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J - FIELD
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神木セイユ
SF空想科学
2025年02月23日
公開日
6,103字
連載中
第三次世界大戦前夜、突如現れた男達に誘拐された美玲。
やがてその組織から救出された時、復讐を誓い敵対組織に入隊する。そこで出会ったヘルと名乗る女は、二重スパイのミステリアスな人間だった。

0.プロローグ

 2030年前半、東アジアの島国 日本。

 長らく製造市場も不安定な期間が続いたが、それでもMADE IN JAPANに対し、巨額の資金を提供する投資家は存在していた。

 始まりは自社フロアの案内ロボット。

 社内情報の案内、顧客の名前リストと顔認識機能で応対業務に万人受けする美貌を兼ね揃えた、パーフェクトなロボット嬢がいた。それも現実の人間と見まごう程の精巧なクオリティで経済新聞に大きく載った。

 当時の社員の、ほんの社力アピールの為に造られた人型ロボットだった。この時代、それらの類似品は他の企業や飲食店、観光地ガイドにも存在したのだが、このロボットのAI学習能力と見目のリアルさは技術者なら誰もが唸る出来栄えだった。

 そんな日本の田舎の小さな町工場で人工知能ロボット SINは生まれたのだ。

「いかがでしょうか ? これがロボットとは誰も思いませんでしょう」

 町工場の主は小綺麗に仕立てあげた背広を翻し、厚手のシートをバサリと捲る。

「oh...... !! 」

 そこには一体のロボットが俯き加減に繋がれ、座っていた。

「Yes ! great Technology」

「Hmm……i can only see people」

 一年前にこの依頼を持ち込んできた外国人二人組だ。

 ロボットの多くが有線か重いバッテリーを使用しないと長い時間稼働できない。小型化と性能のバランスは難しい。

 そんな時、この二人組が現れた。

 工場に持ち込んで来た『コア』と呼ばれる小さな欠片を持って。

 未知のエネルギーと称した方が正しい物だった。工場主はそれを手にすると物作りの衝動を抑えられず、すぐ首を縦に振り契約してしまった。

『コアをエネルギー源とした自立型のロボット制作依頼』

「ありがとうございます。

 受け取りました例の動力源の法則に……かなり時間をさきましたが。完成です」

 更に、そのプログラムにも条件があった。

 それは『ロボット三原則は要らない』という事だった。

 現在、戦争が各地で起こり始めている。C国、I国だけで無く、R国の国境戦線も激化。A国が今にも第三次世界大戦に踏み切ろうとする、そんな頃である。

 既に無人偵察機、無人爆撃機は存在しているが、兵士ロボットが出来たら必ずロボット三原則が必要とは言えなくなる。軍事利用。人に似たロボットを創るという事は、結局これに行き着くのだ。

『ロボットは人間に危害を加えてはならない。

 更に、人間から与えられた命令に服従しなければならない。

 以上に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない』

 これが三原則である。フィクションの中で生まれ多くの人間がそのまま受け入れているが、もし戦地でロボット兵を使うならば、この三原則は簡単に破られるだろう。

「依頼通り、ロボット三原則もAI学習次第でリミッターが解除されます」

 三原則のようなプログラムを入れるなと言われた工場主は少数社員と秘密裏に、一体のロボットを造ってきた。

 それがどういうことなのか、何に使われるか……気付いていない訳では無かった。各地で戦争が起き、先進国はどんどん戦火に焼かれ始めている。

 美しい女性型のアンドロイド。永遠にエネルギーの減らないコアを動力源とした、最新の科学集合体。

 ここでようやく通訳が社屋に入ってきた。二人の話を聞き、工場主に伝え始める。

「『これには地球上の科学の全てと言っても過言では無い技術と資金を詰め込んだ。まさに人を模した美しい機械。そして我々の目的は世界平和です』」

 彼等は社名を名乗ったが、工場主がインターネットで検索出来る範囲の組織ではなかった。かろうじて、NPO『環境と動物を守る』などと言う名目のHPが見つかっただけだった。『戦火から自然、動物などを守る為にロボットが欲しい。人と会話が出来、戦地で争いに巻き込まれても自己防衛出来るアンドロイドが欲しい』

 それが当初の依頼者の言葉だ。

 そして彼女──アンドロイド SINが生まれた。

「場合によりますが、人もエイリアンもスライムも排除します。

 そう、プログラムされています」

「『耐爆テストや防水対策はどうでしたか ? 』」

「パーフェクトです。外皮が失われても、応急処置フィルムもありますし、短時間で自己修復します。

 主人や責任者は必ずパスコードを覚えてください。では、起動します。

 t0ek10it4ou…… ! SIN、起動しなさい」

 ロボットの長い睫毛が震え、ゆっくりと瞳の緋をくゆらせる。

「おはようございます、マスター。

 お客様も御機嫌よう」

 挨拶された外国人の内一人が、武器を手に彼女の前へ出る。

「Please have a bout with me 」

「まぁ、素敵な刀 ! きっとセンスがいいのね ! 」

「 Thank you. That’s nice to hear. Come on ! 」

「わたしが勝たせて貰います !

