「——行くぞ、ひかり!」
俺はひかりの手を引き、暗い校舎の廊下を駆け抜ける。
頭の中では、白崎先生の声がまだこだましていた。
『"適応者"の確保を優先しろ』
つまり、俺は"適応者"とやらに該当していて、政府にマークされている。
しかも、先生は"確保"なんて物騒な言い方をしていた。
これは、ただの観察や研究目的じゃない——何か裏がある。
「佐倉くん、こっち!」
ひかりが非常階段を指さし、俺たちはそこへ飛び込んだ。
だが、その瞬間——
「……もう、逃げるのはやめてくれないか?」
静かで、けれど冷ややかな声が響いた。
振り向くと、そこには白崎先生が立っていた。
「——っ!」
俺はとっさに"読もう"とした。
相手の心の声を。
だが——
(……読めない……!?)
「無駄だよ、佐倉」
白崎先生がゆっくりと歩み寄る。
「君の能力の成長は予想以上だったが、それを見越して対策を講じるのも当然だ。君が人の思考を"選んで読める"ようになった時点で、対抗策が必要だったからね」
俺は歯を食いしばる。
「じゃあ……何か妨害してるってことか?」
「その通り」
白崎先生が懐から、黒い小型の装置を取り出して見せる。
「これは"思考波の干渉装置"だ。君のような"適応者"が勝手に能力を使えないよう、政府の研究チームが開発したものだよ」
「……そんなもんまで……」
心の声を読めない。つまり、相手の意図を察知できない。
俺は完全に、"普通の人間"に戻されたのだ。
「さあ、来てもらおうか」
白崎先生が手を伸ばす。
だが——
「させるかっ!!」
俺は咄嗟に、その手を振り払った。
そして——その瞬間だった。
——ビリッ……!
脳の奥が痺れるような感覚。
それに続いて、全身を貫く鋭い痛み——
(……またか……!!)
最近、能力を無理に使おうとすると、頭に激痛が走るようになっていた。
まるで、俺の体が"変化"に追いついていないみたいに。
「佐倉くん、大丈夫!?」
ひかりの声が遠のく。
(……クソ、こんな時に……!)
視界が揺らぐ。足元が崩れるような感覚。
白崎先生が小さく息をつき、俺の肩を支えた。
「だから言っただろう、無駄だと」
悔しい。
なのに、身体が動かない——
(俺の力は……ここで終わるのか?)
暗闇の中、意識が遠のいていく——。