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第11話 魔王は、目を覚ました。

 魔王は、目を覚ました。

 六曜の一人、五つ目のアーベルが新しく作ったダンジョンの最奥、玉座の間でまた眠っていたのだ。まだ力は完全ではない。この最後のダンジョンは階層が深いから、ここに訪れるもの達から力を貰って、と思っていたのだが。その目論見は、崩れ去っている。


 四十階層目にいるボスを斬って捨て、素戔嗚尊すさのおのみことたちはゆったりと階段を下りた。まだもうしばらくダンジョンは続くが、底は近い。猿田彦さるたひこは、それを感じ取っていた。

 四十一階から四十九階までは普通のダンジョンだった。出てくるモンスターはどんどん気色悪くなっていて、まるで絵を描くのが下手な子供が書き殴っているようだった。遠近感も狂うし見ているだけで吐き気を催すような。

 もっとも、彼らはそうなる前に斬って捨てたから、それほどダメージを受けてはいなかったのだけれど。

 最後の長い長い、これまでと比べたら本当に長い階段を下りると、目の前には両開きの扉があった。素戔嗚尊の三倍は大きいその扉を見上げて、なるほどこれだけの距離を下ってきたのかと感慨に耽った。

 少名毘古那神すくなびこなのかみがついと前に出て、扉を見やる。船がすいすいと上下に動き、何かを調べているようだった。残りの四柱はただそれを見ている。

 ことここに来たら猿田彦にやることはないし、櫛名田比売くしなだひめも同様だ。素戔嗚尊も武御雷たけみかづちも、よもや天照大御神あまてらすおおみかみのお言葉を忘れて殲滅せんめつすることはないだろう。無いよね。


『念のため確認しておくけれど』


 心配になったので、櫛名田比売は二柱に声をかけた。


『生け捕りで、姉上の前に、だろう?』

『まあ頭と体が繋がっておれば最悪良かろう。生きておればよいのだ、生きておれば』


 とりあえずここまでの敵の強さを見るに、そんなことにはならなかろう、というのが素戔嗚尊と武御雷の見立てであるが。念のため、最終確認は行った。ちょっと暇だったので。

 両開きの重いドアが開いた。開けたのは、猿田彦である。よくここまで訪れたと、魔王が言祝ごうとしたところで、剣が魔王の顔の横に突き刺さった。より正確には両刃ではないから、剣ではなく刀だな、などと、魔王は一瞬違うことを考えた。

 野性味溢れる男が、魔王の目を覗き込んだ。


『座しているってことは、お前が首魁で間違いないな? 姉上がお呼びだ。否やは言わせん』


 魔王が何かを言う前に、男は剣を玉座の背もたれから抜き、鞘に納める。ポケットからぐるぐると巻かれた布を取り出し、それで魔王を拘束した。その布は素戔嗚尊の拳程度の大きさのはずだったのに、ほどいてもほどいてもまだあった。

