風間が去った後、屋上には静寂が広がっていた。
ただ、風の音だけが耳に響く。
俺はその場で動けずに立ち尽くしていた。
(進化を止める? それとも、進化を受け入れて力を高める?)
自分の力をどう扱うか、今まで考えたこともなかった。
これまではただ、目を合わせるたびに他人の心の声が聞こえてきて、それが恐怖だった。心の中の不安や怒りがぶつかり合う瞬間に、あの声にさらされることが嫌だった。だから、できるだけ他人と目を合わせず、心を閉ざしていた。
でも、ひかりやクラスメイトとの関わりを通じて、少しずつ他人と心を通わせることができるようになった。ひかりのような存在が、俺にとっての希望になりつつあった。
(でも、もし進化してしまったら? どんな力を持ってしまうんだろう……)
ふと、頭の中に浮かぶのは、風間の言葉だ。
"消える"リスクがある。それを聞いた時、心の中で恐れが膨らんだ。だが、同時に、強くなることへの期待も感じていた。
(でも、本当にそれがいいのか?)
俺の目線は再び手元に落ち、指のひらに力がこもった。
——もし、俺の力が進化すれば、ひかりやクラスメイトを守ることができるかもしれない。——
その一瞬の想いが、胸の中で大きく広がった。しかし、同時にそれは、進化することがどれだけ危険なことなのかという現実を無視しているような気がした。
"消える"という結果を選ぶのは、あまりにも怖い。
ふと、心の中で誰かの声が響いた。
"自分の力を使うことが怖いのか?それとも、選ぶことが怖いのか?"
その声は、ひかりのものだったような気がした。
(選ぶことが怖い……)
俺は、深く息を吐き、決心を固めた。
—答えを出さなきゃならない。自分の力がどう進化していくのかは、まだ分からないけれど、少なくとも今は自分の選択をしっかりと受け入れるしかない。—
その時、俺の携帯が震え、画面に「ひかり」の名前が表示された。
俺は少し驚きながらも、すぐに電話を取った。
「もしもし?」
『お疲れさま。今、どこにいるの?』
ひかりの明るい声が電話越しに響く。
「屋上だよ」
『じゃあ、ちょっと寄ってもいい?』
「うん、いいよ」
数分後、ひかりが屋上に現れた。
「お疲れ、どうしたの? なんか、急に連絡してきて」
ひかりは、少しだけ不安そうに俺を見つめた。
「実はさ、今ちょっと考えていることがあって」
俺は、風間の言葉と、自分の力についての不安をひかりに打ち明けようと思ったが、言葉に詰まった。
「なんでも話してよ。私は、何でも聞くから」
ひかりは、やわらかく笑ってそう言った。
その笑顔に、俺は少しだけ力をもらった気がした。
「俺、進化しちゃったら……どうなるんだろうって、すごく不安なんだ」
ひかりはじっと俺の目を見て、そしてゆっくりと口を開いた。
「進化って、きっと怖いことじゃないよ。強くなることに不安を感じるのも分かるけど、無理に進化を抑えることだって怖いと思う」
「でも……」
「でも、あなたが進化したとしても、私たちは変わらないよ。何も恐れなくていい。進化しても、あなたらしく生きてほしい」
その言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。
「ありがとう、ひかり」
「それに、進化しても私たちが一緒にいるなら、怖くないよ」
ひかりは笑顔でそう言ってくれた。
その時、俺の中で何かが少しだけ軽くなった気がした。進化の恐怖が、少しだけ和らいだ。
(ひかりがいれば、きっと大丈夫だ)
そう確信した俺は、決意を固めて再び空を見上げた。
(進化しよう。自分の力を恐れず、受け入れよう。そして、どんな結果が待っていようとも、俺は俺らしく生きるんだ)
——次は、どんな未来が待っているのだろうか?——