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第4話 Aschenputtel -vier-

「そっちから呼び出してくれるとは手間が省けて助かる。復讐劇リターンマッチのつもりか? 何度やっても、てめぇじゃあたしは殺せやれないぜ」


 深夜も更け月明りのみが照らす森に、赤ずきんと九朗は呼び出されていた。相対するは無論シンデレラと王子。


「あら、小娘には力量差もわからないのかしら? 知名度は私の方が高いわよ?」

「けっ。生憎だがあたしも有名だたけぇよ。てか、知名度なんてどうでもいいわ。必要なのは話の長さページ量だろうが。情報量が多ければ多いほど手数が増えるわけだしな」

「あら、やっぱり頭脳おつむのほうは弱いのね。情報量が多いということは、相手も対策を取りやすいってことよ」

馬鹿のーたりんはてめぇだお姫様クソビッチ。だったら知名度の低い方が強くなるだろうが」


 二人のよくわからないマウントの取り合いを聞きながら、九朗は相手の王子をずっと見ていた。シンデレラの相手はおそらく赤ずきんがすることになるだろう。そうすると、自分は相手の読み手マスターであるこの王子と戦うことになるであろう。一瞬たりとも警戒を怠るつもりはなかった。


「ちっ。御託はもういい! 白黒つけようや灰被りアシェンプテル!」


 気の短い赤ずきんがその両手に拳銃ハンドガンを作り出すと、すぐさま攻撃を開始した。銃口が火を噴き凶弾がいくつもシンデレラへと向かっていく。

 昨夜の繰り返しのように、シンデレラからは白い鳩が飛び出し、その銃弾を素早く弾いていく。


「まったく……堪え性のない。もう目障りだから消えて頂戴!」


 そうシンデレラが叫ぶと、ちょうど赤ずきんと九朗の間の地面から一本の大木が出現した。


「ちっ! ハシバミの樹か!」


 赤ずきんは素早く大樹を迂回し九朗の元へと駆け寄ろうとしたが、その隙にシンデレラはその手から白い光を出したかと思うと、また辺り一面を覆う霧のような灰を出現させた。


「クソッ! また灰被りかよ! 所有者マスター! 狙われてるぞ!」

「あら、あなたの相手は私よ」


 前後不覚に陥ってる赤ずきんの傍を何か鋭いものが通り抜けていくのを感じた。おそらくはあの厄介な白い鳩が突撃してきたのだろう。灰に覆われた視界では四方八方の何処から攻撃が来るのか感知するのは難しかった。

 二度、三度と白い鳩が赤ずきんを掠める。致命傷にはなっていないものの、服を切り裂き僅かながらの切り傷を与えていた。

 素早く赤ずきんは拳銃ハンドガンで応戦するものの、元々的が小さい上に、視界を奪われた状態では当たるはずもなかった。


「ああっもうクソッ! めんどくせぇ!」



     ◇



 赤ずきんがシンデレラと対峙している頃、九朗は王子と対峙していた。こちらのほうでは灰の影響はないようでお互いに姿を視認できていた。


 王子は腰から細剣レイピアを抜くと、その切っ先を九朗へと向けた。さすがに徒手空拳で敵に向かうわけにもいかず、九朗は周囲を見渡したが武器になるようなもの足元に落ちている棒切れのみ。無いよりはマシと、拾い上げ王子へと向け構えた。


「やはり銃は使えないみたいだな。そんな棒切れで俺と戦うつもりなのかね?」

「そうだね、さすがに戦えるとは思ってないよ。だから、見逃してはくれないかい? 死ぬのは嫌なんだ」


 何を馬鹿な事をと王子は怒りを露わにした。ここでこいつを殺さなければ赤ずきんは止まらない。確実に仕留める必要がある。


「見逃すわけないだろっ!」


 王子は細剣レイピアを突き出す。剣の心得などまるでない九朗だが、なんとかそれに合わせるように棒切れを向ける。が、それを読んでいたかのように身体を捻り、細剣レイピアを横へと薙ぎ払った。主に突き用である細剣レイピアだが、刃がついていないわけではなく九朗の腕に決して浅くはない切り傷を残した。

 痛みからか派手に血が流れたからか、九朗は手にしていた棒切れを取り落とし、思わず傷口を空いている手で押さえた。

 その隙を王子は見逃さす、細剣レイピアによる鋭い突きが九朗を抉った。肩、脚、腕、脇と絶え間なく突きが繰り出され、血飛沫が宙を舞う。


 なんとか後退しながら致命傷を避けていた九朗も、背中に固いものが当たって思わず振り向いてしまう。背後には樹がそびえており、いつの間にか追い詰められていたのだ。

 絶体絶命の状況に王子は薄ら笑いを浮かべていた。


「なんだもうおしまいなのか。他愛もないな。もういいよ。お前。死ねよ」


 必殺の突きが九朗の胸を目掛けて繰り出される。



死ぬ? 死ぬのか? 僕は? 僕は死ぬ? 死ぬのか?



嫌だ。そんなのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。



嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ



 シ ヌ ノ ハ イ ヤ ダ




     ◇



 目で追うことは難しい攻撃に赤ずきんは苦戦を強いられていた。先程より傷も増え、至る所から血が滲み始めている。


「あら、まだ持つのね。しぶとい女は嫌われるわよ」

「誰にだよ。てめぇにならいくら嫌われても構いやしねぇよ!」


 灰に覆われ姿を見せないシンデレラに赤ずきんは悪態をつく。声の方向から居場所を特定しようとも思ったがどうにも反響していてうまくいかない。


「もちろん王子おとこによ。ああ、そう言えばあなたは王子おとことの結末ハッピーエンドではなかったわね。かわいそうに。女の幸せを知らないのね」

「あんな王子おとこで満足かよクソビッチが! ああ、所詮は金と権威に腰振る卑しい売女だったな。王子おとこだったら誰でもいいんじゃねぇのか? ああん?」


 さすがにシンデレラの癪に障ったのか声のトーンが低くなった。


「いいでしょう赤ずきん。あなたの猟師おとこも大した人間ではないでしょう。そろそろ決着も付く頃合いね。あなたの猟師おとこ死んだわよ」


 シンデレラの宣告に赤ずきんはきょとんとした顔を浮かべていた。


所有者あいつが死ぬ? 馬鹿かお前? まさか本当に何もわかってないのか?」

「銃の使えない猟師に何を恐れる必要があるのかしら? あんな優男、私の王子マスターにかかれば一捻りでしょう」


 赤ずきんは納得したかのように大声で笑い始めた。まさに腹を抱えて。戦闘中だというのにシンデレラはその姿に呆気に取られていた。


「猟師? 誰が? ああ、そうか。所有者あいつのことをのか。とんだお笑い種だな!」

「なにを…」


 その時、静かなる闇夜に天を劈くつんざような獣の咆哮が木霊こだました。


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