十五年後。
旧日本。現 J-2地区。
かつて東京都だったその土地はとある理由で、Japanの一括りに呼称され、都道府県の概念は数字表記になっていた。ものの数年で変化した世界情勢。
その原因たるものの一部がここに存在した。
─────誰か──助けて───────
薄暗いホールに非常灯と機械類の操作パネルがボンヤリと浮かぶ。
そのパネルの前には巨大な
事故現場から誘拐され、この研究施設に連れてこられた。
美玲だ。あの電車事故の後、連れてこられたのはこの場所で、不鮮明な記憶と意識の中、ただ特殊溶液の中を漂っていた。
美玲の外にも、いくつもの試験管があったが空いていた。ある女は度重なる研究に肉体がついていかなかった。泣き叫んでいた男は処分された。ほかの試験管も。
残ったのは美玲一人だった。
「いいですね。良好です。培養液から出して、陸上研究に移行しましょう」
「初めから筋力を使うのは問題があります。ケージを持ってきて」
用意された黒い檻の中。申し訳程度の毛布のみが用意されていて、美玲は強い鎮静剤で朦朧としたまま詰め込まれた。
あの事故から何日経過したのかなど、最早思えていなかった。分かるのは、今自分がここに来てから初めて外気を吸ったという事。身体も上手く動かず力が入らない。その上、一糸まとわぬ姿だ。檻から出ても、そう遠くまで目立たず逃げ切れはしないだろう。
「ナイトメアに監視させるように」
研究員の長が通信機に向かって話す。
「ナイトメア。第二研究所の警備に回れ。……いや、24時間体制だ。ルーム 5 の研究対象を確実に守り切れ。連中に狙われんようにな」
ピッ !
研究員達は全てオートモードに切り替えると、照明すら落として出ていってしまった。
徐々に鮮明になる美玲の意識。
上を見ると至る場所に監視カメラが設置してあった。
逃げ出そうとも最早、考えられない 。
ただ、今は。外が見たかった。流れる川。青い空。それだけでいい。
「……ここは、どこなの…… ? 」
十五年。その月日を感じさせないほど、美玲は当時のままの姿だ。老い。これも既に美玲から奪われた人権であった。
その時、電子ロックの扉が突然開いた。
ガシュ !!
入って来たのは少女より大人の──洗練されたシャープなボディスーツを着た女性だ。緩いカールのかかった艶のある長い黒い髪に、釣り上がるような強気なアイシャドウが印象的だ。
「わたし、ナイトメアのリーダーよ。ヘルって呼んで。あんたを守るのがわたしの使命って訳」
美玲は研究員のしていた通話をぼんやりと思い出す。
「ねぇ、名前は ? 」
「……わたし…… ? ……美玲」
「そう、ミレイ。よろしく。
研究は最終段階ね。ナイトメアにもアンタと同じ研究を終えて入って来た奴いるし……その話を聞く限り……二週間もすれば檻からは出れるはずだけどね」
「ナイト……メア ? 研究を終えた人…… ? 」
美玲の困惑した表情に、ヘルも深刻そうに見詰めた。
「研究中。何も聞いてないの ? 」
「……意識が途切れ途切れで……ここがどこなのかも……。
今日は何月何日 ? パパとママにも何も言ってないから……行方不明になってるかも」
「……。今日は……。四月三日よ。そしてあなたがここに来てから……十五年経過してる」
「え…… ? 」
「長い研究期間だったし、噂で聞いたところでは、かなり大掛かりなコアを使われたとか……? 」
「どういうこと ? 十五年 !? わたしは一体、何をされてたの !?
……あ……うぅ……ん……」
急激に興奮した美玲に肺が痛む。
「身体がまだ悲鳴上げてるみたいね」
ヘルは立ち上がると美玲を無言で見詰めた。しかし、縋るものもなく、今にも消えてしまいそうな、夢や希望のない美玲を見た時、心のどこかが傷む気がしたのだった。
「じゃあ……明日。何か資料をみつけたらもってきてあげる」
「本当に ? 」
「でも、期待はしないで。十五年前でしょ ? 今、世界は変わったばかりの不安定な星なの」
「…… ? うん。わかった」
明日も会う約束を取り付け、ヘルは研究所を後にした。