九朗は熱いシャワーを頭から浴びる。先程の戦いで傷付いた身体には、文字通り染み渡るがあちこちに付いた血や汚れを洗い流さなければならなかった。
シンデレラの
浴室から出るが、このまま寝間着を着ては翌朝には血だらけになってしまう。傷の手当が必要だ。ひとまずは下着だけを履いて脱衣所を後にした。
ワンルームのマンションだ、左程広くはない。キッチンと部屋は繋がっているし、ベッドにテーブルとテレビ、あとはクローゼットがあるだけ。物も大して置いていない。唯一、風呂がユニットバスでトイレと別々になっているのが救いだった。
ベッドの上には赤ずきんが救急箱を持って待っていた。薄いキャミソールにパンティ姿のラフ……というより淫猥な恰好をしている。赤ずきんは基本的に寝る時はいつもこの下着姿だった。何度寝間着を着ろと九朗が言ったかはわからないが、寝苦しいと言っていつも拒絶をする。
九朗は赤ずきんの目の前のベッドに腰を掛けた。それを確認すると赤ずきんは救急箱から消毒液とガーゼ、包帯など簡易治療に必要なものをひとつひとつ取り出した。
そのまま九朗の傷を無言で赤ずきんは治療していった。包帯の巻き方はぐちゃぐちゃであまりうまくないものの、丁寧に一か所一か所手当していった。そして目立つ傷は一通り包帯に覆われていく。
「ありがとう、赤ずきん。すまなかった」
九朗が礼を述べるも赤ずきんの視線は未だ治っていない生傷を見ていた。
「謝るのはあたしのほうだな。
そう言うと赤ずきんは九朗の生傷にその白く小さな細い指で触れた。傷に沿うようにその指を優しく微かに触れる程度になぞっていく。少し目が潤みを帯びているようにも見える。その姿は傍から見れば酷く扇情的に映ることであろう。
居た堪れなくなった九朗は視線を逸らした。ふと、目に入ったのはテーブルの上に置かれた一冊の
「……んで、
九朗としては悩ましい所であった。理由はわからないが、今後も先のように戦闘が続くのであるならば戦力は多い方がいい。特に、九朗は今のところ戦闘では大して役には立たない。狼が目覚めればまた別なのだが、基本的には戦闘は赤ずきん任せである。赤ずきんの負担を減らす為にも契約するのは悪くない選択肢と言える。
だが、それは赤ずきんのような同居人が増えることも意味する。どうも
それに、いやこれが一番重要だろう。赤ずきんの機嫌を絶対に損ねることになる。今の関係が良好とまでは思わないが、確実にひびが入るのは明確だ。赤ずきんのこれまでの性格から他の
「……なあ、赤ずきん。そもそもの話なのだが、一人の人間が複数の魔導書と契約することはできるのか?」
「ん? ああ、できるぞ。特に制限とかはねぇな。
掴み掛かろうとする赤ずきんだが、そもそも九朗は風呂上がりで下着姿であったため、掴むところすらなく手が泳ぐ。
「落ち着け、赤ずきん。今後も戦闘があるなら戦力は多い方がいい。それは、お前だってわかるだろ?」
「わからねぇな! あたしがいれば戦力は十分だ! あたしはまだ
九朗は必死に説得しようとしている赤ずきんのその様が、何故だか無性に可愛らしく思えてきた。赤ずきんの頭に手を置くとぐりぐりと撫でまわした。
「まあ聞け。戦力もそうだが、それだけじゃない。やっぱり魔導書はずっと独りで寂しいんじゃないかと僕は思うんだ。お前と同じようにずっと孤独に耐えているんだと思う。だから、少しでも解放してあげたいと思うのは傲慢だろうか?」
いつまでも撫でまわす九朗の腕を振り払うと、赤ずきんはそっぽを向いた。
「けっ。そう言えばあたしが納得するとでも思ってるんだろうが、お生憎様だぜ。お人好しもそこまでにしておけ
「勘違い? 何をだ?」
赤ずきんは九朗の顔をじっと見つめる。九朗はその深紅の瞳に吸い込まれそうになる。
「
「……しかし、お前たちは
赤ずきんはひとつ溜息をつくと、頭を掻きむしりながら話を続けた。
「あんまりこういう事は言いたくねぇんだが、
赤ずきんは九朗に背を向けるとそのまま身体を九朗の方へと倒し、ちょうど九朗の腕にもたれかかるように背中を預けた。
「それは戦闘のタイプにも反映される。
「しかし、
「確かに危険度はたけぇな。それしか能の無いやつはしかたねぇ。が、一部の例外を除く大体の
自分の意思とは無関係に操られ、強制的に
「そうか……なら、僕が死んでも、一応お前はまだ新しい
九朗がそう言うと赤ずきんは乾いた笑いと、悲しそうなそれでも嘲笑うかのような奇妙な笑みを浮かべた。
「けっ。そうなったらこの世に未練はねぇよ。その場で後を追ってやるさ」
そういうと右手の人差し指と親指を上げ、自分の
「……それは……そんなことをされても、僕は喜びはしない」
「いいんだよ、気にするな。別にこの肉体が消滅しても、あたしの本体は
これ以上この話を続けるのは悲し過ぎると九朗は思い始めていた。どういうつもりで赤ずきんが言ったのかはわからないが、そこまで自分に固執する理由が九朗にはわからなかった。
「話を戻そう。安易に魔導書と契約をするなという忠告は聞こう。……それで、この魔導書は一体どんな物語なんだ?」
九朗は
「……言いたくねぇ」
何か臍を曲げることを言ってしまったであろうか。しかたなく、九朗はひとつ溜息をすると