魔王は目を開いた。
あれから、どれだけの時が経ったのだろうか。
手もあり、足もある。目を開いた、ということは目玉も回復しているのだ。目覚めた魔王は、せっかくなので辺りを見回すことにした。ああ、視力も回復しているようだ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
声も出た。
どうやら自分は、玉座に腰かけていたようだ。視線を動かせば、皆がいる。四角いカイサ、隻角のシーラ。五つ目のアーベル、二股の尾を持つボルイェ。三本腕のデシレアに、八本足のクリステル。
「首尾は」
「整ってございます」
魔王によって六曜と名を与えられた彼らは幼馴染とでも呼ぶべき気心の知れた仲間たちだ。同じような時期に、同じような場所で闇を司る魔の神から力を与えられた。
だから彼らはこれといって面倒なことなく会話が進んでいく。美辞麗句なんてものは必要がない。それは、必要がある時には誰もが使えはするが、今はいらないのだ。
「いくつかの異世界にいくつかのダンジョンを展開しましたが、その中のある世界の者たちはダンジョン攻略などに慣れていないようで。そちらに展開したほとんどのダンジョンが問題なく稼働しております」
「ほとんど?」
「いくつか潰されたものもありますが、おそらく立地が悪かったのだと思われます」
「そういうこともあるな」
知らない土地に遠くから勘でダンジョンを作ると、教会の真正面だとか、傭兵団詰所の広場のど真ん中だとかに作ることがままある。そういう場合と、時間帯も関係していた。森の奥、深夜に作れば気が付かれることなく力を蓄えることが出来た。今のところ目的は侵略ではないので、ダンジョンの外まで力が溢れる必要もない。
かつて冗談めかして大国の広場、正午に作った時は口を開いた瞬間乗り込まれたこともあったのだから、いくつか叩かれただけならば問題もないだろう。
平和な場所であっても、戦う技能を持った者はいるようだった。そのことが分かっただけでも、僥倖である。
「現在、その異界には五つの大陸がありましたので、そこにそれぞれ五十箇所程度のダンジョンを構築しています。それなりに深化が進み、十階層を超えたダンジョンも増えてきつつあります」
「なるほど、それでここまで戻ってきているのか」
思い思いに座っている仲間たちに視線をやれば、自分だけではなく六曜もそのほとんどが姿を取り戻しているようだった。全盛期には程遠く、姿を維持するので手一杯ではあるが。ダンジョンが増えて、深化も進めばどんどん力も戻るだろう。
「ダンジョン同士を近くするのも限度がありますから、そろそろ島々にも手を出そうかと思っております」
「アーベルに任せる」
「御意に」
おそらくここはあの時逃げ込んだ時空のはざまだろう、と魔王は考える。ここに拠点を作るのは悪くない。完全体に戻るまではここで養生をし、あちらを手中に収めることが可能となってから渡ればいいのだ。それまでは、一切の侵攻をする必要もないだろう。中途半端に侵攻してしまえば、あちらにも勇者が生まれかねない。いや、自分はあちらの世界の神が生み出した魔王ではないから、あちらの世界の神が、自分に対応できる勇者を生み出すことはないかもしれない。
生み出したとしても、それが成長するまで、時間はあるだろうし。
魔王は知っている。光を愛する神が生み出す勇者は、酷く脆く、生育が難しい事を。
「どれぐらい眠っていた」
「ここは時間の感覚が分かりにくいですが、三十年ほどかと」
「そうか」
魔王の問いに三本腕のデシレアが答えた。彼女の膝には四角いカイサが座っている。
眠っていた時間は長いような気もするし、短いような気もする。死ぬ寸前だったのだから、たった三十年程度でここまで体を構築できたのであれば、妥当なのかもしれない。
魔王たちはそれから、少し、話をして。魔王はまた眠りにつくことにした。魔王が起きていると、それだけで魔力を食べてしまう。仲間たちもまだ万全ではないのだから、魔王は寝ているべきなのだ。