 性能を知っていただきたいので !! はっ !! 」

 踏み込みと同時 !

 男の日本刀が鞘から滑る。

 ギィンッ !!

「oh…… !! 」

 刀を腕で弾いた瞬間、隙を与えないハイキック。

「フッ !! 」

 SINの踵は男の顎下で止まったが、これには工場主が慌てて介入し引き剥がす。まともに喰らったら鼻の骨が粉砕してしまう威力とスピード。

 しかし、SINも本気では無い。

 勝負は既に。

「『総帥、危険です ! 』」

「noproblem」

 男は刀を鞘に戻そうとした時、初めてその違和感に気付く。

「…… ! 」

 スラックスのベルトが抜かれていたのだ。

「これこれ、大事な方々だよ。恥をかかせる訳にはいかんよ」

「はい、マスター。

 ごめんなさい。怪我をさせたくなかったの」

 傷をぺろりと出したSINは、悪びれた様子で男にベルトを返した。刀を受け止めた腕の傷は既に無い。少しの偽血液が薄ら滲んでいるのが、更に人間のように見える。

 依頼人の男達はそれを見てご機嫌だった。

 SINと一通り話し、触れ、技術を目の当たりにし、満足気に荷物をまとめ出し、最後に書類を工場主に手渡した。

「『早速、運用開始しますので、書類の場所へ送ってください』。『戦争屋を駆逐する。SINは平和の為に戦うのだ』」

 工場主の眉が沈む。

 環境保護はやはり建前のフロントでしかなく、バックは結局のところ軍事運用という臭い。

「……駆逐…… ? 戦争屋とは……軍人や傭兵さんですか ? 平和の為なんですよね ? それは、SINを殺しに使うという事でしょうか ? 」

「『戦争で焼かれたモノ……二度と皆の手に出来ない素晴らしいものは多いんです。人類は学習しませんね。それは生物界の最上が人間だからだ。

 SINなら世界を変える。変えられる。彼女が新たな人間の脅威となるのだ』」

「……まさか……それで三原則を入れないロボットを依頼したんですか ?

 テ、テロ行為なのでは ? 私は……殺戮兵器を造らされていたと…… !? 」

「『ええ。しかし弱者を殺せ、とは命令しませんよ。牽制の為です。このSINならば必ず我々の期待に添えるはずです』」

「そんな…… 」

 機嫌よく帰って行く彼らを見つめ、工場主は呆然と駐車場に立ち尽くしてしまった。

「戦争を止めるのに、戦いでロボットが兵士の命を奪うとは……。どう理解すればいいのか……。

 全く……ああ言う連中だって第二次世界大戦で何も学んではいないじゃないか……」

 SIN──罪──

「いや、薄々分かってはいたことだ……。そう、分かってたはずじゃねぇか……。

 俺は……間違った道を選んだわけだな……」

 妻は五年前に他界。

 別工場には若い従業員も多く資金は必要だ。二つ返事で仕事を引き受けてしまった。もしSINを渡さなくとも、あの様子だと強奪してでも連れていくだろう。

 自分は生産者としてのルールや秩序の一線を越えてしまった、という確かな罪の感覚。

 一人、休日出勤の工場で主は数時間、椅子に座り込んだ。傍には無言で指示を待つSINが立ったまま。

「……」

 日も暮れ始めた頃、ようやく無言で動き出した工場主にSINが反応する。

「マスター、縄を結ぶのは得意です。お手伝いします」

 まだ生まれたばかりのAIのSINは笑顔で手を差し伸べてきた。

 それを見て、工場主は複雑な笑みを返す。

「……いや、いいよこんなもの。

 SIN、お前は自由に…… 。いや、自分のしたい事をしなさい。街に出て、自分の目で見て……良いと思った事をしなさい。これは命令だよ」

「はい。マスター。

 マスター、その椅子に歪みを検知しました。危険です」

「ははは。ちょっと立つだけだよ。

 さぁ、行っておいで。ここには戻らなくていい。これも命令だよ。自分で学習するんだ。今日来た連中の顔を覚えているか ? あいつらから逃げるんだ。

 さぁ、行きなさい」

「はい。では行ってきます」

 言われるがまま工場を後にSINは歩き出す。駐車場を出て、初めての曲がり角と、その先に見えるビル群の景色に戸惑いを感じる。

 SINは一度、工場を振り返る。

 入口の曇り窓の高い位置に、何かが揺れて下がっていた。

「……マスター………… ! 」

 視認すると、足早に工場から離れた。

 その後、SINを名乗る彼女を見た者はいない。

 だが一つ言えるのは、どの地域の紛争も収まらなかった。


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