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第2話 Aschenputtel -zwei-

 久我九朗くがくろうは目を覚ました。もそもそと寝ていた床から上体を起こす。辺りを見渡せばいつもの自分のワンルームマンションだった。一人暮らしにはちょうどよい広さで割と気に入っていたのだが、今は厄介な同居人が増えたせいで少し手狭に感じている。


 その同居人は隣のベッドで大の字になってぐーすかといびきをかきながら寝ていた。人には床で寝かせておきながら、自分はベッドで高いびきとはいいご身分だ。

 その同居人の名は赤ずきん。身長が一四〇程の金髪の美少女……いや、幼女と言っていいだろう。薄いキャミソールにパンティ一枚と一見非常に扇情的な姿でベッドに横たわってはいるが、女性らしい起伏は皆無であり子供のようにしか見えぬその姿にさすがの九朗も欲情することはおろか、女として見ることすら難しかった。何より、性格が悪いし口も悪い。


 九朗は立ち上がるとキッチンへと向かい、コップに水を注ぎ一気に飲み干した。冷たい水が身体の芯まで行き渡り、寝ぼけていた脳にも少しの冷静さを取り戻させていた。


 振り返り先程の場所へと戻り、座りなおしては一息をつく。昨夜の戦闘の疲れも身体の節々にまだ残っている。まったくけったいな事になったともう一度赤ずきんのほうへと振り向いた。


 振り向いたと同時に自分の額に冷たい銃口が突き付けられる。赤ずきんは既に起きており自分へと銃を向けていた。


「なに視姦してやがるこの小児性愛症者ロリコンが。弾ぶち込むぞ」


 半眼になり寝ぼけているのだろうか。いや、赤ずきんにとっては平常運転だろう。品性のない口の悪さに九朗も辟易していた。


「男はぶち込まれることなんてそうそうねぇもんなぁ? いい機会だ試してみるか? あまりの快楽に昇天しゃせいしちまうかもしれねぇぞ? ああん?」


 本気なのか冗談なのかわからない赤ずきんだが、九朗はいたって冷静に対応していた。


「お前に僕は殺せないだろう? それに、キミの身体で欲情するにはもう少し成長してもらわないと難しいな」


 自分の平たい胸に視線がいったのが気に入らなかったのか、それとも気に入らない返答だったのか。舌打ちしながら赤ずきんは手にした拳銃ハンドガンを霧散させた。その様子を確認した九朗は赤ずきんに背を向けた。


「赤ずきん……今一度状況を整理させてもらえないか。あまりにも今までの僕の生活からかけ離れ過ぎていて現実感がないんだ」


 赤ずきんはベッドの上にうつ伏せに寝ころびながら、その小さな指で九朗の頭を小突いた。


「説明しただろうが。一度で覚えろ。……まあ、巻き込んじまったからな。罪悪感がないわけじゃねぇ。何が聞きたいんだ?」


 九朗は赤ずきんの方を向き、その深紅の瞳をまっすぐに見据えた。


「まず、お前たちのことだ」

「最初からかよ……。まったく。いいか? あたしは赤ずきん。お前もグリム童話ぐらい読んだことあんだろ? あれだよあれ」


 自分が読んだグリム童話の赤ずきんとは似ているのは容姿だけのような気がするが、正直に話してはまた銃口を突き付けられるであろう。九朗は大人しく先を聞いた。


「世間じゃグリム童話なんてのは単なる御伽話だがな、実際のところはそういうもんじゃねぇんだよ。そもそも編纂したグリム兄弟自体、魔法使いだしな」


 赤ずきんの話していることはこうだ。


 グリム童話というのはヤーコプ・ルートヴィヒ・カルル・グリムとヴィルヘルム・カール・グリムの兄弟による、各所の童話や民謡、口伝で伝えられた教訓の物語などを編纂したもののことを言う。

 しかし、実際のところは病弱で身体の弱かったヴィルヘルムのために、兄であり優れた魔法使いであったヤーコブがその病弱な身体を呪術的に強化、治療するために作り出した魔導書グリモワールである。その魔導書グリモワールに記されたのが、赤ずきんをはじめとする物語たちである。その物語は教訓や戒めの意味合いが強く、人々に深く刻まれる話を集める必要があった。人々の認知がそのままその魔導書グリモワールの強さになったためだ。そうして編纂されたのがグリムの魔導書グリム・グリモワールである。

 その総数は二二五編であり、そのひとつひとつが独立した物語である。大小さまざまな内容ではあるものの、その魔導書グリモワールにはひとつの共通点があった。人間の姿を取るのだ。その物語の主に主人公しゅやくの姿をかたどって魔導書グリモワールは現界する。

 その例の最たるが目の前にいる『赤ずきん』であろう。彼女は『赤ずきん』という名前の魔導書グリモワールであると同時に、その登場人物である主人公ヒロインの『赤ずきん』でもあるのだ。

 彼女たちは魔導書グリモワールの名に恥じない能力を持っている。その多くは物語に由来する登場人物の特徴や特技、能力などの様々な技能を行使することができる。そして、彼女たちが現世に留まるためには一人の読み手マスターが必要になる。その読み手マスターには役割ロールが強制的に割り振られる。主に、その由来の物語に出てくるもう一人の主人公ヒーローないしは主人公を助ける人物ヒーローが割り当てられることになる。


「んで、あたしら魔導書グリモワールはこうして人間たちと生活を共にするのであった、めでたしめでたし」

「お前たちが魔導書そのものであることはわかった。グリム兄弟によって作られたことも。なら何故シンデレラはお前を襲う? 魔導書同士が殺しあう理由はあるのか?」

「まあ理由がないわけでもない。魔導書グリモワールを打ち負かし吸収することができれば、さらに強い魔導書グリモワールになることができるからな。強い力を得ることができるって解釈でいい。力を得たところで何をしたいのかまではあたしにはわかんねぇけどな。まあ、きっと碌なことを考えてねぇだろうけどよ」


 そういうとごろんと仰向けになり、枕を抱きかかえた。


「お前は……力を手にしたいと思わないのか?」


 当然の疑問のように九朗が赤ずきんに尋ねるが、赤ずきんは乾いた笑いをあげた。


「あたしには興味ないな。こうやって読み手マスターを得て人間の形になれたんだ。自由が手に入ったんだよ。あとは旨い飯と美味い酒、食う寝るヤる。それだけで十分だな。それ以上には大して興味ねぇな」

「食う寝るヤるって……お前には品性がないのか」


 今度は乾いた笑いではなく、腹から出るように大笑いをしていた。


「品性だ? 笑わせんなよ。あたしはグリムん中でも相当な不良娘じゃじゃうまだぜ。祖母ばばあの見舞いに平気で言いつけ破って道草食ったり、オオカミの腹の中に石詰めたクズ女ビッチだぞ。そんな女に品性なんて期待すんなって。それとも童貞チェリーは女に清楚な幻想ゆめでも抱いてんのか? ああん?」


 すべての女がこいつのようではないと、九朗は核心を持って言えると心の中で思っていた。

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