 その間魔王は何も言えず、身じろぎも出来ず、ただなされるがままだった。気が付いた時には拘束され、その男に背負われていた。

 驚いていた。それはある。見たところここまでほぼ無傷で来ているようだったし、疲労も感じられない。

 目の前の男が、自分に肉薄したその瞬間を、捕えられなかった。それほどまでに自分が鈍っているのだろうか。

 それもあるだろう。けれど、そうではない、と魔王の体のどこかがそれを訴えた。どこだ。渦を巻いた角か、それともまだほんのちょっと闇がまろび出ている足の先か。

 動けない、というのが正しいのだろう。何故だ、と問うがその答えは出なかった。

 魔王は必死に目玉だけを動かして玉座の間を見渡す。他の六曜の者たちは皆打ち据えられていた。ざっと見たところ死んでいる者はいない。しかし誰もが拘束されている。

 素戔嗚尊が玉座に詰めたのを横目に、武御雷はなぜか一か所に固まっていてくれた、おそらく魔王の取り巻きだろう六体に向かって印を切る。

 右手の人差し指と中指を、左手の人差し指と中指の上に乗せて井の字を作り、それを、魔王の取り巻き達に向けて振りぬいた。

 それは、いかづちの網である。

 武御雷はこれまでのダンジョンでの戦闘を踏まえ、大分弱めの雷の網にした。井の印は指を互い違いに組みもせず、ただ左手の指の上に右手の指を乗せただけだ。

 移動の阻害が出来なくても、一瞬の隙が突ければそれでよいと思ったが。六曜は、全員がその雷にからめとられた。

 武御雷はちょっと面食らったが、まあ考えないことにした。

 きっとあ奴らは神ならぬ身であるのだろう。なれば自分の雷に絡め捕られるのも道理。武御雷はそう自分を納得させたが、それは正しい事であった。


『ああそうか。殺してないから地上までの道出来ないのか。おい誰か作れる奴いるだろう。作れ。そうしたらお前たちの首魁を、殺さないでいてやる』


 戦闘が終了したのを見て取って、少名毘古那神がそう告げる。魔王たちにしてみれば、どこからともなくそんな声が聞こえると言った状態だ。男の声である、というのだけは分かるが、それ以上の情報は魔王たちにはない。


「無事に、返してくれるというのか」

『いやそれは分からんが』

『ちょっと約束できねぇな』

『彼がよほどのことをしたら、さすがにねぇ』


 部屋の中に入ってきたもの達は皆、首をひねる。何をしても無傷で返すなど、空手形を切ることは出来ない。よほどの事がなければ殺されは多分しないだろうから、返すことは出来るだろうが。傷の有無まではちょっと。


『まあ、道を作らなければこいつを引きずっていくだけだからな。傷は増えるだろうな』


 魔王を担いだ素戔嗚尊の言葉に、アーベルは地上への直通の魔法陣を設置した。

 立ち上がれば五メートルはあるだろう天井に、その角が届くほどの巨体である魔王を、軽々と片手で持ち運ぶ男に、喧嘩を売る必要はあるのかと。そのことに気が付いたのだ。

 それにダンジョン内の天井はここほど広くない。上まで魔王様を本当に担いで運ぶとするならば、頭か角か足かが、必ずどこかに当たるのだ。それは、よろしくない。


『お。ありがとうよ。良かったな、無駄な怪我をしないで済んで』


 誰も魔法陣に触れていないのに、触れてなどいないはずなのに、一度淡く輝いた。また淡く輝いて。


『大丈夫だ、この魔法陣は地上にちゃんとつながっている』


 また男の声がした。姿は見えない。

 実際にはとても小さい男が、小さい船に乗っているだけである。知恵の神少名毘古那神が。ただ魔王たちはそれを知らないから、どこからともなく声が聞こえると身震いをしていた。


 そうして。

 人々の知らぬ間に、魔王は討伐された。正確には討伐されてはいない。彼の首は胴体に繋がっている。

 満足に戦うことすらできずに、初めて目にする顕現した神々に拘束され連行された。

 ダンジョンは、キツネと天狗が封鎖している。ここは、青白橡あおしろつるばみの住まう神社の境内で。青白橡は初めて出会った浪人のランカーに怯えて宮司とその子供たちに引っ付いている。だってまさかにんげんじゃなくてかみさまがろうにんやっててしかもじょういしゃだなんておもいもしないじゃないか!


 魔王がどうなったのかは分からない。

 彼は一人高天原に連れていかれ、天照大御神の御前に転がされた。神ならぬその身で、神の愛する地に侵攻してきたのだ。返討かえりうちに合うのも、想定の範囲内だろうと。

 女神さまが、それはそれは美しく微笑まれたところで、素戔嗚尊は御前を失礼して来たから何も分からない。俺は命じられたことは成し遂げたんだ、あとはもう知らん!

 しかしダンジョンはなくなっていない。ああいやこれを作ったのはアーベルの方だから、たとえ魔王が根の国に送られていても維持は出来るのだろうか。

 六曜? 彼らは高天原ではなく、中つ国にてまとめてとある屋敷に放り込まれている。彼ら以外の気配はないが、食事も布団も湯殿の用意もされている。手抜かりはない。

 ただ、その屋敷から外に出られないだけである。縁側から見える庭には池があり、鯉が泳いでおり、鹿威しがあり、灯篭もある。古式ゆかしい日本庭園であるが、彼らはその庭の散策が出来ない。

 当然玄関から外に出ることも出来ない。死ぬことは多分ないので、どうぞゆるりと堪能するがよい。

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