「んー、商工会の方が近いかもしれません。歴史的なお話をすると、ヨーロッパの方で例えば靴なら靴屋ギルドのように、同業者同士で組合を作ったのが発端だそうで」
「なんか近いものを知っている気もするがの」
「日本だと農協ですかね」
「なるほどなるほど。そう言われると理解できるな」
キツネの代表者の涼味と天狗の代表者の厳冬坊は神様のおわすお社の長い長い廊下を抜け、とりあえずどこかでお茶でもしながら話を軽くまとめようということにした。仔細については後日詰めるとして、分からぬことを分からぬままにしておくと恐らく齟齬が出る。最初で躓くとどんどんその齟齬が大きくなってしまう。
密談をするのなら料亭にでも行くところだが、この件についてはほぼすべての神々は知っていることだし、誰に聞かれたところで面倒もない。
「どうします? 当世風の茶屋にします?」
「すまぬが、峠の茶屋にしてもらえるだろうか。どうにも横文字は呪文のように聞こえてしまってなぁ」
「唱えてまいりますよ。季節限定のフラペチーノでようござんすか」
「ふらぺちーのとはなんだ」
ろくろ首茶屋の、
一息ついたところで、二人は先送りにしていた問題に再度向かう。
「呼び名については後々決を取ることとしまして。それよりも我らの業務について分担してまいりましょう」
「そうそれよ。何を求められているのかおぬしは分かっておるのか?」
「おそらく皆々様はダンジョンを御手ずから作られるのではないかと思っております」
「ふむ」
「そして人間がそのダンジョンに――ダンジョンは変にひねらず、ダンジョンのまま通しましょう。言い換えを考えるのが少し手間になりすぎます」
「以前は何と翻訳されていたのだ?」
「迷宮、とするのが一般的ですが、今回のご指示では無駄に迷わせないようにされるおつもりのようです」
世界に、ここではない大陸にダンジョンが増えているらしい。それも、どこの誰とも分からぬが、この世界の誰かの手によるものではない。ならばそれは異界から侵略戦争を仕掛けられているのだと考えてもよいはずだ。
で、あるならば。
迎え撃ってもよいのである。
迎え撃つのは人でも良いが、人でなければいけないという理もあるまい。なぜならここは――日本なのだから。
異国や異界ではどうかは知らないが、日本においては神が愛しき国を護ることに問題はない。主神である
あちらが侵略してくるつもりであるのなら、こちらも最強の戦神をもってあたるのがもてなしというやつであろう。ととてもとても美しく笑う女神に異を唱えることは出来なかった。ただ
さて。
神が顕現するのにあたり必要なのは信心である。神はいる。それを人々が強く思えば顕現が可能になるのだ。裏を返せば、信心が足りなければ神は消えていくのみである。
ちなみにキツネと天狗は古来から人気があり、物語の主役になったり端役になったり、何なら天狗に至ってはネットミームになっている。ちなみにネットミームとは何だと天狗がキツネに聞いた所、流行り言葉ですねで流された。天狗の仕業じゃ、なんでもかんでも天狗の仕業じゃを説明するのは面倒くさそうであったので。
そんなであるから、天狗とキツネは何千何万という数が顕現するのは難しいものの、そう多くない数であれば権限は可能であった。特にキツネなんて、かつてからちょいちょい人間になって季節限定のフラペチーノを交代で買いに行く程度には、人間社会に馴染んでいる。
「だからダンジョンを作って運営し、人々の信心を集めて拠って、顕現しよう、というお話ですな」
「なるほど。人々の信心を過不足なく、そして安全に集めるための運営として、そなたらが。そして安全にダンジョンとやらに潜らせるための教育係が我らということか」
「概ねそれで合っていると思われます。我々キツネは色々な神社に社が併設されておりますし、神社に併設されていなくとも近くに社がありますから、神様方の相談にも乗りやすいですしね。新しいものが好きなキツネは多いので、多分皆楽しむでしょう」
二人は茶を飲み団子を食べて、色々と相談をした。キツネの口入屋に関しては過去の口入屋をそのまま模倣してしまえばよかろうという話に落ち着いた。今でいうところのハローワークである。
「子供はダメだ。絶対にいかん」
「年齢制限設けましょうか。我等キツネが入り口で受付をし、何歳以下はダメ、と。しかし年を取りすぎてもうまくはいきますまい」
「今の義務教育というのは元服と同じくらいの年頃だろう。それが終わった辺りではどうか」
「中学卒業したら、ですか。良いでしょう。分かり易いでしょうし」
とりあえず練習用にと、天狗たちの手で一度ダンジョンを作ることとした。関東にあるお山の一部に、天狗たちの鍛錬用の物を作ることにしたのだ。監修は季節限定のフラペチーノを持った近所のキツネ、
「まあ要するにですね。カスタムというものをしなければいいのですよ」
「しなくてよいのか?!」
若い天狗から順に目をらんらんと輝かせ、フラペチーノを受け取る。年かさの天狗は何だそれとばかりにただ見ていた。
「よいのです。基礎が出来ていない内から応用に手を出してどうしますか」
「なるほど。言われてみればその通りだ」
「はー、テレビで見た時なんかは、ほら、ショートだとかノールだのと言っていたけれど、あれも別に言わなくても?」
「それはおそらくサイズですね。小さいのにするか大きいのにするかで、こう、見本も置いてあります。お猪口で飲むか大ジョッキで飲むかです。ちなみに小さいの、とか普通サイズは、とかで通じますよ」
へえだのほうだのと天狗たちから声が上がる。
人の世に興味関心はあるが天狗は生まれて死ぬまで修行中の身である。勝手に買いに行くなどは出来ないし、どういうものだろうな、と話すのが精々であった。
別に本当に飲みたかったわけではなく、いや一部の天狗は飲んでみたかったのは本当なのだが、その大半はただの話の種であるだけであった。
これからしばらくは、本当に飲んでみた当世の茶屋の、季節限定フラペチーノ、の、話で盛り上がるのである。なおちょくちょく遊びに来ることになった桜花が、持てるだけの量の限定を買ってくるので、話題としては尽きないことになるのだが、それはまた別のお話。