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第2話 九月末の例大祭を終えて、

 九月末の例大祭を終えて、青白橡あおしろつるばみ着物おべべを新調した。氏子たちが投げ入れてくれたお賽銭で買ったわけではない。それ等は人の子である宮司たちが使うだろう。お社を修繕してくれたりとか、色々使い道はあるのだ。

 かつて境内に遊具を置かないかと進言してみたら聞こえなかったことにされた。返事すらなかった。ちょっとひどい。聞こえてるのは知ってるんだぞ。


『留守に、するからの』


 拝殿の掃除をしてくれている浅黄色の袴をはいた宮司に向かって、ちょこんと座った青白橡は声をかけた。

 彼は十九代目の宮司で、すでに子供が三人いる。青白橡にしてみればまだまだ子供だけれど、世間ではすでにおっさんに片足を突っ込んでいた。

 さて新調した着物の色は青白橡の本来の色である青にした。柄物も考えたけれど、これから行く先にそれはどうなのかと少し思わなくもなかったので、単色にした。帯は縞々。代わりに羽織りを、少し薄い色にしてみた。そんな感じの、ちょっとしたオシャレであるのだが。


「どちらに」


 今の宮司は青白橡を見ることは出来なかったけれど、なんとなく声は聞こえるようだった。だからなんとなく祀られている鏡の方に視線はやったけれど、残念そこではない、と青白橡は宮司のすぐそばに座って笑った。

 宮司は掃除の手を止めない。どうせ見えていないという不敬を働いているのだから、それなら掃除を続けるべきだと、そう考えたのである。

 青白橡は特にそれを咎めない。咎める気もない。毎日、おはようからおやすみまで、生まれた時には立ち会えていないが、神社に帰ってきたその時から、見守ってきた子なのだ。それくらいのこと、不敬には入るまい。すくすくこれと言った病も大怪我もせずに育ってくれている、その事実だけで大満足なのである。

 大体、神社を捨てずにここの宮司になってくれたのだ。それだけで、青白橡はこの近所一体を守り続けることが出来た。

 信心とは、体に宿るのである。神の、体に。


『出雲にの』


「ああ、そうですよね。例大祭も終わりましたし」


 青白橡は氏子たちから貰った信心をかき集めて、新しい着物を新調していた。信心をかき集めたらそれを鶴の所に持って行くのである。そうすると信心で反物を織ってくれるから、それをもって仕立て屋に行くのだ。

かの有名な織姫は、愛しの牽牛と毎週末デートをするために、仲間たちと一念発起し仕立て屋のチェーン店をこさえたのである。大分昔の話だが。神々は、いや、天津神や国津神のような大神ではなく、青白橡達みたいな小さき神々がよく利用していた。

手土産の準備も出来ている。後はこの宮司に挨拶だけすれば、近所の尾花おばな青朽葉あおくちばと連れ立って出かけるのみとなっていた。他の二人の神々も似たようなものだろう。

 一応全員に神としての長い名前はあるものの、ついつい神として祀られる以前の名前で呼び合ってしまうのだ。神の名前はどちらかといえば役職名であると、青白橡達は思っていた。

 神社に祀られている主神は有名どころだけれど、実際神社を管理しているのはその辺りに古くから住む生き物だ。併設されている稲荷神社の狐が成長して任命を受けたり、神社の境内で食っちゃ寝していた蛇が働けと言われたりとか。

 青白橡は鳥である。今は神社の御神木になって大きな顔をしているナギの木に棲んでいる古い鳥だった。生き物としての寿命はそろそろ終えて、さて妖怪になるかどうするかという頃だった。近隣にぽつぽつと人間が増え、気が付いたら木の根元に不格好な社が祀られていた。そしてなぜかその信心が、青白橡を神使と選び、なんのかんのと今に至っている。

 頼るのであれば、まあ、答えてやろうというのが、青白橡と近隣のもの達との付き合いであった。

 そういえば人の姿を取れるようになったのはいつの頃だったかなと考えても、もはや思い出すことは出来ないくらい昔の話だ。

 ちなみに尾花は古鼠で、青朽葉はヤモリである。


「良い旅を。皆でお帰りをお待ちしております」


 宮司はすっと頭を下げた。

 それは挨拶ではなく拭き掃除をするためであると、青白橡は知っていた。まあでも、帰りを待ってくれているのは本当だから、行ってきますと告げて、青白橡は旅立つことにした。

 まずは尾花の社で待ち合わせだ。尾花の社の主神は大国主命様なので、年に一度の神議かむはかりのために移動するのに、楽なのである。尾花がいなかったら、山の向こうの神社まで足を延ばさなければいけないところだった。

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